道路構造物ジャーナルNET

持続可能な橋梁の維持管理とは

2023新年インタビュー① 知見に基づいた絞込みが重要 西川和廣氏インタビュー

国立研究開発法人土木研究所
前 理事長

西川 和廣

公開日:2023.01.01

 今年も正月号に、国内有数の橋のスペシャリストで、土木研究所の前理事長である西川和廣氏に登場いただいた。土木研究所理事長は退任したものの、まだまだその健筆、舌鋒は健在で、レーザーブラストやAIなどの独自技術はもちろん、橋全体の維持管理について熱い思いを抱いている。今回はその一端を吐露していただいた。(井手迫瑞樹)

既に生産年齢人口はピーク時より17%減少
 急激な人口減を織り込んだAIなどの技術開発が重要

 ――これからの橋梁維持管理の考え方について
 西川 生産年齢人口が1995年のピーク時である8716万人と比較して既に約17%も減少しています。実はそれ以上に高齢者が急増していて、65歳以上の高齢者が就労することにより、足りない部分をカバーしていたために、あまり痛みを感じないまま来てしまいました。しかし、現在は65歳以上も増えておらず、今後は本格的に人口減少の時代となります。今後20年、人口増はありませんし、それ以降も期待できず、人口減の流れは続き、よほどのことがなければ人口構成は、逆ピラミッド型のままシュリンクしていく状況です。人口が増加していた時代の成功体験は役に立たない可能性があります。
 現在、国を挙げて担い手確保や技術者の育成に取り組んでいますが、それでは間に合わないと考えています。そのためにDXやAIが重要です。昨年まで勤めていた土木研究所でも、様々なことに取り組んでいきました。これからもそれを進めなくてはいけないと考えています。


人口減の流れは続く(西川氏提供以下注釈なきは同)

 ――具体的には
 西川 舞鶴高専の玉田先生などが、現役の技術者を少しでもレベルアップさせるために訓練を行っていますが、それそれはそれで大切なことですが、負担の増加と人口減少の速度には追いつかないと考えて、AIを活用するために土研で始めました。
 ――人口が増加していた時代の成功体験というのは、どういうことですか
 西川 人口は減少しますが、施設(構造物)は減りません。これに対応するため長寿命化であり、予防保全なのですが、なぜ、予防保全が追い付いていかないのか。金がないとか、技術力が追い付かない、人が足りない――などが挙げられています。また、診断が信用できないから仕事が進まないこともありますが、最も障害になっているのは誤診や施工不良から生じる再劣化です。これにより手戻りが生じることで、予防保全への道は遠のいて行きます。ずっと前から言っていることですが、やはり橋に生じる劣化・損傷のことを知らなければ始まりません。医者が病気について知らなければ何も出来ないのと同じです。それを知ったうえで初めて、点検診断や補修方法について理解することができます。インフラメンテナンスが話題になって予算も付くようになり、ドローンの性能があがったのはいいことですが、写真をとりまくって整理するといった周辺技術は進歩していますが、それによって診断を中心としたメンテナンスの技術の信頼性が増したとは言えないということです。
 さらに言えば、維持管理はもっと戦略的に行う必要があります。

維持管理を戦略的に行う5つの理由
 維持管理において一般論は意味をなさない

 ――維持管理を戦略的に行う理由として5つの理由を上げていますね
 西川 ①戦略的と計画的とは違う、②戦況は常に変化する、③戦力をどのように生かすかが鍵になる、④戦略には賭けの要素がある、⑤一般論は意味をなさない、の5点です。
計画どおりいかないのが維持管理最大の特徴です。そのため戦略が必要です。状況はつねに変化しますし、人が足りない状況のなかでは、あるものを使うしかありません。誰も正解を教えてくれないので、技術者が自らの責任で決めるしかありません。そこに戦略的要素があります。点検手法や補修方法につて実績を問うばかりで、新たな手法から逃げているのでは、老朽化との戦いには勝てません。


維持管理は戦略的に行う必要がある

 ――一般論は意味をなさないというのは
 西川 これが一番大事です。大学など研究者が行っているのは基本的に一般論です。損傷についての一般論は論文になるから研究の対象になりますが、個別の橋に対してはヒントにはなっても答えにはなりません。現場が求めているのは個別の橋への具体的な対応で、その重要性が理解される必要があります。一般論の教科書みたいなものばかり与えられても意味をなさないのです。(一般論については、その昔「このえんぴつのもんだい」という随想を橋梁と基礎に書いたのを思い出しました。94年8月号です)
 ――この損傷は塩害あるいはASRの可能性が高い、こんなことが起きる可能性がある、で終わっているわけですか
 西川 どんな対処法があるのか、方法論を示してくれればいいのですが、なかなか具体的な処方にはつながってきません。
 ――ということはエンジニアがどのような対策をするのかを提示しなければならないということですね
 西川 その通りです。しかし、それを行うのは土研の仕事ともいえます。
 ――土研の仕事ですか
 西川 誰もやろうとしないからです。ある程度責任を伴うことであるからかも知れません。理論は先生方で、最後はコンサルタントが考えますが、その間をつなぐのが独立行政法人である土研の仕事だと思います。基準やマニュアルもつくりますが、それも一般論の範囲です。そこから踏み出すことができる人間をどのようにつくるのか、つくれないとしたらほかに方法があるのかと考えた時に、出てきたのが私が取り組んだエキスパートシステムによる道路橋の診断AIです。

劣化曲線はイメージにすぎず、個別論議の積み重ねこそが大事
 エキスパートシステムを用いたよるAI開発が重要

 ――長寿命化修繕計画の在り方についても非常に厳しい見方をされていますね
 西川 まずはすべての橋が長寿命化可能であることが前提になっている時点で使い物にならないことは確定しています。長寿命化が可能なのは、予防保全が機能している橋に限られます。多くの橋は、長寿命化するには既に手遅れになっていて、いずれ更新が必要であることを前提に延命措置を施すことになります。延命可能な期間には大きな幅があり、損傷の程度や延命工法の効果により、数年で再劣化してしまうものから2、30年持ちこたえるものまで様々です。損傷の進行を制御できない状態になると危機管理が必要になり、交通規制や緊急補強工事が必要にあります。
 土木研究所では、措置方法を、「長寿命化」、「延命」、「危機管理」に分類して示すことを検討しています。

 ――確かに、マネジメントに使用される劣化曲線にも問題があることを指摘されていますが
 西川 1994年の論文『道路橋の寿命と維持管理』(土木学会論文集)でライフサイクルコストの提案をした時に、このグラフを使ったら支持されて、皆が使うようになりました(下図)。これで考え方について大まかなイメージを伝えることはできますが、これで定量的な議論はできません。性能を表す縦軸について、実構造物には様々な劣化・損傷が発生するので、一つの曲線で表せるほど単純ではありません。

 いわゆるアセットマネジメントでは、縦軸の性能を資産価値に読み替えることで(私の誤解かもしれませんが)最適化の議論をしますが、定量的にはとても粗いものであることを認識する必要があります。資金については割引率を考慮する必要があるということが言われますが、損傷が有利子負債のようなものであることを無視すると、先延ばしが正しいという結論になることを知って、興味を失ってしまったことを思いf出します。割引率の数値(現行4%!)がでたらめであることも、ネットの世界では常識になっています。
 実はマネジメントには、その立場によって少なくとも3種類あり、それぞれ関心事が異なります。私は財政責任者(たとえば財務省)、政策責任者(例えば国交省道路局)、現場責任者の3つの立場に分類して説明しています(右図)。国交省が判定区分Ⅰ~Ⅳにこだわる理由がわかると思います。しかし、現場ではもっと詳しい指標や処方箋がないと業務は進まないということも事実です。
 ――劣化曲線を描いても役に立たないということですか
 西川 同じ論文にもう一つグラフを示しています(右図)。これは鋼橋の塗装と鋼構造本体の劣化曲線を並べて描いたものです。鋼構造本体の腐食に対する性能は、塗装が機能している限り低下しません。塗装の性能が限界を下回っている期間にだけ、錆が発生して腐食劣化が進みます。防食を怠らなければ鋼構造本体の性能は100%のまま保てるということがわかります。表現を工夫することで、様々な損傷が橋全体の寿命にどのように影響するか、それにはどのような対応が効果的かなど、考えたり説明したりするときにとても有効です。劣化曲線には限りませんが。
 ――処方箋といえば、橋梁調査会に在籍中していた時に医師の診断手法を取り入れたと聞いています
 西川 国交省を退官した後、海洋架橋・橋梁調査会、現在の橋梁調査会に勤務することになったのですが、直轄管理橋梁の診断を担うことを目的に立ち上げられた財団法人のはずが、診断員のレベルの低さに愕然としました。その頃NHKの「総合診療医ドクターG(ジェネラル)」という、若手の研修医のトレーニングをバラエティ化した番組が人気で、一度見てこの手法が診断員のスキルアップに使えると直感しました。
 ――具体的に説明してください
 西川 番組では本物の若手研修医3人と指導役のベテラン医師が登場し、まずビデオで示される患者の訴えや基礎的な診察データをもとに、考えられる病名をパネルに書かせます。そしてその病気についての説明をも求め、なぜそう思ったのか、ほかに可能性はないか、どんな検査が必要か、など次々と問いかけていきます。さらにカンファレンス(診断会議)で議論を尽くした後、最終結論としての病名の特定に至るというものです。
 番組を通じて知ったことは、責任の伴う診断を行うためには、まずあらゆる病気についての知識を持っていること、そしてあらゆる可能性から絞り込むことによって正解を導く論理的な思考能力を磨くことが何より大切であるということでした。この考え方をもとに、2年間診断員の教育係に専念しました。調査会の信頼が高まったことはご存じのとおりです。
 ――それが土研での診断AI開発につながったということですか
 西川 橋梁調査会在籍中に定期点検が義務化されたわけですが、それに先立って道路橋点検士の資格制度を立ち上げました。できればドクターGのやり方で診断士の研修や資格制度までやりたかったのですが、職場を変わることになって挫折してしまいました。
 ところが2017年に土研に戻ることになり、もう一度チャンスをもらうことになりました。折から国交省本省から維持管理へのAI導入について強い指示があり、曲折はありましたがブラックボックスでなく、診断の根拠を出力可能なエキスパートシステムをベースとしたシステムを開発することになりました。エキスパートシステムには専門家の判断をすべて教えなければならないので、途方もない作業が予想されました。


AIと言っても仕様は異なる/AI導入に何を期待したのか

AI何を教えなくてはいけないのか/AI導入のための教材

 ここでは医師の手法に倣って、経験のあるすべての損傷について、どんな原因でどの部位から発症し、どのように進行して最終段階に至るのか(メカニズム)を紙芝居のように表現するところから始め、早期に発見するための点検手法(点検)、損傷名と原因を特定し(診断)、効果的な措置方法(措置)のセット(診断セット)の作成を行いました。橋の損傷は種類が多く、細分化すると200近くになりました。これらの中から点検データや台帳、5年前のカルテと矛盾しないものを選び出して、損傷度合いを診断結果として写真や詳細調査結果などの情報とともに出力するシステムになっています。将来は処方箋みたいな文章を作成することができるのではないかと期待しています。
 現在、各地で試験的使ってもらうことを始めているようです。おそらくたくさんのダメ出しをされていると思いますが、スマホのアプリのように都度、アップデートしていけばよいという考えです。


RC床版土砂化の紙芝居


論理的診断の基本パターン

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