今回は、私が携わった事業から、少し趣を変えて中央アジアの国、キルギス共和国でのコンサル業務を取り上げたい。キルギスのほかにもフィリピンやベトナム、カンボジアなどの業務も担当したが、私にとって一番インパクトがあり、かつ、我が国に情報が少ないキルギスでの業務を選ばせていただいた。本稿では、2013年から2015年にわたり、同国で橋梁の維持管理を指導させていただいた経験をもとに、主にギルギスの橋梁事情を紹介する。国内でも橋梁の老朽化が叫ばれ、橋梁の維持管理について議論され、ようやくリニューアル事業が本格してきているが、本報告から何かを感じていただければ、幸いである。なお、私が携わったこのプロジェクトは、キルギス国の運輸通信省(MOTC)の職員に対して橋梁およびトンネルの維持管理技術を移転するものであった。
【キルギスの基本情報】
日本人には、まだなじみの薄い国であると思われるので、まず、キルギスの基本情報を簡単に紹介する。同国は中央アジアに属しており、緯度は北海道くらいである。(図‐1)この国は、1991年に旧ソ連から独立した国で、日本の半分の国土に、590万人が暮らしている。私が滞在した首都ビシュケクは、カザフスタンとの国境に近い盆地(標高約750m)にあり、年間降雨量は日本の4分の1(450mm)であるが、その地形から水は豊富で、水力発電が盛んである。電気料金は、日本の10分の1くらいで、余剰電力で外貨を稼いでいる。また、市内の幹線道路の歩道脇には水路が設置され、立派な街路樹を潤している。ビシュケク市は、人口100万人ほどの都市で、ソ連時代にインフラが整備され、市庁舎なども威容を誇っている。さらに市内では、2か所ある中央プラントで沸かしたお湯が11月になるとほとんどすべての建物に給湯され、氷点下20℃にもなる冬期でも室内は快適に保たれる
図-1 キルギスの位置
写真-1ビシュケク市庁舎/写真-2アパートのお湯暖房設備
また、国土全体の40%が、標高3,000mを超える山国で、おもな産業は農業と鉱業、葉タバコや、金、水銀などを輸出している。言語は、キルギス語が国家語、ロシア語が公用語とされており、街中では英語はまず通じないし、看板などはすべてキリル文字(ロシア文字)である。大きなホテルは別として、レストランでビール、ワインが通じない。必要性から最優先に、пиво(ピーヴォ)とвино(ヴィーノ)という単語は覚えた。また、人口の75%がイスラム教徒であるが、ソ連時代に宗教色が薄められ、イスラム教徒だといいながらもアルコールを飲んでいる人も多く見かける。(バザールでは豚肉も買える。)なお、キルギスは、隣のウズベキスタンとともに親日的な国で、「キルギス人と日本人は昔、兄弟で、肉が好きな者はキルギス人となり、魚が好きな者が日本人となった。」という伝説がある。確かに、キルギス人は日本人と顔がよく似ている。少し調べてみると、2万1千年ほど前にシベリアのバイカル湖あたりにいた人たちが、東西に分かれて移動していったという説もあり、興味深い。
下の写真は、お昼によく食べたラグマンというキルギス料理である。トマト味の酸味のあるスープに野菜とマトンなどが入った麺料理で、麺は日本のうどんといったところか。200円前後で食べられる。