⑤山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理と技術開発 ~鋼材腐食を抑制する~
山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って
西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問
松田 好史 氏
連載【第4回】では、早期劣化が顕在化した山陽新幹線コンクリート構造物の残存予定供用期間を100年と定めて適切に維持管理していくには、どのように補修する必要があるのか?、補修箇所の再劣化を防止するためには、どのように補修しなければならないのか?について述べた。コンクリート構造物の補修の目的は構造物の要求性能(安全性や第三者影響度など)を回復することであり、維持管理においては、構造的にも機能的にも深刻な影響を与えかねない鋼材腐食を抑制することが極めて重要となる。
【連載】第5回では、山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理を有効かつ確実に行うために、JR西日本が取り組んできた技術開発の概要と鋼材腐食を抑制するための取り組みとしての再アルカリ化工法と犠牲陽極材を埋設した電気防食技術について述べることとします。
1、既設コンクリート構造物の維持管理と技術開発
山陽新幹線福岡トンネルや高架橋等からのコンクリート剥落を契機として、鉄筋コンクリート構造物の健全性を維持していくための方策を検討するために設置された「山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会(委員長:新潟大学教授(当時)長瀧重義)」(以下、検討委員会という)の報告書では、山陽新幹線鉄筋コンクリート構造物の劣化要因については中性化が主要因であり、また、塩化物イオン量が多いほど鉄筋腐食が進行する傾向があることが確認された。さらに、鉄筋の抜き取り試験および断面減少量の調査結果から、現状(当時)では、曲げ耐力および疲労耐力のいずれにおいても構造上の問題のないことが確認された。そのうえで、十分な耐力を有している現状施設(当時)を今後とも健全な状態で維持管理していくために必要な補修工法の適用の考え方が提案されるとともに、技術開発の状況を見極めつつ進めるべきものとして、脱塩・再アルカリ化工法、再アルカリ化工法、電気防食工法などの電気化学的補修工法が挙げられた。
設計耐用期間を考慮して適切に設計され施工された鉄筋コンクリート(以下、RCという)構造物やプレストレストコンクリート(以下、PCという)構造物においては、予定供用期間を通じて鋼材腐食が抑制され続け要求性能を満足することになるが、1970年代の高度経済成長期に建設された山陽新幹線コンクリート構造物では、当時の社会背景が影響するなどして、たとえば中性化速度が早い、内在塩分量が多いなど、生まれながらにして鋼材腐食に対する抑制効果が十分でないRC構造物が多い。
山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化問題から得た教訓を一言で言えば、「コンクリート構造物の時宜を得た維持管理の必要性と重要性を再認識した」ということになる。そのために、検査・補修を体系的に進めること、新技術の開発や導入により検査精度や補修品質を向上させること、自ら性能を確認すること、検査記録やデータを活用すること、これらを推進できる人材を育成することなど、コンクリート構造物の維持管理の抜本的見直しと諸対策をソフト、ハード両面から着実に実施してきた。これまでの取り組みを表-1に示す。
コンクリート構造物においては、鋼材腐食が進行すれば、安全性が低下するだけでなく、鋼材腐食に伴うかぶりコンクリートの剥落が第三者に重大な影響を与えるリスクが増大するので、コンクリート構造物の維持管理は鋼材腐食を抑制することに尽きると言っても過言ではない。そのため、既設RC構造物の維持管理においては、鉄筋腐食に伴う変状を精度良く効率的に見つける検査技術、変状箇所を適切に補修し鉄筋腐食を抑制する補修技術、補修箇所の鉄筋腐食抑制効果が持続していることの確認などが重要であるし、既設PC構造物においては、PC鋼材の腐食を抑制するために、グラウト充填不足箇所を見つける非破壊検査技術、グラウト再充填を確実に行う技術などが重要である。PC桁の維持管理については次回以降の【連載】で述べるので、以下では、既設RC構造物の鉄筋腐食を抑制する技術開発として、JR西日本が進めてきた再アルカリ化工法と犠牲陽極材を埋設した電気防食技術について述べることとする。
余談になるが、維持管理と技術開発を考えるにあたって、「みる」と「きく」について少し触れておきたい。
鉄筋腐食に伴う変状を精度良く見つけるために、構造物に近接して目で「みて」ひび割れや浮きの検査を行い、必要により打音して異音を耳で「きいて」浮きやはく離を検査している。目と耳をフルに活用しつつ、場合によっては手で触れて打音による振動等を感じつつ検査している。そのことから、鉄筋腐食に伴う変状を精度良く効率的に見つける技術開発は、人間の目や耳や手の代わりをする技術開発と考えて良いと思っている。たとえば、目の代わりとしてカメラで撮影した画像を処理してひび割れを見つける技術、耳の代わりとして赤外線熱画像で浮きを見つける技術、手の代わりとして振動周波数や振動の位相差を利用して空隙や断面欠損等を見つける技術の開発が行われている。
私の恩師である松井繁之大阪大学名誉教授は、『橋を「視る・診る・看る」』というテーマで最終講義をされた。構造物の維持管理を表す言葉として、視る:目を凝らして見る、調査する、診る:原因や状況を診断する、看る:原因や状況に見合った補修補強を行う、の意味であり、これに「巡る」と「廻る」のみる(パトロールする)を加えて完璧な維持管理ができると講義された。さらに構造物は「観る」に耐えるものでなければならないし、新しい構造物のデザインなどの夢を「見る」ことや、経験を生かす・教育する・社会貢献するなどの面倒を見る(看る)ことも大事であると続けられ、「みる」という言葉に土木技術者の使命のようなものを込められた。実際に松井先生は、研究や技術開発や人材育成において「みる」を体現されてこられたし、松井先生の人となりの現れた含蓄のある言葉に感銘を受けたことを記憶している。
変状箇所を適切に補修し鉄筋腐食を抑制する補修技術、補修効果が持続していることを確認する技術では、松井先生の「視る・診る・看る」の「みる」に加えて、「聴く・利く・効く」の「きく」が大事であると思っている。特に鉄筋腐食を見つけるための打音検査は「聴く」そのものであるし、変状箇所の補修に対しては、どの補修材料や補修工法が最も効果的であるのかをよく「利き」わけて使用し、補修効果が「効き」続けていることを確認する姿勢が重要である。このようにコンクリート構造物の維持管理と技術開発を「みる」と「きく」の視点で考えれば、新たな着想が得られる場合が多いと考えている。
2、再アルカリ化工法
(1)再アルカリ化工法の技術開発の背景
山陽新幹線コンクリート構造物の補修は、検討委員会から提言された補修工法選定フローに基づき、これまで約73万m2の補修を行ってきている。コンクリート中の塩化物イオン量が少なく中性化残りが大きい高架橋等には表面被覆工法を主に適用し、これ以外の条件の構造物に対しては、叩き落とし面積や鉄筋腐食度などの変状の程度やコンクリート中の塩化物イオン量によって、部分断面修復工法や全面断面修復工法を主に適用してきた。このうち、部分断面修復工法では、変状箇所をはつる際に、変状箇所周辺の劣化が将来進展して再び部分断面修復することの手戻りを避けるために、予防維持管理の観点から、鉄筋の腐食状態が点錆程度のなるまではつり範囲を拡大して実施してきた。この補修仕様は、補修効果が長期間持続するものの、補修に要する費用や作業に係る労力が大きいなどの課題があった。加えて、生産年齢人口の減少から担い手不足が深刻化することや、劣化予測シミュレーションから当分の間は補修必要箇所が増加していくことが明らかとなるに伴い、技術開発における省力化施工や補修効果の長期持続性がさらに求められることとなった。
一方、補修工法選定フローに示された各種補修工法のうち、電気化学的補修工法は、コンクリートのはつり作業を伴わないで鉄筋腐食が抑制できる補修工法であるが、当時は補修実績が少なく、また長期的な効果の確認、適用性、経済性などにおいては評価が定かでないため、検討委員会の提言では、技術開発の状況を見極めつつ進めるべきものとして整理された。
(2)再アルカリ化工法の概要
コンクリートは、時間の経過とともに空気中の二酸化炭素がコンクリートの空隙に侵入することで、コンクリート中の水酸化カルシウム(pH12~13の強アルカリ性)と中和反応して炭酸カルシウム(pH8.5~10)となることで、コンクリートのpHが低下する。この現象は中性化と呼ばれ、コンクリートの表面から内部に向かって徐々に進行する。鉄筋近傍のコンクリートがpH10~11以上では、鉄筋表面に形成された不動態皮膜が鉄筋を保護して発錆しないが、pHが10~11よりも低くなると、鉄筋表面の不動態皮膜が破壊され、その結果鉄筋が発錆する。錆によって鉄は約2.5倍に体積膨張する。そして錆の進行とともに、コンクリートにひび割れを生じさせ、やがてかぶりコンクリートの剥落を招く。これが中性化による劣化進展メカニズムである。
再アルカリ化工法は、図-1に示すように、コンクリート表面に設置した外部電極(仮の陽極)からコンクリート内部の鉄筋(陰極)へ直流電流を流すことで、コンクリート中にアルカリ性溶液を電気的に浸透させる工法で、中性化によって損なわれたコンクリートの防錆機能(アルカリ性)を回復させる工法である。鉄筋(陰極)ではカソード反応によりOH-が生成しアルカリ性が付与され、再アルカリ化処理後の鉄筋近傍ではpH13程度まで回復し鉄筋を再不動態化することを目的とする非破壊的な補修工法である。写真-1、写真-2に再アルカリ化工法の施工状況を示す。
写真-2 アルカリ溶液の散布状況
JR西日本では、(社)日本材料学会に委託してきた「コンクリート構造物の保守管理に関する調査・検討委員会(委員長:京都大学教授(当時)宮川豊章)」の指導・助言のもと、1994年度に山陽新幹線保守基地への出入り線の高架橋において再アルカリ化工法の試験施工を実施した。
1994年度に実施した再アルカリ化工法の試験施工の結果を踏まえて、2001年度から補修工法選定フローに基づき再アルカリ化工法を山陽新幹線高架橋に適用しており、これまでに15,600m2の適用実績がある。施工した一部の高架橋では、定期的に自然電位、pH、アルカリ濃度などの追跡調査を実施してきている。図-2に施工後17年までのコンクリートのpHの推移を示す。再アルカリ化工法施工から約10年および約17年経過時点においても、コンクリート表面でpH 11~12程度、鉄筋位置付近においてもpH 12程度で良好な防食状態を保持しており、再アルカリ化工法の効果が持続していることが確認できる。
また、JR西日本では、再アルカリ化工法に係るイニシャルコストを削減して適用拡大を図ることを目的に、陽極システムの変更や通電期間の短縮など、効率施工型再アルカリ化工法の開発にも取り組んできた。従来の再アルカリ化工法では、電流密度は1A/m2程度、通電期間は2週間程度とすることを基本としているが、JR西日本ではD社と連携して、積算電流量は同一であるが電流密度を2倍の2A/m2程度、通電期間を1/2の1週間程度としても同様の効果が得られることを、供試体試験や実構造物で確認し工期短縮を可能とした。
再アルカリ化工法の施工面積当りの補修工事単価は、現時点では断面修復工法よりも少し割高であるが、はつり作業や鉄筋ケレン作業をしなくても良いことから、省力化効果は大きい。今後とも性能確認を継続し、ライフサイクルコスト(LCC)の観点からさらに検討を加えていくこととしている。
余談になるが、再アルカリ化工法を実構造物に適用し始めた当時においては施工実績は少なく、また、新しい工法であったことから再アルカリ化工法施工後の長期的な性能確認データもほとんどない状況であった。当時の再アルカリ化工法のD社説明資料には、再アルカリ化の反応は可逆的で再アルカリ化効果は半永久的に持続する旨の記載があった。ならば、施工契約書に、せめて20、30年間は性能保証する旨を明記して欲しいとD社に申し出たが、「それはできません」の一点張りで、看板に偽り?と疑ってみたこともあった。しかし、試験施工から5年目の追跡調査ではその効果を確認していたし、その後の実高架橋における長期実証実験で、少なくとも施工後17年間はpHを保持できていることを確認していることから、当時の経験不足や理解不足による自身の疑念を恥じ入るとともに、現時点ではライフサイクルコストの点でも優れた技術であると確信している。今後の生産年齢人口減少社会において、膨大な社会インフラを健全な状態で維持管理していくためには、効率的で効果的な維持管理や費用対効果の高い補修工法が望まれるところであり、中性化は進行しているが塩化物イオン量が少なく、浮きやはく離などの変状面積が小さい構造物の予防維持管理対策として、再アルカリ化工法の適用が拡大していくことを期待しているところである。