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⑰公共工事における権利者-過去の経験を未来にー

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2021.02.01

 ③門崎高架橋(2005年当時)
 門崎高架橋は、大鳴門橋のアプローチ橋で淡路島南端の門崎に建設された高架橋である。2003年頃、地元の漁協からクレームの電話が掛かってきた。丁度、担当管理役は不在で替わりに大鳴門橋を担当する私と事務の副所長が話を聞きに漁協に出向いた。漁協から離れた建物の2階に通され、びっくりした。大広間には20数名の組合員が居るではないか。
 話の内容は次の通り。当時、耐風対策用(箱桁の渦励振)に設置しているダブルフラップの補修(交換)工事を実施していた(図-3参照)。当然、取り付け部の補修塗装もある。相手側曰く、「高架橋下の岩場にペンキが付着している。高架橋の下では素潜り漁(アワビやサザエ)をしている。事故が起きたらどうしてくれるんだ」、と。私は、「岩場に付着している塗料は建設当時の塗料である、今実施中の工事では飛散防止対策をより徹底する」、と回答した。
 押し問答が1時間程度続いた後、代表者から返事があった。「組合員も歳をとり、日銭が欲しい。監視用の船を置かせてもらえないか」、と。当然、私の回答は「ノー」。その後、1年程沈黙があったが阪神高速道路出向(2006年4月)の1年前、事態は動いた。生々しい話なので今回は割愛する。(この経験により、以降の橋梁点検の姿勢、考え方を根本的に改めた。つまり、見えないところは徹底して見に行く、見に行くための術を考えること)

(4)公共事業における漁業権利者との間合い

 ①漁業補償の種別
 漁業補償の種別としては、1)対価補償(漁業権等が行使されている区域の全部又は一部について、永久又は一定期間その権利の行使が不可能になる場合の漁業権等に対する補償で、消滅補償と制限補償がある)、2)通損補償(漁業権等の消滅又は制限により、漁業経営上通常生ずる損失の補償)で、廃止補償、休止補償、規模縮小補償がある)。対価補償の対象となるのは、共同漁業権、区画漁業権、(定置漁業権)、である。

  ②漁業補償算定のための調査
 一般的に、1)漁業権等の調査、2)漁獲数量の調査、3)魚価の調査、4)漁業経営費の調査、5)漁業依存度(率)の決定、6)依存度(率)の決定、7)消滅・制限区域の決定、が行われる。土木技術者が関りを持つのは7)の消滅・制限区域の決定である。これは、漁業権の種類、漁業実態等と工事計画、工事工程、施工方法等を総合的に判断して決定することになる。

  ③漁業補償金の算定、合意と工事
 事前調査(県・市等の水産課の工法・告示等)により権利者の名称、漁業の位置、漁業の種類、漁獲物の種類や時期、期間を調べる。その後、②に示す調査を行い、補償金額を算定する。過去の記憶では、何れのプロジェクトも漁獲実績のみではこれほどの補償金額は算出されない。
 冗談ではないが、「ヒラメの立ち泳ぎ」とよく言ったものだ。ヒラメは、平面状で生息・移動する魚である。この魚が90°反転して泳ぐのである。「立錐の余地も無い」位の密度で高級魚のヒラメが生息しているのである。補償金算定者を茶化しているわけではない。権利者と合意に至るまで積み上げた結果なのだから。うまく合意が出来ればよいのだが、出来なければ工事中の安全対策や影響補償という形で上積みすることになる。

(5)最後に

 最近、ある地方の自動車専用道路の建設に絡む漁業影響調査について技術提案書の作成支援をした。業務の性質上、橋梁計画の変更は範疇にない。ならば、工事中の濁水等の発生は極力無くす工法にすること、汚濁防止ネット等による対策を十二分に講じること、が濁水が発生しない最低限の施策となる。残るは、消滅補償と工事中の制限補償となる。仮に、橋脚を設置したことにより流況変化が発生、これに伴い漁獲量が減ったなら影響補償が必要になる。事業者は、ケース・バイ・ケースで冷静・沈着な判断が要求される。

 この1年、湾岸西伸部の長大橋の建設ニュースが関西を賑わせている。漁業補償がすんなり進んだのか知るところではないが、一歩間違えば今後大変なことになるだろう。
 施工者に重い荷を背負わせないようにして欲しいものである。一方、西の方では第二関門橋の建設の話が息を吹き返しているようだ。今後、日本の技術復興のために大規模プロジェクトが計画されれば20世紀後半の本四プロジェクトや関空プロジェクトの様な巨額の漁業補償がついて回ることになる。長大橋梁の建設や維持管理の技術継承も必要だが、漁業補償手法や説明責任についても技術継承もしっかり行って欲しいものである。重要なのは税金の使い道である。万民が納得できるよう、きっちり説明責任を果たして欲しいものである。(2021年2月1日掲載、次回は3月1日に掲載予定です)

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