道路構造物ジャーナルNET

耐候性鋼材などの診断、補修技術も検討

橋の架け替え3原則、橋の減築を提唱

一般財団法人 土木研究センター
理事長

西川 和廣

公開日:2016.01.01

まず国が垂範

 ――橋の保全技術者のレベルアップについて
 西川 それについては長期的な視点で考えたことがあるのですが、昔は国にしか橋梁技術者がいなかったんですよ。
 ――旧内務省、鉄道省や東大、戦後初期の建設省や国鉄ですね
 西川 そう。外国に留学したり、東大で教わったりした人しかいなかった。そういう人が自ら設計、材料調達、現場監督して造っていたわけですよ。私より20年ぐらい上の先輩方は皆それをやっていたわけですよ。


昔の橋は発注機関が内製していた(写真はイメージです)

 個人的な考えですが、それをやめた(やめざるを得なかった)のは、国の社会基盤整備の速度を速めるために技術者を急速に増やさねばなかったらからで、そのために国はそれまでの直営方式から、蓄積された技術を基準という形で民間企業に移転し、自らは道路計画上の様々な判断、そのための予算確保、施工上のマネジメント等にシフトしようと考えたのだと思います。道路橋示方書はある意味、設計標準です。民間会社にはそれを受けて習熟し、標準に頼らなくても設計できる力を蓄え、技術力の担い手になることを期待していたわけです。しかし、現状は必ずしも理想どおりにはいっておらず、総じて与えられた仕事しかやらなくなってしまった。その辺に読み違えがあったのだろうと思います。
 さて、維持管理は、建設のような段階すら踏んでいない全く新しい仕事として出現しています。ある意味で最初からシステムを構築する必要があるわけです。まず国が垂範し、都道府県に技術を伝え、民間に拡大していくそうした段階が必要です。

でもしか先生ではいけない
 新設設計が演繹法だとすれば維持管理は帰納法

 ――そもそも現状で、そうした民間に示すことができる維持管理上の技術力をインハウスエンジニアは有しているのでしょうか。新設でさえ現場にタッチする時間が減少していると聞きますが
 西川 ありません。だからそうした力が今のところ存在しないという現実からスタートしなくてはいけない。
 ――ではインハウスエンジニアに最低限必要な維持管理上の素養とは何でしょうか。また、専門的な補修・補強は民間に(点検から)託すということも考慮すべきとは考えませんか
 西川 直営を捨て、民間の技術力向上を進める選択をしたわけですから、発注者は全く同じことを一から十までできる能力を持つ必要はありません。すべきでもありません。インハウスエンジニアには、共有すべき技術や、品質管理の仕組みを理解した上で、ユーザー、納税者の立場に立ったマネジメント能力が求められると思います。また、民間に委託できるようにするには、そうした民間会社を育てることも必要です。「でもしか先生」という言葉がありますが、新設が無くなったから補修でもやるか、維持管理しか仕事がないから、というような軽い気持で来られても迷惑なだけで、それなりの覚悟が必要です。
 点検能力それ自体は講習を受けて、少し実地を経験すれば何とかなると思います。問題は点検したデータを把握し、総合的に診断できる人がいないことです。特に現在の点検要領は「見かけ」だけで診断するようになっているのが少し気になります。
 設計と維持管理は全く脳の使い方が逆方向です。新設設計は白紙に絵を描くようなもので、全て仮定の積み重ねです。決められた式に基づいて入力する条件を間違えないで行えばだれでも同じような図面が描ける。これに対し維持管理では、当初の設計が考えていたことと違うことが起きたから損傷したわけですから、何がなぜ起きたかを知らなくてはいけないし、原因を想像するイマジネーションも必要です。また、診断で損傷(病名)や原因の特定を間違えれば誤診となり、損傷を助長してしまいます。私はこれを一番危惧しています。だから的確な診断ができる人材を育てなくてはいけません。新設設計が演繹法だとすれば維持管理は帰納法です。点検により見つけた現状の損傷から逆算して複数の可能性の中から損傷(病名)を特定し、原因を除去しつつ補修する、これが維持管理の仕事です。この仕事が出来る民間企業は現時点では非常に少ないと思います。
 よく図面が残っていない! と騒いでいる会社がありますが、私に言わせれば必ずしも始めから図面は必要ない。まず大事なことは、その損傷・劣化の進行を止めることができるか、コントロールできるかを判断することです。原因の特定や補修方法の検討に図面が必要になることがありますが、それはその次の工程。いきなり図面を起こして計算を始めるのは維持管理について無知な証拠です。

スペシャリストを組織に配置する余裕が欲しい
 技術者がカッコイイと思われる環境をつくらなくては

 ――橋梁調査会ではそうした判断のできる技術者を育成していたように思います
 西川 そのとおりです。3年前、国土交通省を退職して橋梁調査会に移りましたが、診断について当時のレベルはお世辞にも高いものではありませんでした。一方で70人もの人材を抱えており、彼らを論理的な診断書の書けるレベルに時間をかけて育てることができれば、彼らを通じて整備局ひいては自治体や民間企業のレベルを上げることができるのではないかと考えました。
 橋梁調査会では、診断担当者のスキルアップを意図した橋梁診断室を設け、私が室長を名乗りました。個人的にも信頼する維持管理のベテラン技術者2名の協力を得て、橋梁診断会議を開催し、個別橋梁の診断を行っています。具体的には各支部では判断が難しい案件を本部に挙げてきて、担当者とともにテレビ会議等を用いて議論し、損傷種類と原因の特定と、補修工法についての検討を行います。さらに私自身が各支部に足を運んで、すべての担当者に最低1つずつ自分の案件を出してもらい、一緒に考えて診断を行う出張診断室も実施しました。一種のOJBになっていると思います。
 本部の診断会議と合わせ、昨年は40回の診断会議を持ったことになります。始めた当初は、対策区分がBかCかの議論しか聞こえてきませんでしたが、最近では論理的に考えることの必要性を理解して、わかりやすい所見が書けるようになってきました。
 橋梁調査会は総合診療医を目指しています。総合診療医の意味するところは、病気になった患者が最初に訪れて診察を受け、どんな病気あるいは怪我なのか、重いのか軽いのか、特殊な難病なのかなどの見立てをする医師で、いわゆるかかりつけ医師の集団です。ただし調査会は直轄国道を中心に全国展開しているので、的確な診断が求められることになります。必然的に幅広い総合的な視点が必要になりますから、専門領域に深い知識と経験を持っている専門医とは好対照です。前例の少ない疲労損傷や地盤の動きが絡むような場合には、それぞれの専門医を紹介してお任せするという立場です。むしろ何でも自分で対応できるという考え方は慎むべきだと思っています。
 インハウスエンジニアの話に戻ることになりますが、全体をマネジメントする道路管理者、点検および診断を受け持つそれぞれの技術者、補修・補強設計および工事を受け持つ技術者は、それぞれの責任を果たすために必要な知識と技術力そして判断力を持っていれば良いことになりますが、同時に橋の構造そして維持管理に関して共通に持っていなければならない知識というか素養があるはずだと思います。これがなければ相互の意思疎通が図れるはずがありません。
 民間の力に任せられるような時代が訪れたとしても、インハウスエンジニアには民間の提案を理解できる技術力は維持して欲しいと考えます。そのためには無理な人員削減を行わず、スペシャリストを配置する余裕を組織に持たせなくてならないと考えます。
 ――そう思います。ゼネラリストは必要ですが、補修・補強の時代こそ判断を間違わず、結果的に業務を効率化するためにも、国、都道府県、政令指定~中核都市でスペシャリストは確保すべきです
 西川 そのためにはスペシャリストを出世コースのひとつとして扱わなくてはいけない。一部の個人の犠牲で成り立つような状況は本来あってはならず、自己の能力を発揮することができ、かつ収入等の面でも報われるような処遇がぜひとも必要だと思います。
 ――各整備局に道路保全企画官のポストができるなど改善はされてきていますが
 西川 それは大きな進歩だと思っています。でも現状のように1年程度で替わってしまうのでは駄目で、もう少し固定化かつポスト的にも高いグレードにしなくてはいけない。ハードルは高いですが、最終的には維持管理のために現業職員の採用を再開する方向に行く必要があります。それをできるようにするのは「政治」なんですよね。現状のようなキャリアパスでスペシャリスト的なやり方が嫌気されるような状況は良くありません。
 ――最近の取材で愛知県の現場を取材しましたが、県から都市高速に出向し、また県に戻った技術者で橋梁一筋20年弱の職員がいました。その説明は立て板に水を流す如くでした
 西川 そうした技術者を育成しなくてはいけない。またそういう技術者がカッコイイと思われる環境をつくらなくちゃいけないと思います。自治体では、首長の一存である程度できるものですので是非スペシャリストの育成を進めていってほしいと思います。

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