②愛知県の地方機関における橋梁現場担当の現状
若手・中堅インハウスエンジニアの本音 ~技術系公務員におけるスペシャリストの必要性~
愛知県西三河建設事務所
西尾支所建設課
渡邉 英 氏
――事例紹介――
上記問題点のほんの一部の解決に向け、私が昨年度まで実施した事例について2つ紹介したい。まずひとつ目は「ワッペン式暴露試験」である。
ワッペン式暴露試験とは、ワッペン試験片と称する薄く軽量な板状の試験片(50mm×50mm、t=2mm、質量精度0.001g)を実橋に接着し、質量変化を計測することで、腐食減耗量を算定する試験方法である。この試験により愛知県の鋼橋の腐食速度を架設位置ごとにある程度把握しようと試みているもので、補修の優先順位を判断するためのひとつの指標になると考えている。ここでは検討内容の詳細は省略するが、ワッペン式暴露試験結果から現行の基準類で示されているものとの違いや、私の勝手な思い込みと異なった事例について少し紹介する。
1)鋼橋の腐食量調査
道路橋示方書(Ⅱ鋼橋編)において耐候性鋼材を無塗装で使用する場合の適用地域として「太平洋沿岸部であれば海岸線から2kmを超える地域」と記載されている。右の写真の2橋は共に海岸線から約2kmに位置する野川下橋(写真-5)と植田橋(写真-6)である。それぞれの橋において写真-7、写真-8のとおり伸縮装置からの水漏れや凍結防止材等の局部的な影響を受けない位置に無塗装の普通鋼と耐候性鋼の試験片(それぞれ各3枚)を1枚ごとに回収し腐食量の経年変化を調査している。
(左)写真-5 野川下橋 (右)写真-6 植田橋
(左)写真-7 ワッペン試験片 (右)写真-8 設置状況
暴露試験調査結果を図-3に示す。海岸線からの離岸距離は、ほぼ同じでも腐食速度(腐食量/設置経過年数)は、いずれも植田橋のほうが野川下橋より約2倍程度速いことがわかる。このことから腐食速度は離岸距離だけではなく、他の要因による影響も大きい場合があるということがわかる。また、腐食速度は約1年目より約3年目が低下しており、普通鋼においてもある程度の自己防食性があることがわかる。最後に、図-4はこの2橋以外のデータも含めた愛知県三河地域の10橋(離岸距離は約2km~約50km)において、同じ位置に設置した無塗装普通鋼試験片と耐候性鋼試験片の腐食減少量の関係を示したものである。
(左)図-3 普通鋼の腐食速度計測結果
(右)図-4 普通鋼と耐候性鋼の腐食減少量の比較 ※2017年度鋼構造年次論文報告集投稿中
結果から腐食減少量が大きくなるに従い、普通鋼より耐候性鋼の腐食減少量がやや小さくなるが、それほど変わらないことがわかる。これらの結果は、もちろん暴露試験を実施している既往の文献には記載されているが、一般的な情報等から私か想像していた結果とは大きく異なっていた。
2つめは、②の「補強設計の方法」についてである。ここでも評価方法までの詳細な記載は省略するが、外ケーブル緊張力の設計に用いた格子解析およびFEM解析値と緊張時に行った現地計測値の差異について記載する。
2)外ケーブル補強の緊張力解析と計測結果
歩道拡幅にともなう荷重増加のため、外ケーブルによる補強の実施時の計測事例である。対象橋梁は単純鋼合成桁(図-5、写真-9)で外ケーブルの緊張により軸力と偏心曲げモーメントが導入される。歩道を片側のみ拡幅している(図-6、写真-10)ためG1からG3の緊張力を変えている。そのためケーブル緊張力を決定に用いた格子解析のほか、床版や外ケーブル定着部に対する局部的応力に対する検討も行うため、全橋をモデル化した線形FEM解析も行っている。
(左)図-5 見合橋一般図 (右)写真-9 見合橋
(左)図-6 見合橋横断図 (右)写真-10 見合橋・歩道部片側拡幅
緊張時の格子解析結果(図-7)および線形FEM解析結果と実際の緊張作業によるひずみを計測(写真-11)した結果の比較を図-8に示す。G3の計測ひずみは格子解析値に対して約4割から7割、FEM解析値に対しても約5割程度の値となっている。
これは解析において地覆や高覧、床版のハンチ等をモデル化していないことに起因すると思われる。この結果を単純に見ると計測値が解析値より小さくなっており、プレストレス導入効果が不足しているように見える。通常の詳細設計では解析誤差は安全側として評価されるが、今回のような場合は危険側となる。しかし、解析モデルによる影響は、活荷重や死荷重の載荷に対しても同様であるため、単にこの比較のみから評価することはできない。ここでの紹介は省略するが、本橋においては、モデル化の影響に対し本計測の他、補強前と補強後に現地載荷試験を行っており設計の妥当性を確認している。
学識経験者とのつながり
前項でも指摘したとおり現象を正確にとらえ評価するには多くの労力と時間と費用を必要とする。その間にも損傷は進行しているため、問題の重要事項については、その分野の学識経験者からのアドバイス等が非常に重要であると感じる。長年、その分野を研究している大学教授などに相談することにより、短時間で妥当性のある評価を得ることができる。しかしここにも問題がある。多くの相談事例では、委託契約しているコンサルタントに業務範囲内で資料の作成・説明をしてもらうことが多い。もちろん業務内容であればそれで問題ない。しかしあくまで相談している主体は管理者である。相談内容の本質が理解できれば、委託業務範囲外であるその後の成果の確認や追加対策等、中長期的な対策検討計画を実行できる。また、中長期的な対策を実行することとなれば、失礼ながら学識経験者のモチベーションも上がる気がする。そのような業務計画の遂行にも技術系公務員のスペシャリストは有効である。さらに特定の分野に長期間携わることで、学識経験者との良好な関係を築き、有効に連携していくことも可能となる。
スペシャリストの育成
結論から言えば、スペシャリストとして活躍するにはある程度の経験と時間が必要である。強いやる気と適性があれば短期間で技術系公務員のスペシャリストとして活躍することができるかもしれないが、「ワークライフバランス」や「働き方改革」といわれる現在の労働環境において、短期間での育成は難しい。そこで技術公務員として活躍できるスペシャリストの育成には、まず性格的な向き不向きや適性のある分野を10年程度で判断し、適性のある職員について、ある程度の期間、同じ分野での仕事を経験させれば、おのずとその分野でのスペシャリストとして活躍できるようになると思う。初めにも述べたが、全職員をスペシャリストにする必要はない。全体の2割程度の職員もいれば十分対応していけると思う。また、組織としてスペシャリストの人事評価方法についても確立されていない。ゼネラリストと同一の評価基準ではなく、専門性や能力に応じた適正な評価がされるような評価基準を定めるべきである。
おわりに
今回、私の働く愛知県建設部での技術系公務員のスペシャリストの必要性をまとまりもなく書かせて頂いた。他の地方自治体の建設担当部局ではどのような組織づくりを行っているのだろうか?
自己紹介でも少し述べたが、私は橋の担当を希望してやってきた。理由は特にスペシャリストを目指しているわけでもなく、積算方法を覚えた橋梁分野にいるほうが正直楽だったからである。積算に飽きたころ、名古屋高速道路公社へ出向することとなった。そこで、すぐれた技術や経験を持った上司や同僚、橋梁メーカー技術者から橋の設計や施工について一から教えていただいた。再び愛知県に戻って橋梁担当として従事し、結果としてスペシャリストに少しずつではあるが近づいている気はする。しかし同時に、近年、維持管理に携わるようになり「自分のわからないこと」が見え「実際はほとんどわかっていない自分」にも気付かされる。先日、ある大学の先生と話す機会を頂いた。先生は「20年以上研究を続けているが、橋の寿命はわからない。定期点検を行う5年先位までなら何とか……」とおっしゃっていた。長年、その道で研究している学識経験者ですらわからない構造物の寿命を管理者だからといってわかるわけがない。
今後、管理すべき構造物を修繕し使い続けていくのか、それとも作り直すのか、いずれにせよ、より多くのスペシャリストと共に少しでも良い形で後世に引き継げるよう努力していきたい。