【オピニオン】特殊高所技術について②
3つの要素からなる特殊高所技術の「安全」
一般社団法人特殊高所技術協会
代表理事
和田 聖司 氏
連載1回目では特殊高所技術の総論について記述していただいた。2回目はインフラ点検用ロボットの現状などに触れるとともに、特殊高所技術が点検性に優れるだけでなく、安全性に大きく配慮しているその内容――最も厳しい欧州規格の適用、オンロープレスキュー受講の義務付け、2名以上での作業しか許容しないなどの規定を設ける――について詳述している。(井手迫瑞樹)
ロボットの現場への適用は時期尚早
無人化・省人化は必ずしも安全性向上に非ず
1.次世代社会インフラ用ロボット
東京電力は、平成27年4月10日「福島第一原発1号機の格納容器内を調べるためにロボットを投入したが、調査中にロボットが走行不能になった」と発表した。 この報道にもみられるように、維持管理等の現場では、ロボット技術を、未完成なまま導入するケースが多く見られるようになってきた。
この出来事に先駆け、国土交通省は、平成27年3月19日、次世代社会インフラ用ロボット現場検証委員会橋梁維持管理部会より、『橋梁維持管理に資するロボット』の実用性に係る効果及び課題について、評価結果を発表している。
昨年4月~5月にかけて、より効率的・効果的な『橋梁維持管理に資するロボット』について、現場検証及び評価の対象となる実用化技術を公募したものだ。結果としては、現時点で要求精度を満たす技術はないということであり、私が連載第一回目で指摘した通りの結果となった。総評では、「それぞれの技術の今後の操作安定性や損傷状況の調査精度向上等、より一層の改善が必要であると考えます。」と締めくくられている。やはり、技術者自身が近接し、五感を駆使して実施する点検や調査と比較するには、まだまだ時期尚早なようだ。
また、安全性という意味においては、危険個所における、省人化、無人化というキーワードが、現場での安全性を向上させているような錯覚を覚えさせているように思う。例えば、床版下面が点検対象だとして、そこまで勝手に移動してくれるロボットは飛行系ぐらいではないだろうか? 飛行系についても、床版下面ではGPS信号を受けることが出来ず、手動での操作を与儀なくされている物がほとんどだったように思う。それ以外のロボットについては、高欄から身を乗り出さないと設置が出来ない物など、省人化、無人化というキーワードから受ける印象と、実状は必ずしも同じではないようである。
飛行系については総評の中で、「飛行状況が不安定」「強風の影響により飛行が出来ない」などの指摘もあり、点検精度以前の問題も露呈している。実際の現場での実績が少ない割には事故も多発しているようだ。平成26年12月、広島市では橋の点検を実施していた無人ヘリが墜落し、歩道上で炎上するという事故が発生。また、平成26年11月、第9回湘南国際マラソンでは、撮影用の無人ヘリが墜落し、スタッフが負傷するという事故が発生している。過去には、農薬散布用の無人ヘリが墜落し、死亡事故まで発生している。
これらの事故を踏まえると、技術開発同様に法整備の必要性を感じさせられる。 また、総評の中では、「解析する技術が未熟なため、最終的な成果の精度が低くなっていることも考えられ、橋梁の損傷に関する知識や写真判読技術の向上も課題と考えられます。」との指摘もあった。操作安定性の向上、調査精度の向上、安全性の向上、法律の整備、解析技術の向上、写真判読技術の向上、そして、それを扱う技術者自身の育成と、実際の現場で採用するには、まだまだ問題は山積みのようだ。
足場や作業床があるから必ずしも安全では非ず
2.安全性は、従来技術よりも向上
従来技術では近接が不可能、または困難な高所において、「特殊高所技術」を活用することにより、コストの縮減、工期の短縮が可能となるケースが多く、尚且つ高い精度の調査・点検が可能となる。ここまでの詳細は、連載第一回目をご覧いただきたい。それに加え、高い安全性は、この技術の要と言っても過言ではないのだが、「特殊高所技術」のことをご存じない方にとっては、意外ではなかっただろうか? むしろ、足場も使用せず、ロープにぶら下がって行う作業は、危険であるという印象が強いのではないかと思う。
とはいえ、現実的に、「特殊高所技術」はNETIS試行実証評価において、安全性の項目で「従来技術に比べ安全性は向上する」という評価をいただいている。これは単純に仮設足場よりも安全であるということを意味している。「足場も使用せず、ロープにぶら下がって行う作業」は普通に考えれば、もちろん危険な作業に当たるのだろう。一般的には危険作業となりかねない作業を、安全に運用する為の技術こそが「特殊高所技術」である。
しかしながら、「足場があれば安心で、足場がないから心配だ」という人は少なくはない。 現実的にはどうなのだろうか? 厚生労働省が発表している数字を見ると、平成25年、足場からの墜落死亡災害は31件も発生している。これは全産業の中で最も死亡災害が多い建設業の死亡原因の20%前後に当たる。平成25年、全産業における死傷者数(死亡災害及び休業4日以上の死傷災害)は118,157人、死亡者数は1,030人だ。そのうち、墜落・転落を原因とする死傷者数は、20,182人、死亡者数は266人となっている。これを見る限り、足場や作業床があるから安全ということではないことがわかるだろう。
厚生労働省は、平成21年6月より改正労働安全衛生規則を施行し、足場の手すり先行工法を推進するなど、様々な対策を講じてきたが、災害発生件数に変化は見られない。私の受ける印象としては、辛口かもしれないが、厚生労働省の対応が空回りしているように感じられる。また、厚生労働省は、平成25年10月~平成26年3月にかけて、「ブランコ作業における安全対策検討会」を実施した。ビルメンテナンス業などにおいて、ロープにぶら下がって清掃作業を行う、いわゆる「ブランコ作業」において、墜落死亡災害が多発しているからだ。
「特殊高所技術」にとっては、類似技術に当たる(当協会としては、不本意である)こと、「ブランコ作業」と比べて、「特殊高所技術」の安全性が格段に高いことなどから、検討会の報告書をまとめる段階においては、私自身もかなり助言をさせていただいた。このことからもわかるように、決して、「ロープでぶら下がって対象に近接する行為」自体が安全なわけではない。
では「特殊高所技術」は、何故、従来技術よりも安全という評価をいただけたのか? 「特殊高所技術」の安全は「使用機材の安全性」、「多重安全作業システム」、「技術者の安全性と危機対応能力」の3つの要素から成り立っている。 これを少し詳細に説明してみよう。
欧州規格適合品を装備
独自の破棄基準を設ける
3.使用機材の安全性
厚生労働省は「垂直面、傾斜面のいずれにおいても、身体固定・保持機能を有するハーネス型安全帯が開発されていない現状にあるため、その速やかな開発・普及が望まれる。」という見解を示している。
現実的には国内にその規格が存在しないだけで、すでに欧州を中心として、ハーネス型安全帯は開発も普及もされている。その為、「特殊高所技術」では使用するロープやカラビナ等の装備品、ヘルメットやハーネスなどの保護具は、基本的には欧州規格(CE,EN)に適合したものを使用させている。保護具の強度としては、最も強度が低い部位でも破断強度で15KN以上となるような構成で機材を選定。その上で、独自の破棄基準を設け、使用時に毎回点検、そのほかに定期点検や全体点検などを実施させている。
写真-1 特殊高所機材