はじめに
1999年6月、山陽新幹線福岡トンネルの覆工コンクリートが剥落し、走行中の「ひかり351号」のパンタグラフや車両の屋根を損傷し架線の支持金具を破損する事故が発生しました。また、同年10月には北九州トンネルの側壁コンクリートの打込み口の一部が落下しているのを確認車(注;鉄道設備に異常がないことを確認する目的で、毎日、営業開始前に全区間を走行確認している点検車両)が発見しました。いずれの事象も、1975年の山陽新幹線全線開業からわずか24年後のことであり、同時期に高架橋からのかぶりコンクリートの剥落事象が相次いで発生していたことから、コンクリートの早期劣化事象が「山陽新幹線コンクリート問題」として社会問題化しました。
1999年のコンクリート剥落事故後、西日本旅客鉄道㈱(以下、JR西日本という)は、総力を挙げてコンクリート構造物の安全性と信頼性の回復・向上に取り組むこととなりました。私は、1976年の国鉄入社後からそれまでの約20年間は、中央線小淵沢・信濃境間複線化工事や名古屋市営地下鉄6号線名古屋駅部工事など、どちらかといえば新しい構造物を建設する立場で仕事をしていましたが、トンネル建設(山岳工法)に従事した経験を持つ数少ない一人であったことや国鉄構造物設計事務所コンクリート構造に約4年間在籍して経験を重ねていたことなどから、鉄道構造物の保守部門に異動となりました。1999年がJR西日本にとっての構造物維持管理元年といっても過言ではなく、以来20余年にわたって山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理や耐震補強に係ってきました。
この度、【連載】への貴重な投稿機会を与えていただきましたので、JR西日本が実証的に進めてきたこの20年間の山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理等を通じて、日頃、私が感じていることを書くこととしました。
【連載】記事が、鉄道構造物や道路構造物の維持管理に従事されておられる方々の参考になれば望外の喜びです。
1、山陽新幹線福岡トンネル事故の概要
山陽新幹線福岡トンネル事故発生後、直ちに運輸省(当時)は、発生原因の究明と再発防止対策を策定することを目的に、「トンネル安全問題検討会(座長:京都大学大学院工学研究科教授(当時)足立紀尚)」を発足させ、2000年2月に「トンネル安全問題検討会報告書」(以下、報告書という)を取りまとめた。
発生事故の概要について報告書から抜粋のうえ『・・・』で以下に示す。
(事故の概要)
1999年6月27日(日)9時24分頃、『山陽新幹線福岡トンネル内において停電が発生し、「ひかり351号」が停止した。調査したところ12号車のパンタグラフが損傷しており、応急措置を行い、10時54分当該列車は70km/h徐行で博多へ向け運転を行った。その後、下り線の架線の曲引金具が破損していることが判明したため、下り線は再度運転を見合わせ復旧作業の後、13時30分に運転を再開した。
なお、当該車両の屋根上にコンクリート片が発見され、さらに現地を調査した結果、下り線側のトンネル覆工の一部が剥離しており、その場所の終点方トンネル側壁部分に剥離したコンクリートが発見された。』
2、覆工コンクリートの剥落原因の推定
トンネル安全問題検討会は、福岡トンネル事故について、外的要因と内的要因に区分して詳細な原因究明を行った。
以下に、剥落原因の推定について報告書から引用のうえ『・・・』で以下に示す。
2-1 外的要因に関する検討
『地圧および水圧、地震、凍上圧、近接施工、列車振動と空気圧変動について検討が行われた結果、
1)剥落箇所の覆工には、地圧、水圧、地震、凍上圧、近接施工による影響は認められない。
2)列車振動、空気圧変動、歪みは、これらが繰り返し作用することによりひび割れのある覆工に影響が生じたことは否定できず、さらに剥落の最終的な引き金になった可能性がある。』
特に、2)の列車振動、空気圧変動および歪みが覆工コンクリートに与える影響の検討結果については、他のトンネル点検時の参考となる知見であるので、細部を引用のうえ『・・・』で以下に示す。
『列車走行時の覆工コンクリートの挙動の測定値より、側壁部からアーチ部にかけて最大次のような値が最大値として計測された。
①列車振動:0.3kine(0.3cm/sec)(覆工表面の周方向)
0.1kine(0.1cm/sec)(覆工表面の法線方向)
②空気圧変動:5kPa(列車後尾部が通過する際の圧力降下幅)
③歪み :10μ(覆工表面の周方向)
①については、発破振動でコンクリートにひび割れが生じるのは20~30kine程度からと報告されていることから見ても、剥落の主要因とはなり得ないものである。(省略)
②については、ひかり351号(0系12両編成)が通過した際に剥落したコンクリート塊(内空面積0.65m2)に約1~2kNの力が作用した可能性がある。その大きさからは、空気圧変動が主要因とはなり得ない。
③については、覆工コンクリートに引張ひび割れが生じる歪みレベル(200μ程度)に比較すれば極めて小さい値である。また、法線方向の歪みはさらに小さくなるものと考えられるため、剥落の主要因とはなり得ないものである。』
以上の知見は、新幹線トンネル覆工においては、高速列車走行が影響して新たなひび割れが健全部に発生する可能性は極めて低いということを示しているもので、施工上の初期欠陥が発生しやすい目地部や接合工周辺および経年劣化が懸念される漏水部周辺などに加えて、既発生のひび割れ部周辺を注視して維持管理すればよいということに他ならない。道路トンネルの自動車走行に伴う振動や空気圧変動の計測レベルは、走行路面に異常な凹凸がない限り、高速列車走行時の計測レベルよりもはるかに小さいと想定できるので、この知見は道路トンネルの点検においても有効で大いに参考にすべきであると考えている。
また、この知見は、初期欠陥(コールドジョイント、ひび割れ、豆板、巻厚不足など)のない健全なトンネルを建設することが、トンネル維持管理のメンテナンスレス化につながることを示しており、トンネル覆工コンクリート施工時の施工管理の重要性を端的に示していることになる。
さらに近い将来においては、センシング技術などのIoT 関連機器の低価格化・高性能化、およびインターネットの普及を背景に ICT を駆使した合理的な保全が可能になり、2年毎や5年毎に実施しているTBM(Time Based Maintenance;時間基準保全)から、CBM(Condition Based Maintenance;状態基準保全)に必然的に移行していくものと確信しているが、その際、無筋コンクリート覆工区間の点検においては、圧倒的に多数を占めている健全な覆工の点検合理化を検討する際のひとつの重要な根拠にもなると考えている。