道路構造物ジャーナルNET

出版記念座談会

土木学会の景観・デザイン委員会鉄道橋小委員会が『鉄道高架橋デザイン』を発刊

(写真上)
国士舘大学
理工学部まちづくり学系
教授
二井 昭佳 氏

(写真中)
東日本旅客鉄道株式会社
執行役員 構造技術センター所長
野澤 伸一郎 氏

(写真下)
パシフィックコンサルタンツ株式会社
グローバルカンパニー 鉄道部 副部長 兼 橋梁構造室長
池端 文哉 氏

公開日:2023.04.24

 土木学会の景観・デザイン委員会では、2018年に鉄道橋小委員会を設置し、鉄道橋のデザインに関する研究を始めた。そして、最近その成果を『鉄道高架橋デザイン』という本にまとめて建設図書より出版した。今回は上記鉄道橋小委員会メンバーに取材し、鉄道橋特有の諸課題やデザインのポイント、道路橋のデザインとの相違、そして出版された図書について語っていただいた。(井手迫瑞樹)



今回発刊した『鉄道高架橋デザイン』表紙

鉄道高架橋の特徴を活かしたデザインを考える
 様々な人に成果物を読んでほしいため書籍の形でまとめる

 ――元々は『鉄道高架橋の景観デザイン1999』から議論を出発したと書いていますが、今回の委員会の設立経緯から教えてください。
 野澤伸一郎氏(JR東日本) 鉄道関係者において高架橋のデザインが注目され出したのは1990年代からです。同年代からJR東日本や鉄道・運輸機構では景観デザインマニュアルを社内で制定しました。思えば、国鉄からJRの端境期にはいろいろな人々から鉄道の高架橋は醜いと言われました。それを何とかしたいと考えてマニュアルを作り、景観を考えた高架橋デザインに取り組み始めました。その最初の成果であり、現在においても最高傑作ともいうべき作品が、東京駅付近の中央線高架橋です。


東京駅付近の中央線高架橋(土木学会の景観・デザイン委員会鉄道橋小委員会提供、以下注釈なきは同)

 取組みの成果は、中央線の三鷹~立川間高架橋など広範囲に広がっています。また、さらに意匠性の優れた鉄道高架橋としては仙台市営地下鉄の広瀬川橋梁に続く西公園高架橋など、多くの成果が出てきています。
 現在、インドの高速鉄道建設なども日本の企業の手により設計されていますが、未だ一部の人にしか高架橋デザインの重要性が理解されておらず、結局はコスト最優先の傾向になっています。そのため鉄道高架橋デザインの必要性を促すべく、2018年春に準備委員会を設け、8月に正式に委員会を設置しました。
 ここで一点補足すると、この本で紹介するのは鉄道橋ではなく、鉄道高架橋だということです。鉄道は道路橋に比べて勾配の許容が一桁ほど違います。道路は10%勾配というものもありますが、鉄道は3.5%(35‰)以内に抑えなくてはいけません。
 曲線半径でも新幹線だとR=4,000m以上にしなくてはいけないということで、道路に比べて自由は利きません。新幹線は踏切も当然作れないため、立体交差にしなくてはいけないということもあって、長い距離の高架橋ができやすくなっています。

 二井昭佳氏(国士舘大学) 道路橋では、鉄道橋よりも前から景観デザインの議論がなされてきました。そのため、道路橋の景観デザインの考え方を、鉄道橋に適用するというのが一般的な考え方だったように思います。ただそうすると、鉄道橋のほうが荷重条件などが厳しく、道路橋よりも部材が大きくなりがちで、鉄道橋のデザインは難しいというイメージがありました。今回の本では、むしろ鉄道高架橋の特徴を活かしたデザインを考えることを大切にしています。例えば、鉄道高架橋は、道路に比べてかなり支間長が短く、反復効果が高い。こうした鉄道高架橋ならではの魅力を活かした景観デザインを考えていこうという観点で本をまとめていきました。

 ――委員会のメンバー選定について
 野澤 景観の専門家はもちろん、高架橋を建設する鉄道事業者、それを設計する設計会社といった3分野の専門家が一同に会して、高架橋デザインをどうしていったらいいかと集まって議論することにしました。

 ――委員会の活動のねらいを述べてください
 野澤 鉄道界は何でも自前で行う傾向があると言われますが、道路に比べて、鉄道の建設に関しては事業量が小さく、安全上の制約もあり大胆な考え方もできないということもあるので、先ほど申しました3分野の専門家が課題を共有して議論しあいました。さらに今回のメンバーだけではなくて、出版した『鉄道高架橋デザイン』を通じて、かかわる人々全員に広く、高架橋デザインの重要性を意識して欲しいという狙いで取り組んできました。
 この本のたたき台になったのは、任意団体の「景観デザイン研究会」(篠原修会長)の鉄道橋部会で、石橋忠良氏(現JR東日本コンサルタンツ)や佐々木葉氏(現早稲田大学教授)が執筆された本があります。但し、これは限定版でした。
 二井 研究会に参加したメンバーにしか配られていないため、存在を知っている人も限られていました。
 野澤 我々JR東日本や鉄道・運輸機構ではマニュアルを作る際に同本を参考にはしました。
 委員会の活動内容については、1~2か月に1回開催して、最初の方は、特に景観的に良いと思われる高架橋の例を出して議論しました。途中からはコロナの影響もあり、Web開催となりました。
 今回、報告書ではなく本を出版したのは、様々な人に成果物を読んでほしかったためです。

JR中央線三鷹~立川間高架橋の成功が他の鉄道高架橋の計画にも波及
 JR山手線の2k540 AKI-OKA ARTISANで高架下の空間創出成功が契機

 ――1990年代の土木学会の景観委員会はなぜクローズドな場で議論されて、成果物もクローズドになってしまったのでしょうか。
 二井 当時の景観デザイン研究会は、景観研究者とデザインに関心のある会社による任意団体で、参加する会社の出資により運営していました。そのため成果物の公開が難しかったのではないかと思います。その頃は、まだ土木学会に現在の景観・デザイン委員会がなく土木計画学の一分野として活動していました。その後、学会に景観・デザイン委員会ができ、今はオープンな場で活動しています。
 池端文哉氏(パシフィックコンサルタンツ) 最近になって社会が成熟してきて、鉄道高架橋も含めた景観デザインが、ようやく認識されて議論される下地が出来たのかな、という印象があります。


議論のたたき台になった『鉄道高架橋の景観デザイン』

 ――デザインについての本ということもあり、本書には多くの写真が掲載されています。一般の方も視覚的に分かりやすくなっていますし、鉄道会社や景観デザイナーや設計会社だけでなく、連続立体交差化工事をやることになると、そこに住む市民の方々や行政の理解も得なくてはいけませんが、この本は成功事例を多く載せていることもあり、これらの人々にも説明がしやすい内容になっていると感じます。
 二井 ありがとうございます。
 池端 JR中央線の三鷹~立川間高架橋の景観デザインは、沿線の市民からすごく受けが良くて、現在進捗中の南武線の高架橋についても同じようにしてくれという話が、だいぶ出ているようです。


JR中央線の三鷹~立川間高架橋の景観 下が公園として利用されている状況

 野澤 三鷹~立川間の高架橋は桁下空間もうまく使って、地域に住む市民が回遊する歩行空間にもなっており、すごく喜ばれています。
 最初の東京オリンピックの頃に中野~三鷹間を高架化したのですが、荻窪駅付近だけが地平なんですよ。高架橋になっておらず、グラウンドレベルにあります。荻窪駅の手前で青梅街道の跨線橋が鉄道の上空を渡っています。
 三鷹~立川間高架橋の開業後まもなく、荻窪の町内会長さんから知人を通して荻窪駅付近を高架化する陳情に行っていいかと言われました。周りがうまくいったんで、荻窪駅付近も高架化したかったのでしょう。しかし実際は道路がオーバーパスしている問題もありますし、駅付近は信号などの設備が複雑でお金もすごくかかるので無理です、と知人に返答しました。
 池端 新たな高架化事業は多々計画されており、そのたびに反対運動も起こるのですが、この本では高架橋を活かしたまちづくりも紹介していますので、この本が整備を進める一助になることを期待しています。

 ――本書では三鷹~立川間を含めて多くの成功事例が分かりやすく紹介されているので、今後の高架下利用、景観形成に良い影響を与えますね。
 野澤 大手民鉄では鉄道の連続立体交差化については騒音訴訟がトラウマのようになっている場合があると聞いています。その結果、高架化が忌避され、地下化がすすめられた箇所もありました。それに対して、高架下利用の有用性や景観性の向上がまち全体の住みやすさや価値向上に寄与するということを感じていただけたらこの本を出した価値があると感じています。
 二井 近年では、沿線自治体が、高架下を貴重な市内のオープンスペースとして位置付けるようになっています。そもそも鉄道連続立体交差化事業は、自治体が相当の整備費用を負担していますので、積極的に鉄道会社へ働きかけて、一緒になってよい空間をつくることができると、市民・自治体・鉄道会社の3者にとってメリットが生まれます。本ではその好事例を紹介しています。
 ただ、今回の事例はいずれも、高架橋を設計している段階では、今のように高架下空間を積極的に活用するというムーブメントがまだなかった時代です。JR山手線の2k540 AKI-OKA ARTISANで高架下の空間創出が成功したことで、高架下空間を活用していこうという流れができたと思います。ただ、それぞれの事例ごとにさまざまな工夫が見られ、結果として魅力的な高架下空間に寄与する状況が生まれています。例えば三鷹~立川間は、高架橋の長い張出しによって、鉄道敷に屋根のある歩道が生まれ、その使い勝手の良さが高架下空間の価値を高めています。
 野澤 三鷹~立川間の高架橋については、線路の直角方向に柱が3本配置されている部分が多くあります。高架化工事をする際に上下線の切り替えを行う関係でそうなっています。3本だと等間隔にはならないわけです。変に配置すると景観的に見苦しくなります。設計の時点で高架下の利用を考慮してスパンや断面を決めたわけではありませんが、高架橋としてきちんとデザインしようという考えて、JRの社員がボール紙で模型を作って柱の位置を変えて、専門家に見せて意見を聞くなど検討したことが、その後の利用にも良い効果をもたらしたのかもしれません。


3柱式高架構造

2010年に開業した2k540AKI-OKAで火がつく
 今後は、設計段階から高架下利用を考えるべき

 ――写真などを見ても素敵で、昼と夜との風景が違ったり、柱を抱え込むような景観もあれば、柱を壁に使う景観もあり、入口を多くしたり、少なくしたり、と色々な可能性を感じました。
 二井 2010年に開業した2k540 AKI-OKA ARTISANで火がついて、高架下空間のビジネスチャンスに鉄道各社も気づきました。現在では都市部の高架化事業では必ずと言って良いほど高架下空間の計画とセットになっています。使い方もバリエーションが増えていて、病院や保育園、ホテルや学校など、沿線の特性に合わせてどんどん用途が広がっています。



2010年に開業した2k540AKI-OKA(下写真3枚は大柴功治撮影)

 池端 自治体と連携して計画しているケースも最近は増えていますから、生活に密着した施設を桁下空間に配置する例が増えているのだと思います。ぜひ、井手迫さんはもちろん、多くの皆さんに、本書で紹介した高架下空間を訪れていただけたらと思います。
 ――本を読んでから、友人と一緒に早速マーチエキュートの飲み屋に行ってきました(笑)。
 野澤 マーチエキュートで心残りなのは、煉瓦高架橋の耐震補強をしたので、煉瓦が下から見えなくなっていることです。1か所、列車荷重が載らないところだけ、煉瓦が見える場所を残しており、マーチエキュートの中にあります。



マーチエキュート(下写真2枚は大柴功治撮影)

 池端 中央線の三鷹~立川間の高架下空間は、学園都市らしく桁下に学生寮が入っている個所もあります。


学園都市らしく桁下に学生寮が入っている個所もある

 ――文中にも現在の高架橋と景観、高架下空間の計画のあり方は『連句的』であるとの表現がありましたね。本来は計画段階から高架橋の景観および高架下空間の創出を念頭に置くことが理想的であるとは思うのですが……。
 池端 結果論で上手くいっているケースを示すだけでも、今後の計画に十分活かせるのではないかと思います。最初から高架下利用を考えて作られた高架橋は殆どありませんが、後で利用してみると、こんなに良くなったという状況が現状では殆どだと思います。今後は、設計段階から高架下利用を考えることで、より良い鉄道高架橋の景観、桁下空間の創出が出来るようになるという読み方をしていただければよいと考えます。
 野澤 最初から高架下利用を想定して構造物を設計するようになれば、景観はさらに向上し使い勝手の方も向上すると思います。高架下の事業を考える人たちも、高架橋が立ち上がってきてようやく利用方法を考えるくらいで、なかなか今までは協働作業はできませんでした。この本はそれを促すことが出来る一助にもなると思います。

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