道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか-㉓予想しなかったプレストレストコンクリート橋の欠陥と業界の体質(その 2)

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.03.01

3.本当にプレストレス量を測定できるの

 私がそれまで経験してきた構造物の挙動を測定する方法として使ってきたのは、ひずみを測定するゲージ類、たわみを測定する変位計、亀裂を計測する亀裂変位計などであるが、PC橋のプレストレス量を測定した経験は皆無であった。いままでに種々な計測を行っている研究所や大学の知人には聞いてはみたが、供用中の実橋での計測実績は無いし、実験室や架け替え橋なら事例はあるけどとの回答であった。やはり、無理かと諦めかけたところに、フランスの公開資料にプレストレス量測定機器に関する測定事例があるとの情報提供である。当然、その情報に、藁をも掴む気持ちで飛びついた。その会社は、多くの橋梁技術者が知っている偉大な技術者であるフレシネ(Freyssinet)が創立したフレシネ社の関連会社 、Advitam社である。しかし、第一に見たことも聞いたこともない会社とどのようにコンタクトするかである。第二に、例えその会社とコンタクトが取れたとしても、測定機器が我々のニーズに適合する機器であるかということ。第三に、Advitam社がその測定機器?(当初は、測定機械なのか、機器か装置なのかも分からなかった)を我々にどのくらいの金額で提供するかであった。

 しかし、ここでも縁とは不思議なものだと感じた。実構造物に対して行っている、プレストレス量測定に関する資料を見た時である。写真‐7を見ればお分かりのようにAdvitam社のプレストレス測定システムに使う装置は、フレシネ社が保有しているフラットジャッキ(狭隘空間でのジャッキアップ機器として使用)と似通った外観とシステムであった。そもそも、フラットジャッキは、K社(フレシネ工法、道路用伸縮装置等)の営業が何度も私に説明、伸縮装置(FKジョイント)も使ったし、支承交換でフラットジャッキも使ったことがあったので、すごく親近感がある。PC構造に知識の無い私も知っているフレシネの関連会社開発となると、スロットストレス(Slot Stress)法にも理由は無いが何となく信頼感が沸いた。さらよく読むと、開発当初の1999年は200㎜であった機器寸法が、提供を依頼した2001年の直前に、80㎜と60㎜まで形状を小さくしている、私はついている、実橋でも使えそうだ。何回かのAdvitam社と私を含むA建設とのやり取りはあったが、意外とすんなり事が進み、国内にその測定機器を持ち込む話がついた。Advitam社から、国内初めてプレストレス測定機器を持ち込む段階となって、もっと驚きの事態となった。それは、Advitam社から測定機器の説明と使用方法指導の目的で同行してきた技術者のことである。Advitam社の担当技術者は、T大学に留学していたF教授の研究室生To氏だったのである。暇を見つけては(結構忙しかったので、この表現には抵抗感はあるが、相手先はそう考えていたようである)、私は相手の迷惑など考えずに種々な先生とお付き合いしていたことが、ここでも功を奏する結果となった。Advitam社のTo氏は、私を覚えていて(彼一流の気遣いか?)F教授の話、日本に滞在した当時の話などから、一気にスロットストレス法の信頼性(利害関係はないが、半ば個人的な判断をしたことを反省してはいるが)も高まり、機器採用の道を走り始めた。このころになると、A社の技術者も研究心に火がついたようで、事故当初の後ろ向きの発言は影を潜め、だいぶ前向きな発言が主となってきた。しかし、私に何度も同じ説明をさせられたN氏、Wさんは大変であったと推測する。今私の最も嫌っている、知識も少なく嫌味で旧態然とした行政技術者が、当時の私であったからである。

3.1スロットストレス法の検証実験

 Advitam社のスロットストレス法は、確実に完成系のPC構造物に導入されたプレストレスを測定できるかの検証を第一に、適用性、推定精度の確認も併せて実験を開始することとなった。その際、従来の計測法、ひずみゲージによる変位測定方法でバックチェックすることとした。
 スロットストレス法の原理は、プレストレシングしたコンクリート部材に対し、切込みを入れることによってコンクリートの応力が解放され、切込みの幅が変化する現象を利用する方法である。例えば、プレストレシングしたコンクリートに幅doの切込み入れると、プレストレスが抜けたことによって当然切込み幅がdoからd’に変化する。変化した切込みにフラットジャッキを挿入し、油圧を使って切込みを元の切り込み幅まで押し広げ、切り込み幅がdoに戻った時の油圧値から導入しているプレストレス量を推定する方法である(図‐5参照)。
 ここに示した原理は、考え方として理解はできるが、実橋で使用するのは幾つかの課題を解決する必要があった。一つは、公開しているスロットストレスに関する資料と規模が異なるK橋他の実橋において、本当にプレストレス量を精度高く測定できるかである。それを検証するには、K橋の現況と合うような供試体を製作し、想定した条件下において想定したプレストレス量を変化させた時の値を十分に計測できるかを確認することとした。製作した無筋コンクリート(現地の間詰床版と同様)供試体を図-6に示す。供試体の版厚は、K橋の間詰床版と同じ13cmとし、300㎜離した位置に2本のPC鋼材を配置し、ロードセルによって緊張できる状態とした。スロットストレス法を検証するプレストレス量は、当時の設計値であった1.5N/mm2とその倍である現在の標準設計値である3.0N/mm2の2種類とし、フラットジャッキを挿入する切込み深さは、K橋の床版厚さ等現場条件を基に80mmと100mmの2ケースで行うこととした(表‐2参照)。供試体に打設したコンクリートは、間詰床版が抜け落ちたコンクリート同強度のf’ck=30N/mm2とし、配合設計は表‐3に示した。

 スロットストレス法の検証実験は、ロードセルによって緊張力管理したPC鋼材によってプレストレッシングした図‐6に示す供試体によって行った。詳細は、以下の手順である。①決められた値にプレストレシングした供試体へ変位計フレーム装置をセットする、②削孔前の変位計フレームの初期値の計測する、③スロット両端のコア搾孔およびダイアモンドソーによるスロットの切削する(写真‐8参照)、④スロットにフラットジャッキを挿入する、⑤スロットを削孔前の変位計フレームの初期値となるまでフラットジャッキによって加圧する(写真‐9参照)

 実橋のプレストレス計測に使用するスロットストレス法の検証実験における時系列的な変位計フレーム装置変位の推移図‐7に示した。 図の横軸が変位計測を開始してからの経過時間、縦軸が計測した変位計フレームの変位量である。図で明らかなように変位計フレームに削孔前は250in μm上回る値を示している。スロット両端の円孔をコアドリルによって削穴したときは変位が生じてはいない。しかし、計測用のスロットを切削し始め、切り込みを進めるにしたがって変位が増加する。図を見れば分かるようにグラフの上側が変位計フレームの縮む方向でることから、スロットを切削することによって約20in μm測定間距離が縮まったことが分かる。ここで示すスロット切削したことによる値の差し引き値が、プレストレス開放によって生じる変位量となる。スロットストレス法によって対象構造物に導入しているプレストレス量の推定は、スロットを切削することによって生じる変位量を初期の値に戻すときのフラットジャッキに加える油圧量から換算することで現状のプレストレス量を推定する方法である。

 しかし、ここに示した方法によってフラットジャッキ法の検証を行った結果、フラットジャッキを作用させた油圧と油圧を換算して推定する値に誤差のあることが明らかとなった。その原因としては第一に、フラットジャッキの有効面積が関係しているもの考えられる。フラットジャッキによってスロットを広げようとすると、フラットジャッキ自体が膨らむが接触面は一様ではなく、ジャッキ面の周辺は剛度が高いことから変形が小さく、主として中央部分がコンクリートに接触することになる。これは、フラットジャッキ有効係数がAtotal/Aactivとなるために、力の釣り合い条件からプレストレスが油圧より大きくなる。第二は、使用しているフラットジャッキ自体の内部損失に起因するものと考えられる(図‐8参照)。ここに挙げたジャッキの有効面積と油圧内部損失の誤差を考慮し、スロットストレス法によるプレストレス推定式を以下と考えた。

   σ:推定プレストレス
    p:初期状態に戻すフラットジャッキ油圧
  Kf:フラットジャッキの油圧内部損失係数
Atotal:フラットジャッキの総面積
Aactiv:フラットジャッキの有効面積

 ここに示す本式でお分かりのように、本推定式を成り立たせるために重要なフラットジャッキの油圧内部損失係数Kfをどのように算出するかが課題として残った。さらに、室内実験を行う過程で測定を精度良く行うには、プレストレスの変化で生じる、対象構造物の変位を測定する変位計フレームが動く際に発生する、内部摩擦も誤差を生むことが明らかとなった。変位計のフレームは独立する2つの部品に分かれ、互いの接合部は鞘管構造となっていることから、固定間の変位が拘束なく計測できる構造となっている。
 ところが、本測定に重要な、配慮したはずの鞘管部分にスロットを開ける際に生じるコンクリートの切削ペーストが、鞘管に入り込むことで、重要なフレームの動きを阻害していること分かった。鞘管に侵入するペースト以外にも問題的があった。それは、スロットを切削する際に切削ブレードの発熱等を抑える目的で供給する水によって、供試体コンクリートの温度変化や体積変化が起こり、プレストレス計測に影響があることも分かった。そこで、ここに示す計測精度に影響のある二つの要因を解消するために以下の対策を講じた。最大の要因と考えた変位計フレーム鞘管の摩擦について、鞘管の交点部重複箇所が生じないように変位計を改造し、問題となる摩擦が生じない構造に変更した。次に供給水の影響については、スロット切削を行う前に切削箇所に十分に水を供給し、変位データが安定することを確認した後に切削を開始することにこれも変更した。ここに示すように種々な課題を一つ一つ整理し、対策を講じることでスロとストレス法による計測精度を高め、実橋のプレストレス測定にスロットストレス法を採用することを最終決定した。
 なお、スロットストレス法の採用を決定する最終段階まで試行錯誤状態で行った種々な実験や、スロットストレス測定法をバックチェックする目的で行ったひずみゲージによる測定法等については、内容が複雑であること、これらを詳細に説明することが本旨に沿わないこと等から今回の紹介からは省略した。しかし、今後、スロットストレス法やPCコンクリートのひずみゲージによる計測法等が話題となり、私が読者の皆様に必要と判断することになれば、より理解しやすいようなスタイルをとって詳細に解説しようと考えている。
 以上が、PCT桁橋間詰床版抜け落ち事故を起因として、実橋に国内で初のPC構造物にスロットストレス法を採用しようとしたくだりである。
 これまでに説明した紆余曲折を経て行った室内実験に加え、抜け落ちた間詰床版の状態を再現して行った載荷実験、現橋の動的・静的載荷試験、実橋を対象としたプレストレス量の測定、種々な検証を進める過程で明らかとなった真実、国を動かすために考え、行動したことや苦労話は、次回以降に説明することにする。次回以降、乞うご期待願いたい。
(次回は4月1日に掲載予定です)

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