道路構造物ジャーナルNET

㉘鉄道を取り込んだ建物の振動、騒音対策

次世代の技術者へ

土木学会コンクリート委員会顧問
(JR東日本コンサルタンツ株式会社)

石橋 忠良

公開日:2021.12.01

 鉄道の騒音、振動は常に大きな問題となってきました。新幹線が日本で生まれ、世界に高速鉄道が広がりました。日本からの技術導入で20年ほど前から造られ、2008(平成20)年に北京-天津間開業に始まる中国の新幹線では350km/hでの営業運転が行われています。それに対して、57年前に始まった日本の新幹線の営業運転の最高速度はその速度に達していません。
 高速化の研究は行われているのですが、その最大の問題が、我が国では騒音、振動対策です。騒音、振動に対する環境基準が定められているので、既存の設備で速度を上げるには、その騒音、振動対策に莫大なコストがかかるのです。防音壁を高くし、トンネルの前後にラッパ状のトンネルを速度向上に合わせて追加していくなどの対策が必要になり、そのコストが大きくなっています。新設なら、途中で高速化するより低コストで可能ですが、我が国の法律は新設時の新幹線の最高速度は260km/hとなっています。我が国が支援して、現在建設中のインド新幹線の最高速度も350km/hです。国内も変えないと世界での高速化のスピードに遅れてしまいます。

 今回の話は、鉄道周辺の騒音、振動の話ではなく、主に都市部の駅を駅ビルなどに高度利用する場合などでの話です。
 都市部の駅の開発で、駅ビルの中を鉄道が通る場合、駅ビルをオフィスや、ホテルに利用するときは特に騒音、振動が問題となります。駅ビルの中に鉄道を取り込む構造も増えてきており、今では事前に対策をした設計が行われるようになっています。

 ビルの中を列車が走る場合、線路階から離れた高層部でも騒音、振動が低減するとは限らないようです。騒音、振動対策が不十分な時代に造られて、騒音や振動で問題の生じているビルについて、建築の技術者が内装などをいろいろ変えたりして数年間、騒音や振動を減らす実験を繰り返していました。内装を変える程度ではなかなか騒音、振動を低減できなかったようです。
 鉄道建設時点で周辺環境への騒音や振動が問題視され、新幹線など沿線地域の環境基準が定められています。これは鉄道用地の外に対する規定です。大きな駅の上空を利用してビルを造る場合は、騒音振動のビル内への法的な規定はありませんが、そのビル内の騒音、振動を抑えないと、使用方法が制約されたり、快適な利用ができません。

1. 恵比寿駅ビル1)

1.1 計画概要
 恵比寿の駅ビルを計画するときに、ビル内の騒音、振動を小さく抑えることが要求されました。ビルの計画の担当者からは次の相談を受けました。店舗に利用するビルと、オフィスに利用するビルがあり、そのオフィスに利用するビルについては、騒音振動をできるだけ下げて欲しいとのことでした。騒音振動が大きくてはオフィスに使えないからです。
 過去の研究から、レールの近くで振動を伝えないような構造にしないと、ビルの躯体に伝わってしまった振動は内装などでの低減は難しいので、できるだけ発生源でおさえることを考えました。恵比寿のビルは、事務所棟と店舗棟に分かれています。
 図-1に駅ビルの線路方向の断面図を示します。図-2は事務所棟の線路直角方向の断面図です。この2階部分に列車が通ります。


図-1 駅ビル断面図


図-2 事務所棟断面図

1.2 対策
 この事務所棟の騒音振動をできるだけ低減することを依頼されました。レールからの力が軌道スラブに伝わり、それを桁で受け、その桁の支持は剛性の高いビルの横梁で受けるという構造としました(図-3)。


図-3 軌道構造

 レールの下にはゴムパットがあります。また軌道スラブもゴムシューで支持する構造としました。さら桁の支承も柔らかいゴムを用いることとして、フローティング桁の構造としました。列車荷重は伝えるが、派生して生じる2次以降の高次の振動や衝撃はできるだけビルの躯体に伝えないように何箇所かにゴムを入れて高次の振動成分ができるだけ伝わらない構造としました。またフローティング桁を支持する横梁の剛性も大きくしました。横梁のたわみが大きいと、それによるビルの部材の2次や3次の振動も大きくなるので、できるだけ剛性を大きくしてたわみを小さくするように計画しました。
 フローティング桁のゴムシューは交換可能な構造にしてあります。営業開始後、仮に騒音振動が問題となるようでしたら、さらに柔らかいゴムシューに交換しようと思えばできるように配慮してあります。
 図-4にフローティング桁の一般図を示します。


図-4 フローティング桁一般図

 柔らかいゴムほど、固有周期を長くできるので、その周期より短い周期の振動はカットできます。振動の方向が上下なのでゴムシューとしての強度も必要で、また繰り返し回数も多いので疲労強度も必要です。厚くしすぎるとたわみが大きくなりすぎ、列車の走行性に影響が生じてしまいます。これらのことをバランス取りながらゴムシューを設計することが必要です。この軌道構造と前後の軌道との接合付近には、徐々にばね係数を変えてとりつくようにゴムシューのばね係数を変化させています。
 表-1に示すように、ばね係数をいろいろ変えてシミュレーションを行いました。軌道からの高次の振動はゴムシューの組み合わせで、ほぼなくなりましたが、20Hz以下の振動が残り、これは横梁のたわみの振動そのもので、この影響を小さくする必要がありました。横梁のたわみの絶対値を小さくするために、図-5に示す間柱を、軌道を受ける横梁下に設けて対処しました。


表-1 FS桁および枠型スラブゴムシューの物性値


図-5 軌道階梁に間柱を設け剛性を高める方法

1.3 対策の効果
 表-2の見直し前の欄にあるゴムシューのばね係数を採用し計算をし、ほぼ目的内の振動に収まるとの計算結果でした。軌道階と3階の床の施工を終えた時点で,落錘試験を実施し、実測値から再度ばね係数を見直したものが表-2の見直し後のばね係数です。


表-2 諸定数の設計値と、落重試験での結果

 この見直し後のばね係数を用いて計算した結果を図-6に示します。軌道下に間柱を設けた場合と、壁を設けた場合の計算値も示しています。ビル完成後の梁中央部での実測値も併せて示します。実測値が計算値より小さいのは、エレベーターシャフト近傍の大梁近くで測定した影響が入っているものと想定されています。


図-6 計算値と実測値

 耐震設計で用いる免震シューも、固有周期を長くして、その周期以下の地震動をカットするものです。地震の周期は1秒前後ですので、5秒くらいの周期のゴムシューにすると、それ以下の周期の地震力は入ってこないというものです。ときどき話題となる長周期地震というものが、このゴムシューの周期と一致したりすると逆に大きく揺れてしまうことになります。ゴムシューの周期以上の地震動はないという前提で免震設計はなされています。水平方向には常時は荷重がかかっていないので、周期の調整は鉛直よりもやりやすいかと思います。
 図-7に列車走行時の軌道階床での測定した振動の周波数分析結果を店舗棟と事務所棟を比較して示します。対策をした事務所棟は無対策の店舗棟より30Hz以上の帯域で低減していることがわかります。


図-7 軌道階床での振動周波数分析の比較

 幸いに、事務所棟の騒音、振動は問題とならないレベルに収まっているようで、シューの交換ということにはなっていません。
 その後、ビルの開発の責任者から、この程度のコストでこんなに効果が違うことなら、店舗棟も同じ構造にしたら良かったと言われました。

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