道路構造物ジャーナルNET

③山陽新幹線コンクリート構造物の劣化要因と補修工法選定フロー

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2021.09.16

 1999年に発生した山陽新幹線福岡トンネル事故と前後して、高架橋等からのコンクリート片剥落事象が多発し、山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が社会問題化した。JR西日本では、高架橋等の実態把握を行うための「高架橋等総合診断」が実施されるとともに、(財)鉄道総合技術研究所にコンクリート構造物の健全性を維持していくための方策を得ることを目的として「山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会」が設置され、早期劣化原因の究明と再発防止対策の検討が行われた。【連載】第3回では、山陽新幹線建設当時の社会的背景と山陽新幹線の建設、高架橋等総合診断や山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会から得られた知見、早期劣化要因、再発防止対策としての補修工法選定フローについて述べる。

1、山陽新幹線の建設と社会背景

 山陽新幹線は、「ひかりは西へ」という施策のもと、1972年3月に新大阪~岡山間約161kmが、1975年3月に岡山~博多間約390kmが開業した。以来、西日本エリアの大動脈として、国土や経済の発展、文化の交流に大きな役割を果たしてきている。
 山陽新幹線の建設時期は、高速道路などの社会インフラが大量に建設された高度経済成長期に重なる。このことから、山陽新幹線は、慢性的な労働力不足、建設資材の高騰、オイルショックによる材料不足、環境保全に対する社会的要請の高まり、新幹線建設に反対する地元との交渉の難航などによる工事の遅延の一方で、閣議決定による開業までの短い工期など、様々な厳しい制約や社会情勢の中で建設された。当時の日本国有鉄道(以下、国鉄という)技術陣が総力を集結して建設したにも関わらず、必ずしも所定の品質が確保できていない構造物があり、早期劣化の課題を抱えているものが多い。
 いつの時代にあっても土木構造物は、時代的要請の中で様々な社会的影響を色濃く受けつつ、それぞれの時代の最も確からしい技術や材料を用いて建設されてきていると考えている。しかしながら、山陽新幹線においては、建設からわずか20数年が経過した時点でコンクリート構造物の早期劣化が顕在化した。
 それぞれの時代の最も確からしい技術や材料を用いて総力を結集して建設されたはずの山陽新幹線コンクリート構造物が、なぜ早期劣化を惹き起こすことになったのか?コンクリート構造物の施工品質に影響を与えたと考えられる当時の社会情勢には、省人化機械化施工への過渡期、工事請負者の責任施工体制への契約方式の変更(監督員が行う検査立会事項の減少等)などが挙げられるが、ここでは早期劣化要因の一つに挙げることができる海砂使用について、山陽新幹線建設当時の社会背景から考えることとしたい。山陽新幹線建設当時の社会背景を表-1に示す。

 1960年、池田内閣によって高度成長、所得倍増政策が発表され、1960年代前半には生コン工場が全国的に設立された。1964年開催の東京オリンピックにかけて、東海道新幹線、東名高速道路など、東京、大阪、名古屋などの大都市を中心とした建設工事は活況を呈した。これによって、生コン生産量も飛躍的に伸び、1960年代前半から、骨材事情が悪化し始めた。それまでは、コンクリート用骨材として川砂利や川砂が主に使用されていたが、河川砂利採取の法規制の強化(たとえば、砂利採取法:1968年5月施行)により河川からの採取が大きく制約され、川砂利から砕石へ、川砂から海砂へと転換せざるを得なかった時期にあたる。また、海砂の除塩については、採取船上での散水洗浄か、揚地での野積み散水かということになるが、前者は多量の清水を必要とするうえ海上で洗浄排水することは漁業問題のトラブルを引き起こし、後者は微砂分の流出物を含む洗浄排水が水質汚濁防止法(1971年7月施行)の基準値(SS%)を超えることから、いずれの方法をとっても除塩処理は十分に対応しきれない状況であった。当時の国鉄は、鉄筋コンクリート用細骨材に海砂を使用する場合は十分水洗いしたものを使用するよう、生コン業界に対して再三にわたり要望書を提出しているが、当時の海砂使用の実態調査を行った「生コンクリート技術史:政村兼一郎著、(株)セメント新聞社」によると、漁業問題、除塩処理費用、排水規制等の理由から、海砂採取場所または生コン工場で除塩していたのは全体の3分の1程度であったという実態が報告されている。このような社会的背景の中で建設された山陽新幹線コンクリート構造物においては、結果として、コンクリートの品質が必ずしも十分に確保できていないことに加えて、十分に除塩されていない(十分に除塩できなかった)海砂を使用したことが要因となって鉄筋腐食に影響を与え早期劣化を惹き起こしている。
 さらに、東海道新幹線の高速走行に関わる騒音振動問題に対し名古屋市内の沿線住民から新幹線の運行差止請求などが国鉄に対してなされていたことなど(1974年3月:名古屋新幹線訴訟、1975年7月:新幹線鉄道騒音に係る環境基準について(環境庁告示))から、山陽新幹線では中長スパンの橋りょう形式は、鋼橋からほとんどすべてプレストレストコンクリート(以下、PCという)橋や合成桁に構造変更され、また、中国山脈が海岸近く迫っている山陽路の地形と騒音等に対する環境対策上の配慮から全延長の約50%がトンネルとなるなど、山陽新幹線の全延長の9割弱にコンクリートが使用され、その数量が多いこともインフラ長寿命化を進めるうえでのひとつの課題となっている。山陽新幹線の構造物種別を図-1に示す。

2、山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化

 山陽新幹線では、1999年に発生したトンネル覆工コンクリート剥落事故と前後して、ラーメン高架橋などのRC構造物の変状が顕在化していた(写真-1)。ラーメン高架橋では、鉄筋の腐食に伴うかぶりコンクリートの浮きが目立つようになり、叩き落としを進める一方で補修対策が追いつかず、コンクリート構造物の早期劣化が、度々、写真雑誌等で報道されるなど社会問題化した。

 JR西日本は、今後の維持管理に必要となる基本データを収集することを目的として、高架橋などのコンクリート構造物約15,000セット(セット;高架橋やけたなどの構造物単位)を対象に「高架橋等総合診断」を実施し、構造物ごとに、かぶり、中性化深さ(中性化;大気中の二酸化炭素がコンクリート内に浸入し、コンクリートのpHを低下させる現象)、鉄筋腐食度、塩化物イオン量を調査した。

 また、山陽新幹線コンクリート構造物の健全性を維持していくための方策を得ることを目的として、運輸省(当時)の主導のもと(財)鉄道総合技術研究所に「山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会(委員長:長瀧重義、新潟大学教授)」(以下、検討委員会という)を設置し、早期劣化要因の究明と再発防止対策の検討を行った。2000年7月に検討委員会から提言された報告書では、山陽新幹線の高架橋約400箇所のサンプリング調査結果に基づいて、(1)高架橋等の詳細調査結果、(2)補修工法の適用の考え方、(3)今後の課題などが示された。
 高架橋等総合診断および検討委員会報告書で得られた結果や主な知見を以下に示す。

(1)高架橋等の詳細調査結果
 ①かぶり
 山陽新幹線コンクリート構造物のかぶりは、「新幹線鉄筋コンクリート構造物設計要項(案)(昭和41年12月)」において、スラブ25mm以上、はり・柱40mm以上、フーチング下部80mm以上と定められていた。コンクリート表面をはつり取ってかぶりを測定した結果、縦ばりおよび横ばりで囲まれた中間スラブにおいては、かぶりの平均値は31mmであったが、設計上のかぶり(25mm)を下回るものが約3割程度あった。中間スラブのかぶりの測定結果を図-2に示す。

 ②中性化深さ
 中性化深さについては、はつり取った部分にフェノールフタレイン1%溶液を噴霧し、赤変する部分までの深さを測定することにより求めた。中間スラブの中性化深さの測定結果を図-3に示す。中間スラブの中性化深さの平均値は約22mmであった。これは、建設時の示方配合(普通ポルトランドセメント使用、水セメント比53%)を用いて岸谷式で推定される中性化深さの約1.7倍の値となっている。山陽新幹線の使用環境は一般的であると考えられることから、中性化の早期の進行は、建設時のコンクリートの品質や施工など(たとえば、セメント不足を補うための混合セメントの使用や粗悪な輸入セメントの使用、コンクリートへの打込み時の加水、締固め不足や養生不足など)の内的要因によるものと考えられる。一般的に鋼構造物の耐久性は、疲労に係る設計やディテールによるところもあるが、鋼材の腐食の進行を防止する塗装(周期や品質)などの維持管理によって定まるのに対し、コンクリート構造物の耐久性は、建設後にコンクリートの品質を改質することは非常に困難であることから、建設後の維持管理よりも建設時の施工管理の良し悪しによって大きく左右されると言っても過言ではない。

 ③鉄筋腐食度
 鉄筋腐食度は、はつり取った部分の鉄筋を至近距離から目視観察することにより表-2に示す6段階の評価基準により判定した。部位別の鉄筋腐食度の測定結果を図-4に示す。鉄筋腐食度については、スラブが、はり・柱と比較して大きい結果となったが、これはスラブの設計上のかぶりが他の部分よりも小さいことに起因していると考えられる。

 ④塩化物イオン量
 構造物から採取したコンクリート試料を用いた塩化物イオン量の分析では、中性化の進行に伴う移動濃縮の影響により塩化物イオン量の値が変動することに配慮しなければならない。この影響を避けるため表面から約10cmの深部から採取した試料を用いて、「硬化コンクリート中に含まれる塩分の分析方法(JCI-SC4)」により、塩化物イオン量を測定した。測定の結果、塩化物イオン量については平均値で0.97kg/m3であった。塩化物イオン量の測定結果を図-5に示す。深さ方向に試料の採取位置を変えて測定した塩化物イオン量の分布を図-6に示す。図-6から、中性化の進行とともにコンクリート中の塩化物イオン(可溶性塩分)が内部に移動濃縮し、中性化位置の少し奥では、深部塩分量(全塩分)の約2倍近くに濃縮されていることが分かる。

 ⑤鉄筋腐食要因の分析 
 中性化残り(=かぶり-中性化深さ)と鉄筋腐食度との関係を図-7に示す。中性化残りが減少するにしたがい鉄筋腐食が進展し、鉄筋腐食度Ⅱb以上の占める割合が増加する傾向が見られた。塩化物イオン量と鉄筋腐食度との関係は、図-8に示すとおり、塩化物イオン量の多寡に関わらず鉄筋腐食度は大差ないものの、別途、中性化残りの階層ごとに比較すると塩化物イオン量が多いほど鉄筋腐食が進んでいた。これらのことから、鉄筋腐食に関しては中性化が主要因であること、中性化残りと鉄筋腐食度との相関ほど顕著ではないものの塩化物イオン量の値が大きいほど鉄筋腐食が進行する傾向が認められることが確認できた。

 ⑥現況施設の耐力評価
 鉄筋の断面減少量の調査結果から、高架橋中間スラブの耐力について検討された結果、曲げ耐力、および疲労耐力のいずれにおいても、当時の高架橋設計の考え方(「鉄道構造物等設計標準・同解説(コンクリート構造物)」、1992.10)に基づく耐力を上回っており、構造上の問題のないことが確認された。なお、高架橋の縦ばりや横ばりなどの他の部材についても検討が行われ、中間スラブよりも耐力上の余裕があることが確認されている。
 
 ここで得られた結論は、それまでJR西日本が(財)日本材料学会に委託して実施してきた「コンクリート構造物の保守管理に関する調査・検討委員会(委員長:宮川豊章 京都大学教授)」において指摘されていた劣化要因と一致しており、改めて山陽新幹線コンクリート構造物の劣化の主要因が中性化であることが再確認された形となった。
 高架橋等総合診断を実施した2000年当時は、高架橋の中間スラブや縦ばりや横ばりの下面は降雨の影響を受けにくく、常時乾燥状態に置かれていると考え、コンクリート構造物の含水率に着目した調査は実施していなかった。その後、山陽新幹線コンクリート構造物の劣化予測の検討を進めるにあたり、コンクリート中の水分の存在が鉄筋腐食に関与することが既往の劣化予測式等で示されていたので、挿入式センサを用いて含水率の測定を実施している。含水率の測定技術には未だ多くの課題が残されているが、含水率の測定結果については、別途、劣化予測の検討の連載回で報告することとする。

ご広告掲載についてはこちら

お問い合わせ
当サイト・弊社に関するお問い合わせ、
また更新メール登録会員のお申し込みも下記フォームよりお願い致します
お問い合わせフォーム