道路構造物ジャーナルNET

令和2年の橋梁業界を振り返る

2021年新年インタビュー① 西川和廣土木研究所理事長インタビュー 

国立研究開発法人
土木研究所
理事長

西川 和廣

公開日:2021.01.01

AI進捗状況 120種類の損傷が対象 床版分野が最も進む
 床版上面の水の状況を調べるため電磁波レーダーを活用

 ――昨年のインタビューでお話しされていた橋梁保全におけるAI導入の進捗状況は如何ですか
 西川 今、一生懸命診断AIエキスパートシステムを教育しています。そのために、どのような原因により何処の部位に発生し、どのような段階を経て最終的な状態に至るのか(メカニズム)、そしてそれはどのような事実が確認されれば特定できるのか(点検)、各段階の境界は何によって判断できるのか(診断)、さらにそれぞれの状態に応じた対処の可能性と方法(措置)について、すべての損傷毎に整理している。これを点検・診断・措置・メカニズムのセット呼び、現在120ほどの損傷を対象としています。数が多いのは、よく似た損傷であっても、AIに教えるときには原因などが違えば別の損傷として扱う必要があるからです。例えば、RC床版では7種類に分類しています。
 そのうち既に作業に取り掛かっているのは、現在約30種類です。
 ――具体的には
 西川 本省道路局のリクエストにより、数の多いRC床版と床版橋を先行しています。RC床版の土砂化が分かってきたので、床版橋も同様に土砂化が最大の損傷原因ということが推定できます。路面の水が舗装とコンクリートの間に入るがすべての原因であるわけです。そのために、水が入らないような舗装の開発を舗装チームに依頼しています。



紙芝居化した損傷メカニズム(RC床版の土砂化)

 さらに、漏水が生じたことに早く気付かないと予防保全ができません。そのため、電磁波レーダーを用いて、漏水の有無と、浸入経路を見つける技術開発に取り組んでいます。もう少し工夫は必要ですが、かなりわかるようになってきました。

 舗装の厚さにはばらつきがあるので、精度には限界がありますが、水の有無だけわかる大雑把なものでよくて、まずは平面分布だけが分かればいいと考えています。ここにはディープラーニングを使ってみたいと思っています。どこから水が入ってくるのかがわかれば、そこにVカットを入れ、アスファルトを流し込んで止水すれば予防保全完了になります。

 少なくとも5年一度、すべての橋に対してスクリーニングを行う必要があります。車載型のレーダを使用するとして現実的なレベルまでコストを抑えることが課題です。

防水性を付与した改質グースアスファルト基層の開発進める
 特殊樹脂充填アスファルト混合物の開発も

 ――床版防水工についても研究を進めていますね
 西川 30数年前になりますが、RC床版の疲労損傷対策として取り組んだのが最初です。水の有無で寿命が10倍違うというのが当時阪大教授だった松井先生の研究成果でした。そこで、防水層の資料集をつくったわけです。その際に、外国の事例を調べたら、塗膜防水とシート防水とマスチックアスファルトの3種類がありました。当時、マスチックの防水性能は誰もわかりませんでした。そこで、塗膜防水とシート防水の資料を土研の化学研究室にお願いしました。屋根の防水に毛が生えた程度だったと思います。そして、当時の日本道路公団・構造技術課の課長代理に道路協会での分科会会長をお願いしました。
 ――その時は負曲げ領域にだけに床版防水を行う仕様でしたね
 西川 全てやりたかったのですが、舗装よりも高いようなものをなぜやるのだと言われました。また、舗装委員会からは床版が水を吸ってくれなかったら舗装が壊れると怒られました。仕方がないので最小限、連続桁の支点上だけ示方書に入れたのが最初です。その後、新しい床版には疲労損傷は発生しなくなりました。ところが、気づいたら土砂化が主流となっていました。次は塩害だと思っていたのですが、橋梁研究室長から転出したので対応できませんでした。寒地土研では、早くから凍結融解による土砂化には気が付いていたようです。
 ――そして高性能防水を超えて、防水性を有したグースアスファルト基層のコンクリート床版への適用を研究しているわけですが
 西川 施工温度が高温のため、ブリスタリングという課題と材料コストの高さから諦めていたのですが、NEXCO総研で研究を始めていることを『道路構造物ジャーナルNET』の報道で知り、土研でも挑戦しようと考え、土研の舗装チームにお願いしました。現在は大成ロテックと日本道路、東亜道路工業の3社と共同研究を進めています。

両工法とも高い水密性有し、動的安定度も飛躍的に向上
 グースの厚みは35mm程度を想定

 ――いわゆる改質グースアスファルトを使った基層ですよね
 西川 そうです。天然グースに替わり、ポリマー改質材を用いており、国内生産であるため、安定的な入手が可能です。天然グースに比べ製造温度を190℃に低減できるため、施工時のブリスタリングの発生を抑制できます。臭気もほとんどなく、耐流動性は天然グースの4倍ほど(動的安定度:1,200回/mm)もあり、わだちぼれなども起こりにくく、透水係数は0cm/秒であり、高い水密性を有しています。


 もう一つ研究しているのは、特殊樹脂充填アスファルト混合物です。
 床版上面に植物性特殊樹脂を施工し、熱可塑性を有する植物性特殊樹脂が、舗設時の熱で溶融し、基層(SMA基層)下面の空隙に浸透することで、防水層の役割を果たすものです。
 これも透水係数は0cm/秒であり、高い水密性を有しています。また、一般的なアスファルト混合物の施工機械で施工可能です。耐流動性は動的安定度:3,000回/mmと非常に優れています。
 RC床版だけでなく鋼床版も対象となります。コストは両工法とも今までの防水層+基層と同程度になることを目指しています。


 改質グースアスファルトも、ブリスタリングが課題となりますが、点検する上で電磁波レーダーは役立ちます。改質グースアスファルトを使うには舗装を捲ったり、床版に孔を明けたりせず点検できる非破壊検査が必要だ、ということまで考えて技術開発を進めているのです。

改質グースアスファルト基層は福岡北九州高速道路公社の福岡高速2号線で試験施工も行っている

 ――グース基層の厚さはどれくらいを想定していますか
 西川 グースの厚みは35mm程度を想定しています。高性能床版防水とは厚さの単位が違いますね。μmとcmです。

「助かる構造物から手を付ければ良かった」
 トリアージの議論は人口減少と限界集落の議論

 ――橋のトリアージがNHKで報じられました
 西川 酒田国道工事事務所長時代に、同事務所内で塩害により損傷した15橋の対策を行いましたが、終わった後に感じたのは「助かる構造物から手を付ければ良かった」という思いでした。まさにトリアージですが、当時はそれに思いが至りませんでした。

 私の定義で「長寿命化」というのは、早期に損傷を見つけて原因を取り除いて傷んだところを補修して、もう同じ劣化が起こらないようにすることです。その段階を超えた損傷を示した構造物は「延命」し、更新に至るまでの時間を伸ばそうというものです。そこの次が「危機管理」段階で、かなり危ない状況なので、更新や本格的な補強が完了するまで何とか安全を保とうとするものです。その段階ではモニタリングが役に立ちます。
 私が最初にモニタリングを行ったのは酒田国道工事事務所管内の暮坪橋です。今考えると、いつ落橋してもおかしくありませんでした。その決定的変化をキャッチするために、モニタリングが極めて有効かつ重要です。

 富山市でインフラのトリアージが必要になっている原因は人口減少です。これは日本全国同様で、地域や都市がコンパクト化しなければ行政コストの増加に対応できないという感覚が強まっているからでしょう。消えゆく限界集落のインフラを(財政に余裕がない中で)どのように住民の納得を得て、山から里に下りてもらって、減らしていくかというのは難しい問題です。橋屋の問題でなく都市計画や地域計画を担う人々の大きすぎる問題です。
 国総研の研究総務官兼総合技術政策研究センター長だった時に、ひとつの研究室が限界集落の研究をしていました。現地で聞き取りなども行っていたのですが、どうやって縮退していくか。橋の向こうには何人住んでいるのか、10年後は誰が住んでいるのか、発展性のある産業はあるのか、などを分析しました。何人のために維持管理あるいは更新にどのくらいコストがかかるのか、当事者にも知ってもらい、市民にも考えてもらうしかないように思えます。人が関わることですから5~10年の時間をかけて納得してもらうことが必要だと思いました。
 但し、土木技術者は橋の利用状況や劣化状況を考え、冷静にインフラの価値(使用人数、通行する付加価値)、維持管理更新に必要なコスト、橋が不通になった時の影響の程度、代替交通手段などのデータは作っておかねばなりません。
 ――ありがとうございました
(2021年1月1日掲載)

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