道路構造物ジャーナルNET

③衣浦大橋(上り線)の上・下部工の耐震補強工事の設計・施工について

若手・中堅インハウスエンジニアの本音 ~マネジメントしつつ専門的知見を得ていくために~

愛知県豊田工事事務所
工務課(工務・環境グループ)

宮川 洋一

公開日:2018.02.01

単体では何もできない

 私たちは公共資産を適切に管理し、設計や施工業務を発注する役割を担っている。私自身、設計計算をする人や施工図面にする人がいなくては設計もできない。施工機械も扱えず、溶接ひとつ、ボルト締めひとつ、コンクリート配合ひとつ、型枠組立ひとつできない。品質よく確実に施工する人がいないと何一つ実現できない。何が言いたいか、私たち単体では何もできないのだ(あたりまえだけど)。
 これまで新設橋梁架設により技術力を維持し、これらを応用した高い技術力を必要とする既設橋の維持補修業務に対応してきた。メンテナンスの時代と言われている今でもこの構図の本質はあまり変わっていない気がする。
 設計業務を実施する建設コンサルタント、工事を担当する施工業者が、適正な利益を得て健全経営が維持されないと、それぞれにおいて技術者を確保することは難しいし、良い設計も、品質良く施工することも難しい。
 これまで当たり前のように支えられてきた公共のインフラ資産の維持がこのままではできなくなる危機にあると言っても過言でないと思う。

地方自治体の管理する既設橋梁の補修・補強について

 既設橋梁の補修・補強は、供用されている橋梁が何らかの要因で工事を必要とするために実施される。点検等により確認された経年劣化や不具合による損傷に対応したり、古い基準でつくられた部材や各機能を更新したり、補強したりする。今後は過去に補修・補強されたものについても新たな補修・補強を考える事例も増えるだろう。
 地盤の良い山岳部から軟弱地盤の海岸河口部、密集市街地や郊外部などの架橋位置、鋼やコンクリートなどの材料、トラスやアーチなどの構造、架設年次や使用状態の違いなど、一橋ごとすべて異なり、まさに千差万別の対象となる。携わる方々にとっては周知の事実である。
 供用中であることから、現在の使用状態を担保しながらの施工が大前提となる。県管理道路の場合、地域の主要幹線を担う場合が多いことから、施工中の通行止めはほぼありえない。バイパス等に架設する新設橋梁とは大きく異なる点だ。
 迂回交通の仮橋、施工足場、仮締切、搬入路、仮桟橋などの大がかりな仮設設備が必要となる。工事費に占める仮設費用の割合も高い。今回事例のような河口付近にかかる橋脚巻き立てを行う耐震補強工事などは、仮締切や仮桟橋などの仮設費用が高い割合を占め、一脚数百万円の本体補強費に対し数千万円の仮設費なんてこともある。密集市街地の主要幹線路上の橋梁架け替えなどは今後の大きな課題となろう。
 このような中では、様々な条件をトータルで考えることが求められる。この過程で橋全体の更新、つまり架け替えも同一検討上にあるべきと思うし、事業の困難性や合理性などからバイパスによる架設という選択肢も当然ありうる。
 自分の土地に架かる、自分の橋を自分のお金で維持・更新していくことを考えるとわかりやすいのではと思う。ただ単に補修・補強するだけでなく、つぶさにその特徴をつかみ、資産価値を最大限に活かし、引き上げる投資にみあった効果をあげる。あなたにはそれができているだろうか。それにチャレンジしているだろうか。なかなか、どうして、結構クリエイティブな既設橋梁の補修・補強なのである。

やはり技術系行政職員の中にも専門家が必要

 社会のあらゆる分野において細分化、分業化が進み、それぞれ分野の専門家が切磋琢磨し、技術を進化させ、これまで発展に寄与してきた。建設分野も同様である。右肩上がりの高度経済成長を終え、成熟社会を迎えた現在、これまで通りのやり方を変化させる必要があることは、皆理解していると思う。
 これまでは国が基準やマニュアルを整備し、これらを社会情勢の変化にも対応させてきた。私たち地方自治体はそれに従い業務を効率的に処理していけば良かった。しかし、近年それを越えるスピードで社会情勢や世の中の常識が大きく変化していると感じているのは筆者だけではないと思う。しかし、私たちの組織体制や慣習や事業の進め方などは結果的に対応しきれていない。これは我々の業界にのみ起こっていることではないのかもしれない。
 昨今、愛知県をはじめとする地方自治体では、一律な人員削減ありきで、技術職員は建設事業費に応じた人員配置がなされ、各分野における「専門家」を確保できなくなっている。その分業務を外部へ発注してしのいでいる。職員にある程度の経験があり、作業のみを外注することは一時的なしのぎとなるが、これが長期間続くといずれ作業の本質的な中身がわからなくなり、ブラックボックス化し、アウトプットされた結果だけが重視される傾向になっていく。試行錯誤の過程や経験による目が養われないとアウトプットされた設計の不具合に対し「違和感」が働かなくなる。事務作業的になり、表面に出た些末なミスを指摘し、それらを修正させるために時間と労力を取られ、その分本来なら気づくであろう中身の本質的な誤りを見落とす恐れがある。外部の「専門家」に業務委託しているという建前が独り歩きし、だれが担当しても同じであるという考えが浸透していく。
 本質的な中身を理解せずして、応用問題ばかりが発生する時代に立ち向かえない。もう一度根本から自分事として自ら考えることができる確かな知識と経験による「当事者意識」を持った各分野での「専門家」が必要と思う。誰に人事異動しても務まるような「代替可能」な人事の考え方を少し改め、専門的業務を計画的に経験させて「専門家」を育てる必要性を感じる。

 地方自治法第2条14には「事務を処理するに当つては、(中略)最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない」と書かれている。また、愛知県の策定する「あいち人材育成ビジョン」には「自ら考え行動する、行政のプロフェッショナル職員」が「めざす職員像」として掲げられている。

選択肢は無限大

 ここ数回の道路橋示方書の改定の流れは、「仕様設計」から「性能規定」の方向性へのシフトがされ、基本的な設計思想をしっかり理解したうえで多様なものを作る土壌が整備されてきているように感じる。
 そのような流れに地方自治体の技術者は対応して行くことができるのか。今後インフラ資産をメンテナンスしていくうえで手付かずの様々な課題が山積みであるということは、逆手に取ればそこには広大なフロンティアが広がっているのではないか。市民から付託され地方のインフラ資産を守っていくシビルエンジニアとしての責任は重いが、ここにやりがいを見出すこともできるのではないだろうか。

 我々にできる範囲のことは非常に限られているように思える。しかし、基本を抑えたうえでの試行錯誤を重ねるうちに我々のできる範囲内でも非常にさまざまな具体的行動が存在し、それを実行する上で、まだ見えぬ改善の糸口がいくらでも隠れているはずだ。
 決められた一つの答えがないということは、我々にできることの選択肢は実は無限大にあるし、広がったといって良いのではないか。

おわりに

 私は過去に「こうしたほうが良い」と思っていたにもかかわらず、結局行動も起こさずやり過ごしてしまったことがいくつかある。「あのとき何故やらなかったのか」「本当にできなかったのか」という「後悔の念」が、次に同じような状況になった時、自らを突き動かす原動力にもなるし、壁に当たった時の突破力になっていると思う。
 何事もやらなければ、始まらないし、経験・実績にもならないし、何も変わらない。業務の最前線にいる「あなた」が気付いたことのほんの少しで良いから一歩を踏み出すべきと思う。少しの工夫をすることでとても大きな効果が得られることは案外あるし、たとえほんの少しの改善でも「あなた」をはじめとする皆が実施すればその積み重ねは決して小さくない。
 私は愛知県で自分が設計や施工に携わった事例しか知らない。まだまだ知らないことが多く、他の施工現場や各種論文、先進事例、業界誌、新技術・新工法展などから少しでも吸収したいと思っている。その作業は苦でもなく、むしろ楽しい。新たな知見はさらなる可能性の拡大につながるからだ。そのためには最前線で現場と対峙し、奮闘している人同士の情報交換も必要と思う。
 今回紹介した事例は目新しいものでもない。当時の見解で最善を尽くしたのだけれども、今になって思い返せばもっと良いアイデアや改善点があり、至らないところもあるかもしれないが、とにかく表に出すことの方が大切と考え執筆することとした。ここまで読んでいただいた同じ志を持った方や、改善点などの指摘を頂ける方はぜひ下記のメールアドレスまでご連絡いただきたい。
youichi_miyagawa@pref.aichi.lg.jp
(2018年2月1日掲載)

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