③山陽新幹線コンクリート構造物の劣化要因と補修工法選定フロー
山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って
西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問
松田 好史 氏
補修工法選定フローの提案
公称安全率と叩き落とし率
(2)補修工法の適用の考え方
①補修工法選定フロー
コンクリート問題発生当時までは、変状箇所の補修は、維持管理を担う現場機関ごとに判断して補修工法や補修材料を選定し対策を行ってきた経緯があった。そのため、補修予算の制約等もあり、劣化要因を十分に特定できないままに、劣化の進展状態に適合した補修工法が必ずしも選択されていない状況があった。検討委員会からは、十分な耐力を有している山陽新幹線コンクリート構造物を、今後とも健全な状態で維持管理していくために、表-3に示す指標を用いて構造物ごとに適切な時期に確実に補修できるよう「補修工法選定フロー」が提案された(図-9)。
補修工法選定フローは、浮きなどの変状を見つけて補修するという事後維持管理の考え方を基本としているが、叩き落とした浮き箇所の範囲にとどまらず、その近傍の鉄筋腐食が点錆状態になるまではつり範囲を拡大して補修することとしている点は予防維持管理の考え方に基づいている。これは、浮き箇所近傍の鉄筋腐食が近い将来に進行拡大することを予め想定したうえで、予防的に補修等の措置を一体的に実施しておくことがライフサイクルコストの点からも合理的であるとの判断に基づいているもので、インフラ長寿命化を進めるうえで極めて重要な視点であると考えている。
②補修工法選定フロー適用のための検査
検討委員会から提案された補修工法選定フローは、継続的にコンクリート構造物の検査を実施し、検査において変状を確認しながら、その変状に応じた対策を実施することを前提に組み立てられている。
したがって、フロー適用の前提として以下のような検査を実施して行く必要がある。
(ア)定期的な変状確認
構造物の変状を定期的に目視等により確認し、浮きが確認された箇所は、叩き落としを行う。
(イ)叩き落としが生じた場合の検査
叩き落としが生じた場合には、叩き落とし率の区分に応じて、中性化の進行状況、鉄筋の腐食状況の確認を行う。(塩化物イオン量(深部)は、既に測定済みとの前提)
③補修の進め方
(ア)補修の優先度が高いもの
・公称安全率(推定実耐力/設計耐力)が、1.2を下回る箇所については、全面断面修復工等をすみやかに実施する。
・叩き落とし率(検査において叩き落とした面積/当該部材の全面積)25%以上またははつり率(はつり落とした面積の累計/当該部材の全面積)50%以上の箇所については、全面断面修復工を早い時期に実施する。
(イ)計画的に進める必要があるもの
・叩き落とし率0.3%~25%の箇所で、中性化残り5mm未満かつ鉄筋腐食度Ⅱb(鉄筋腐食により部分的に断面欠損が認められる状態)以上の箇所については、早い段階で計画的に全面断面修復工を実施する。
・叩き落とし率0.3%~25%の箇所のうち、中性化残り15mm以上の箇所または中性化残り5mm~15mmで塩化物イオン量が0.6kg/m3未満の箇所については、中性化等の進行を抑制するため、効果が高いものに対して、全面表面処理工を計画的に実施することが望まれる。
(ウ)技術開発の状況を見極めつつ進めるべきもの
・叩き落とし率0.3%~25%の箇所のうち、中性化残り5mm未満かつ鉄筋腐食度Ⅱa(鉄筋の表面の大部分に腐食が認められる状態)以下の箇所については、塩化物イオン量に応じて、脱塩・再アルカリ化工法、再アルカリ化工法、電気防食工法などの電気化学的補修工法を、技術開発の状況を見極めながら適用していく。電気化学的補修工法については、非破壊により高架橋との延命を図ることができる補修工法であるが、その長期的な効果、適用性、経済性等について、現時点(当時)においては必ずしも評価が定かではないため、これらの適用については、今後の技術開発の状況を見極めながら進めていく。
(エ)部分断面修復工を実施するもの
・検査等のため叩き落とした箇所に対しては、部分断面修復工を実施する。
今後の改善点は2つ
非破壊検査手法の開発と補修工法などの改良
(3)今後の課題
鉄筋コンクリートの補修工法等は未だ技術開発途上のものが多く、補修を有効かつ確実に行うために以下のような技術的な課題が示された。現時点の技術開発状況で考えてみても大いに参考になると思われるので、以下に『 』をつけて引用する。
『本報告書においては、山陽新幹線の鉄筋コンクリート構造物の劣化が、主として中性化に起因するとともに、塩化物イオン量が多いほど鉄筋が腐食する傾向があるとしたうえで、現在適用可能な補修工法を前提に、山陽新幹線の鉄筋コンクリート構造物に現時点で最も有効な補修工法の選択方法について提案した。しかし、鉄筋コンクリートの補修工法等は未だ技術開発途上のものが多く、補修を有効かつ確実に行うためには、今後とも、以下のような課題について取り組んでいく必要がある。
①鉄筋コンクリートの非破壊検査手法の開発
現在、鉄筋コンクリートの劣化状態が把握できる有効な非破壊検査手法が確立していないため、本報告書では、叩き落とし率等から判定する方法を提案した。しかし、叩き落とし率からの判定は、安全サイドの余裕を見込まざるを得ないため、非効率な部分がある。これを解消するため、(a)鉄筋腐食によるかぶりコンクリートの浮きを確実に把握できる赤外線等を利用した検知機器の開発、(b)鉄筋の腐食状況を非破壊で推定できる有効な方策の実用化が望まれる。
②補修工法等の改良
脱塩・再アルカリ化工法、再アルカリ化工法等の電気化学的補修工法については、試験施工等により検証されつつあるものの、施工実績が未だ少なく、その効果の長期的な検証、施工性、経済性の改善等本格的な実用化には、課題が残されている。今後、これらの工法の本格的採用に向けて、必要な検証、改善を行っていく必要がある。
この他の補修工法についても、施工法および材料の改良等もあわせて行っていくことが望まれる。
さらに、補修を行った場合には、施工時の記録を保存するとともに、今後において、補修工法の再評価の参考となるよう、補修後の追跡調査も行っていくことが重要である。』
JR西日本では、(財)日本材料学会に委託してきた「コンクリート構造物の保守管理に関する調査・検討委員会(委員長:宮川豊章 京都大学教授)」の指導・助言のもと材料メーカー等の協力を得つつ、様々な取り組みを行ってきている。その基本的な考え方は、①コンクリート構造物の維持管理に起因した福岡トンネル事故のような事故は二度と発生させない、②山陽新幹線コンクリート構造物の残存予定供用期間を100年としこれを実現するための維持管理を行う、③補修箇所は再劣化させないように補修する、の3点である。そのため、補修仕様の抜本的な変更、長期暴露試験結果に基づく補修材料の認定化、補修工事現場に常駐して施工管理を行う技術者への資格認定と継続教育、技術開発、維持管理体制の強化や人材育成などを実施するとともに、将来にわたる維持管理上のリスクを抽出し優先度の高い重要8項目についての対処方針を「山陽新幹線維持管理シナリオ(2013年10月)」として策定し計画的に実施してきている。【連載】第4回以降では、これらの取り組みについて順を追って報告する。(次回は、10月中旬に掲載予定です)