HOME連載一覧民間と行政、双方の間から見えるもの

連載詳細

⑮インフラ・メンテナンスの地方の状況

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
建設技術管理監
植野 芳彦 氏

1. はじめに

 前回、書いてしまった、建設会社の方が早々にお見えになった。これを読んでとのことだった。図面は、わが社の職員がもらっていた。(実は知っていた)しかし、一切連絡も無かったために申し訳ないが実は試してみた。私は、いろんな場面で試すのが好きだ。確認したかったのは図面ではない、「補修の思想」である。設計者の思想を聞きたかったのである。以前、依頼の電話を切った瞬間に「ああ、これはダメダな。対応しないだろうな。」と感じた。私の直感は良く当たる。ヒトを見ることも好きだ。対応した個人の判断と対応の問題であり、仕方が無い。来られた方は、やる気も感じられるし、問題点にも気づいておられるようなので、今後はもっとお互いに議論が出来るようにしたいと感じた。やはり、議論が出来ないと良い仕事は出来ない。メンテナンスの問題は、ある程度の技術力と実績・経験、探究心、挑戦心も必要だ。企業とは協力して挑んで行きたい。私の本音は、「議論できる仲間を増やしたい」。仲間とは「仲良しクラブ」ではない。仲良しクラブで裸の王様になっても、しかたがない。新たな技術は特に議論して発展していく。一部の企業の中で「あいつは、おかしい。」と言われているようだ。(私の情報網からの報告による)どうぞ、おかしな奴とは、付き合わないでいただければ結構なのだ。どちらがおかしいかは、世の中が判断する。

 世の中の方々の中には、さまざまな情報を得られているヒトたちが居る。私の任期も確認済みらしい。一応、富山市での今の任期は今年度一杯である。4月に私が居なくなることを、ひそかに期待している地元企業、職員達も多いと思うが、私の基本方針は、「必要と頼まれれば行く」(これがプロの基本)「邪魔ならば、いつでも居なくなる」・・・今後の話は、次回または次々回に報告できればと思う。乞うご期待!

 ということで、今回は少し「まとめ」のような現在感じている問題点をまとめてみたい。


2.ヒト

 インフラのメンテナンスに関する課題でよく挙げられるのが、地方自治体の技術職員の高齢化、と人員不足、技術力不足である。これは教科書的な答えだ。真実を言えてない。もともと、メンテナンスに関わる技術職員など存在していないのが現実。また、技術力が無いのは役所だけなのか?         

 とんでもない、民間はどうなのだろう? 「技術、技術」というが、どれほどの技術を持った人間のことなのか?「わかったつもり」になっている人間はたしかに居る。新規設計ならいざしらず、維持管理に関しては「実物」を知らないと話にならない。資格や就業年数ではない。

 まず、官と民、本来は適正な役割分担が必要なのである。メンテナンスに関わるためには関連する各業界・業種の歴史も理解する必要がある。その生い立ちを見てみれば、何が其の業種に適切か、今後はどういう方向に行くべきなのかが見えてくるはずである。無理をして苦手なものに手間と時間を懸ける必要はない。「とりあえずカネになれば良い」と言われてしまうとそれまでである。

 まあ、外部の“ヒト”の問題は、それぞれの努力にゆだねるしかない。問題は、役所内の“ヒト”である。長年の慣習の中で、一番変わり難いのが役所であろう。しかし、維持管理に関しては特に変わらなければならない。

 技術職員の問題は、どうすればよいのか?最近TVのCMで、「何かを学ぶのに、自分で体験する以上に良い方法は無い。」というアインシュタインの言葉が、適切であると思う。自分でやったことも無いのに、わかった振りをしている人間が多いこと。会議や打合せ協議時に見事に感じられる。特に維持管理という課題に関しては、これが大きいのではないだろうか? 幸い(?)なことに私は、橋梁メーカー⇒水門メーカー⇒コンサル⇒行政⇒非破壊検査会社⇒社団法人⇒行政という経暦がある。さらに、この中で、橋梁に関しては計画、設計、現場管理、生産管理、システム開発(自動設計、CAD、CAM、FEM、3D-CAD、AIなど)、基準類策定、積算体系策定、耐震基準策定、PPP/PFIなども体験してきた。材料に関しても、日本の仕組みでは、鋼とコンクリートに専門が分かれてしまうが、標準設計や「木橋技術基準の策定」を担当したおかげで、海外の技術基準を学び、橋という構造物をやるうえでは全ての材料に関し勉強しないと中途半端であることを感じた。欧米では材料にはこだわらないのである。

 しかし、地方の役所の職員は、体験できる課題が限られてしまうのでなおさら経験不足で当たり前なのである。それをどう感じ取って、どう補うか? が自分のキャリア形成につながるのだが、自分の殻を自ら閉じ、型にはめてしまっている者が多い。その殻を破らなければ、面白みはない。 「やらされ感」はだめだ!やらされていると思っていると、辛いだけ。「やっている」にして、「やってやる」に成らないと、面白くも無いことを悲壮感でやっていくことになる。

 あとは、プライドである。プライドは格好良いが、邪魔になりこそすれ利益にはならない。プライドを捨て、聞くべきところは積極的に聞く姿勢が大事である。昔は隠す体質もあった。しかしこの隠すと言うことも害になることがあっても益にはならない。


不思議な構造もある