道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊱

品質確保と教育

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2020.04.16

3.  教育の重要性 その2:

 教育の重要性を語るエピソードとして、もう一つ、今回の記事で紹介させてください。実は、まだまだ紹介したいエピソードはあるのですが、別の機会に譲らせてください(品質確保は重要ですが、実は「教育」が私の最も得意とするところでして、国家の繁栄、国土強靭化、インフラの長寿命化、等々についての教育のあり方について、私の思うところをこの連載でも時々論じさせていただけると、私は大変にやりがいを感じます。)
 2019年9月中旬に、SSMS(Society of Social Management System、社会マネジメントシステム学会)の第12回目の国際会議が東京大学で開催されました。私の師匠の岡村甫先生の提唱で始まった学会です。今回は、私の卒業論文の指導教員の小澤一雅教授(東京大学)が実行委員長を務められ、私も5つの招待講演やパネルディスカッションを担当する幹事を務めました。学会のテーマが「巨大都市への過剰な集中」だったので、京都大学の藤井聡先生、東京大学生産技術研究所の沖大幹教授、SSMS学会長に新たに就任された林良嗣先生(名古屋大学名誉教授)ら5名を招待講演にお招きし、パネルディスカッションでの活発な討論も行いました(写真2)。 


写真2 2019年9月のSSMS 2019におけるパネルディスカッションのメンバー

 これまでのSSMSに多大なご尽力をされた、台湾の陳 振川(Jenn-Chuan Chern)教授を、パネルディスカッションの特別ゲストにお招きして、私が司会をする形で、社会のレジリエンスやサステイナビリティについて議論しました(写真3)。その中で、陳教授が言及された教育の本質を以下に紹介します。ちなみに、陳先生は、台湾大学土木工学科のコンクリートを専門とする教授を務められ(現在は名誉教授)、台湾コンクリート学会の初代会長や台湾土木学会に相当する中国土木水利工程学会長などの要職を歴任され、2008年から内閣の公共建設副大臣を兼務、2012年からは公共建設大臣に相当する大臣職で入閣し、2009年8月に発生した699名の死亡・行方不明者を出したモラコット台風の大災害からの復興の陣頭指揮を執った方です1)。陳先生は、2011年からSSMSの学会長も務められ、岡村甫先生を始め、多くの日本人の先生方も信頼・信奉する誠実な学者であり実務者であります。
 日本という国家の国力が縮退するのを目の当たりにする状況で、社会のレジリエンスやサステイナビリティについて議論すると、この状況を打破するための人財の育成、教育の話に行き着いてしまいます。国際会議でのパネルディスカッションのコーディネータとして、私は陳先生に、「困難な状況を打破するためのリーダーにとって大切なことは何か」という質問をしました。陳先生の答えは非常にシンプルで、「Capacity、Knowledge、and Experience」でした。Capacity(能力)を研ぎ澄ませておく必要があります。能力だけあってもKnowledge(知識)を適切に身に付けておかないとどうにもなりません。その上で、やはりExperience(経験)がものを言うのです。
 もう一つ、パネルディスカッションの流れの中で、台湾では首都の台北への過剰な集中が緩和され、台北の人口が減少している話題となりました。依然として人口流入が続く東京に比べて、なぜ台北でそのような分散が実現されているのか、という議論でした。その議論においても、教育の話、特に子どもたちへの教育の重要性に行き着き、私が「若い世代、特に子どもたちに何を教えればよいのですか?」と問うたところ、陳先生の答えはまたも明快で、「What is good life?」を子どもたちに教えなければならない、とのことでした。良い生き方とはどういうものか、これをきちんとした大人が、若い世代、特に子どもたちにしっかりと信念をもって、毅然として教えていく必要があります。それが教育の本質なのでしょう。


写真3 SSMS 2019におけるパネルディスカッションの様子(陳先生は真ん中)

4. コンクリート構造物の品質確保と教育

 さて、この連載でも私自身の文章や、品質確保に関わる多くのプレーヤーへのインタビュー記事で紹介してきましたように、私は、コンクリート構造物の品質確保の本質は教育だと思っています。なぜそう思うのか、先ほどご紹介した2つのエピソードと絡めて説明したいと思います。
 私たちが一連の品質確保の取組みで展開しようとしてきたことの哲学は、過去の偉大な先人たちが言われてきたことと何も違いません。小樽築港工事を指導された廣井勇先生は「ブロックに用いるコンクリートは、その強度よりは密度に重点をおいて、海水にたいして不透水であるようにすべきである」と強調されました2)。また、火山灰を活用したり、大型機械を先進的に導入することなどにより、耐久性向上、コスト削減、生産性向上などをすべて達成するという画期的な偉業を遂げられました。後世への責任から、364種類の6万個の強度試験用の供試体を作製し、現在でも長期耐久性試験が続けられているのは有名です。技術の検証の重要性について後世の我々も自然と襟を正す気持ちにさせられます。
 その廣井先生の弟子の吉田徳次郎先生は、鉄筋コンクリートの欠点として「施工が粗雑になりやすいこと」を3つの理由とともに挙げておられます3)。私も各所での講演でよく引用しますが、再度ここで掲載します。

 (1) 従来、土木の工事をする人の間には、コンクリートその他に関する示方書は確実に実行されないのが当たり前であると考える習慣があり、従って工事請負者は示方書通り施工しないことを予想して法外に安い値段で工事を落札し、工費の方から正当で必要な施工をすることができないこと。

 (2) 作業手や工事監督者が鉄筋コンクリートについての十分な知識がないために、主としてコンクリートの重量を利用するコンクリート構造物の場合における習慣にとらわれ、故意でないにしても示方書に従って完全な施工をすることに努力しない場合があること。

 (3) 鉄筋コンクリート構造は出来上がりさえすれば、その施工の良否は後から容易に分からないということが、知らず知らずのうちに作業手その他の人の頭に働いて、各自の労力を省くことばかりを考えるようになりやすいこと。

 まさに、品質確保が達成されるために、適切な哲学・教育が必要であり、精神論だけでなく適切なシステムの整備も必要であることが吉田先生の文章から分かります。
 その吉田先生の一番弟子と言われる仁杉巌博士(最後の国鉄総裁)は、吉田先生に以下の言葉を掛けられたそうです4)

「仁杉君ね。君、いくら机の上で本を読んでもダメだよ。とにかくやってみなければ。とにかく造ってみなさい。」
「論文が山のように出てくるけど、自分で読んで分かったようなつもりでいるけれども、やってみないと本当にその論文を理解したことにはならないよ。」

 その仁杉博士がフランスで学んだPCを本格的に実現した最初の現場が第一大戸川橋梁です(写真4)。私も、2008年に土木学会の委員会で第一大戸川橋梁の品質を行いましたが、耐久性についてこれ以上は得られないという高レベルの品質を確認しました。


写真4 2008年に調査した第一大戸川橋梁とその近くに暴露されている標準桁(試験体)

仁杉博士はこの現場を振り返って以下のように語っています。

大戸川橋梁のコンクリートがなぜあれだけ良い品質のものになったかというと、理屈通りやったからだ。あらゆる現場であんなことはできないだろうが、それに近いことはやって欲しいと思う。」

 私も、実際に第一大戸川橋梁の品質のすごさを肌で体感し、私自身の師匠たちから仁杉博士、吉田先生、廣井先生へとつながる無限の尊敬の中で、コンクリート構造物の品質確保の重要性を私なりに認識し、使命感を感じて取り組んできたように思っています。
 また、3章で紹介した陳 振川先生の言う、リーダーにとって大切なCapacity(能力)、Knowledge(知識)、Experience(経験)は、一連の品質・耐久性確保の取組みの中で多くの技術者や研究者たちが身に付けてきたことと思っています。チャレンジすべき課題が難しくなるほど、多くを学ぶことが可能となります。そして、これも陳先生が言われた、大人が若者たちに対して示すべき「良い生き方」について、「協働」の結果、コンクリート構造物の品質確保が達成される中に、好例が溢れているはずです。一例5)ですが、「生コンの方が普通に出荷して、いいコンクリートを淡々と出して、いいビールを飲んでいただくというのがすてきな社会」だと、私は真剣に思っています。

5. おわりに

 当たり前と思っていた社会があっという間に壊れていくような動乱の時期に私たちは生きています。先人たちが「豊かな社会」を目指して努力を重ねてこられましたが、様々な面で国力の低下が顕著になってきているように思います。困難な将来が待ち受けていますが、その中でも、コンクリート構造物を中心とするインフラの重要性は増すことはあっても減ることは決してないと確信します。膨大な既設インフラの適切な維持管理と、まだまだ全く足りない地域のインフラの整備における品質・耐久性確保と生産性向上、これらが魅力的な分野とならなければ、私たちの社会は持続できません。そのような分野となるために、私も教育者、技術者、研究者としてできることを全うしたいと思います。

参考文献:
1) 大内雅博:コンクリートの教授が大臣として建設行政と災害復興を主導している台湾にて第8回社会マネジメントに関する国際シンポジウム(SSMS 2012)を開催,コンクリート工学,Vol.50,No.10,pp.942-943,2012.10
2) 廣井勇:築港前編,訂正第五版,pp.168,1929
3) 吉田徳次郎:第3次改著 鉄筋コンクリート設計方法,養賢堂,1958
4) 大内雅博:仁杉巌の決断のとき,交通新聞社,2010.4
5) 座談会『コンクリート工学の持続可能な発展のために』~中堅編~,コンクリート工学,Vol.53,No.9,p.849,2015.9

(2020年4月16日掲載、次回は5月中旬に掲載予定です)

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