道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊳

「山口県のコンクリート施工記録をAI(機械学習)で分析した研究」

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2020.08.12

4. コンクリート施工記録と機械学習と組み合わせたさらなる価値の創造

 図3は、山口システムにおけるコンクリート施工記録の蓄積状況ですが.平成29年度には85リフト、平成30年度には200リフト、令和元年度には61リフト分がデータベースに追加されており、令和2年3月現在で計1,816リフト分が蓄積されています。

 

 このデータベースを活用して、機械学習により橋台たて壁・胸壁のひび割れ発生および最大ひび割れ幅を予測する研究に取り組みました4)、 5)、 6)、 7)。実構造物で実際に発生したひび割れのうち、各リフトにおける最大ひび割れ幅を予測できる機械を開発し、その機械が教えてくれるひび割れ抑制に関する工学的な知見を現実のひび割れ抑制対策に活用しようと考えて実施した研究です。
 研究の第一段階として、各リフトにおいてひび割れが発生するか否かを予測する研究4)において、図4に示すように橋台たて壁と胸壁に対して、ひび割れ発生に関係し得る施工記録中のデータについて精査を行いました。データの欠落や、明らかに誤りと思われるものを除いて、有効なデータのみを使って機械学習(ニューラルネットワーク)を行いました。その結果、たて壁については81.5%の精度で、胸壁については87.6%の精度で、ひび割れ発生の有無を予測することが可能でした。なお、この過程で発見したデータの誤り等については、山口県土木建築部の技術管理課と山口県建設技術センターと情報共有しました。
 データの誤入力を防ぐための配慮をしている山口システムにおいても、公開されたデータベースを研究者が活用することによりデータのさらなるチェックにつながり、また、ひび割れ抑制の観点で真に重要なデータ項目を見出すことにもつながったと考えています。

 山口システムにおいては、ひび割れ発生の有無自体は問題ではなく、ひび割れ幅が補修基準を超えるかどうかが問題となります。そこで、実構造物に発生した最大ひび割れ幅をニューラルネットワークで予測する研究へと進むことにしました5)、6)、 7)。高精度で最大ひび割れ幅を予測する機械が開発されれば、現状の数値解析技術では分析が困難である鉄筋比の比較的小さいコンクリート構造物の最大ひび割れ幅に対する各種要因の影響の程度を、パラメトリックスタディにより示すことも可能となると思ったからです。
 橋台のたて壁、胸壁の最大ひび割れ幅を予測するニューラルネットワークについて検討した結果、たて壁についてはそれなりに高い精度で予測できる機械が構築できました。一方で、胸壁については予測の精度が高い機械が構築できたものの過学習と呼ばれる現象が生じているものと思われ、学習した範囲のデータでは予測精度が高いのですが、未知のデータに対しては予測精度が必ずしも高くない状況であることが判明しました。胸壁のデータ数が100セット程度であり、ニューラルネットワークの研究に用いるには非常に少ないことが原因と考えています6)
 図5は、ニューラルネットワークの構築に用いた、たて壁のデータにおける各パラメータの分布を示しています。分析に用いたリフトではすべて高炉セメントB種が使われていましたが、各パラメータは広く分布しており、ニューラルネットワークの研究に適したデータであったと考えています。また、温度ひび割れの発生やひび割れ幅に大きく影響を及ぼすコンクリートの熱膨張係数について、山口県内の21のコンクリート製造工場に協力を依頼し、Φ100mm×高さ200mmの2本のコンクリート供試体(橋台たて壁と同等の配合)を作製して送付してもらい、十分に硬化したコンクリートの熱膨張係数を計測しました。その結果、熱膨張係数は5.76×10-6/℃~8.11×10-6/℃で分布し、平均値は6.65×10-6/℃という結果でした6)、 7)。私が事前に予測していたより分布の幅が小さく、また平均値も事前の予想より小さかったです。山口県内のコンクリートの熱膨張係数の分布幅が大きくないことも、簡易なひび割れ抑制システムが上手く機能した一つの理由かもしれないと私は考えています。

 図6は、検討の結果、最も高精度でたて壁の最大ひび割れ幅を予測できたニューラルネットワークの構造と入力パラメータを示しています6)、 7)。最適なニューラルネットワークの構造は、無数の試行錯誤により得られたものです。この研究によると、隠れ層が2層の構造であり、入力パラメータの数を絞ってデータセットの数を多くした方が精度の高い機械が構築できました。図7は、この機械を用いて予測した最大ひび割れ幅の予測値と実測値の関係を示しています。なお、この研究では5重交差検証を行っていますが、機械学習においては、機械の予測の精度の検証にも十分な配慮がなされなければならないことを、私自身もこれらの研究を通して学びました。


 図8は、山口県のデータベースを用いた機械学習の研究により得られた、橋台たて壁の最大ひび割れ幅に鉄筋比や単位セメント量の及ぼす影響を示した図です。この図を見るに際して、橋台たて壁の幅を15m、厚さを2m、リフト高を3mと固定し、前のリフトからの打継ぎ間隔も7日と固定しているなど、ある特定の条件での分析であることを念頭に置く必要があります。図8には、外気温や打込み温度の影響、鉄筋比の影響、単位セメント量の影響が明らかに示されており、このようなデータベースと機械学習の組み合わせから得られる工学的な知見の実務や学術的研究への活用が期待されます。
 私自身は、単位セメント量が最大ひび割れ幅にこれだけ影響することを知って驚きました。ちなみに図8には、0.15mmという山口県の補修基準となるひび割れ幅を赤線で示してあります。単位セメント量の増加が温度上昇量に影響を及ぼすことは教科書にも書いてあるようなことですが、特定の構造物の最大ひび割れ幅に及ぼす影響を定量的に把握できることは、技術者にとっては大きなことであると思っています。
 また、図8には鉄筋比の影響も示されています。山口県で「標準的」とされている0.3%の鉄筋比の妥当性がうかがえるデータとも言えますし、条件によっては0.3%では過大の場合もあるでしょうし、例えば橋台の幅が15mよりももっと大きい場合などには0.3%では補修基準の0.15mm以上のひび割れ幅となってしまうこともこの機械は教えてくれます。

5. 土木技術者のAIとの付き合い方

 私はAIについては初学者と同程度の知識しか持っていないかもしれませんが、今回紹介している研究に携わった範囲で、土木技術者が今後AIとどのように関わっていくべきなのかについて感じたことを述べます。
 先ほど紹介した図8は、開発した機械を使って実施したパラメトリックスタディの結果のごく一例です。機械を使えば、自分の興味のある影響要因が最大ひび割れ幅にどのような影響を及ぼすのか、例えば図8のようなグラフの形で視覚化することができます。このようなAIの使い方はあまり主流ではないのかもしれません。私の解釈では、比較的少ないけれど信頼できるデータを上手に活用して優秀な機械を開発し、その機械が私たちの知らない新しい有用なデータをたくさん生み出してくれる、という利用法かと思っています。一口にAIといっても様々な種類の利用法があり、土木技術者にとってはそれぞれにおいて活躍の仕方は異なると思いますが、単に機械を使うだけ、という将来ではないと想像します。もちろん、優秀な機械を使いこなして困った状況を徹底的に改善する、という使いこなす技術も大事だとは思いますが。
 今回紹介した研究について言えば、山口データベースにニューラルネットワークを使って最大ひび割れ幅を予測する機械を作る、という目的は比較的簡単に設定できます。しかし、実際にやってみると精度の高い機械を開発することは想像以上に大変な作業でした。Rasul君というパキスタンからの優秀な留学生の博士論文のテーマとして取り組んだから一応できたものの、片手間にすぐできるような代物では全くないことが分かりました。
 まず、データベースのデータのチェックは、専門的な知識がないとできません。データにノイズが混じると、特にデータの数が少ない場合に苦しくなります。
 それから、適切な入力データを揃える必要があります。何でもかんでも入力すればよい、というわけでなく、今回の場合は、必要最低限の項目に絞って、総データ数を増やした方が精度の高い機械につながりました。図8では、日本での四季をイメージして打込み時の外気温が10℃、20℃、30℃を設定したときの機械の予測結果を示しました。しかし、入力データの項目には季節の情報は何もありません。入力データにあるのは、打込み開始時の外気温、です。山口県の場合、ほとんどは朝一番に打込みが始まり、橋台たて壁の場合は午後の早々には打込みが終了するスケジュールとなります。したがって、打込み開始時の外気温のデータがあれば、結果的に四季の影響も機械で分析できたのだと思っています。これが、海外のように平気で夜間打設したり、打込み時間が非常に長いようなデータが混じる状況だと、傾向がきれいに出てこなかった可能性もあります。まとめると、ただ機械を作ればよい、というのではなく、入力データを適切に選定することや、入力と出力の関係も説明できる専門家が適切に関与しないと、良い方向には進まないのではないかと感じました。この辺りにも、土木技術者が活躍する領域があるように推察します。
 最後に、今回の事例の場合、たて壁や胸壁の最大ひび割れ幅を高い精度で予測できる機械が開発されたとして、その機械を実務で使用することももちろん可能なのですが、システムに関係する技術者の思考停止につながることは容易に想像できます。データの蓄積による機械のさらなる高精度化と、機械が示唆する技術判断に有用な情報をひび割れ抑制設計の実務やひび割れの事後分析等での活用を継続していくことが、山口システムのサスティナビリティの観点でも望ましいと考えています。

 

参考文献
1) 二宮 純:地方自治体が建設するコンクリート構造物の品質確保システムの構築に関する研究,横浜国立大学博士学位論文,2016.3
2) 国重典宏,田村隆弘,二宮 純,森岡弘道:山口県における「コンクリートひび割れ抑制システム」について,コンクリート工学,Vol.49,pp.91-95,2011
3) 細田 暁,二宮 純,田村 隆弘,林 和彦:ひび割れ抑制システムによるコンクリート構造物のひび割れ低減と表層品質の向上,土木学会論文集E2,Vol.70, No.4,pp.336-355,2014
4) Rasul M, Hosoda A. : Prediction of occurrence of thermal cracking of RC abutments using artificial neural networks. JSCE J Struct Eng 2019;65A:560–8
5) Rasul M, Hosoda A. : Application of artificial neural network in predicting maximum thermal crack width of RC abutments using actual construction data. fib Symposium., Krakow: 2019
6) Rasul Mehboob: Prediction of maximum thermal crack width of RC abutments and investigation on influential factors using artificial neural networks, 横浜国立大学博士学位論文,2019.9
7) Mehboob RASUL, Akira HOSODA and Koichi MAEKAWA: A study on parameters influencing maximum width of early-age thermal cracks in RC abutments using neural networks, コンクリート工学年次論文集,Vol.42, No.1, pp.1127-1132,2020

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