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インタビュー詳細

高い感度を保って事業部のニーズに的確に応えることが使命

NEXCO西日本 里深技術本部長インタビュー

西日本高速道路株式会社
執行役員技術本部長 兼 海外事業部長 兼 安全管理部長
里深 一浩 氏

 NEXCO西日本の新しい技術本部長に里深一浩氏が就任した。建設の現場と技術管理畑が長く、JH時代においては名港トリトンの建設に携わり、NEXCOになってからも和歌山道の4車線化を担当した。管理では関門橋の塗り替えや現在は福北高速に移管した北九州道路、北九州・直方道路の管理にも携わっている。豊富な現場経験を有する新技術本部長が、NEXCO西日本の技術の舵をどのように取ろうとしているのか、新技術・新材料の開発動向とくわえて詳細を聞いた。(井手迫瑞樹)


現場・技術管理を歴任

 印象に残るのは名港トリトン、三荻野高架橋

 --現在までにどのような現場や職務を経験されてきたのですか

 里深本部長 JH入社以来30数年たちますが、ほとんど建設の現場と技術管理を行ってきました。現場で言うと八王子ジャンクション建設時の工事長を担当し、阪和道の4車線化当時(約10年前)に和歌山工事事務所の所長を務めています。関西支社では建設2課の課長代理と、建設事業部長を5年勤めました。本社在籍時は担当者の時も、課長代理の時も技術管理でしたし、8~9年前の統括課長時代も、そのころは建設事業が縮小傾向の時でしたが、当時NEXCO3社で唯一技術管理課が無く、それに類する業務も職掌していました。管理関係の業務は入社直後3年間の管理事務所での勤務のみです。

阪和自動車道 4車線化(海南IC~有田IC間) 和歌山工事事務所 所長時に所掌した

 ――どこの管理事務所ですか

 里深 下関管理事務所(現在は北九州高速道路事務所に統合)です。関門橋塗り替え塗装や福北高速に移管する前の北九州道路と北九州直方道路(いずれも現在は北九州都市高速3号線)の管理を担当していました。関門橋は毎年のように塗り替えを行っており、北九州、北九州直方道路は街中の都市高速で古くなっていまして、その当時から桁の補修や支承の取替えを行っていました。その当時、支承の取替えはほとんど先行事例が無くて、見よう見まねでやっていました。また、特に国道10号の真上を通過する三萩野高架橋(小倉北区)が印象に残っています。中央にヒンジを有するPCゲルバーなのですが、カンチレバーを組み合わせたような構造で側径間が短く、どんな補修をしても垂れ下がってきてしまったことを覚えています。緊張力を与えて上向きの力を加え、下げないようにする補修を施したと記憶していますが、結局時間が経つとまん中の方が下がってきてしまいました。時には遮音壁同士が中央部で競り合い、反って曲がっていました。大きな問題が報告されていない所を見ると、おそらくずっと手を加えているのだろうな、と類推しています。

関門橋(当時)

 その後は伊勢湾岸道路の工事事務所で名港トリトンの建設に従事しました。最初は中央と東が同じ工区だったのですが、工事開始後約二年で中央と東に分かれて、私は東の方の番頭になりました。

 ――大型FC船による主塔立てこみがあった時ですね

 里深 技術管理に呼ばれるきっかけになったのは、その工事だと思います。当時、JHにおいて海上工事はほとんど施工したことがありませんでした。そのころは首都高がレインボーブリッジを施工しており、本四も建設が進んでいた時でした。そうした先達の現場に教えを請い、施工計画を立てて、積算の基準も自分で作って本社とやり取りしながら、下部工の施工に着手しました。4年間在職し、上部工の施工にも携わりました。

 ――元深田サルベージの弓削顧問(元同社副社長など)に聞いた話ですが、名港トリトンの主塔立てこみ時に作ったプログラムの基礎は、最近の気仙沼横断橋などにも使われているということですよ

 里深 あの時は面白かったですね。色々な所にヒヤリングをかけて、現場のディテールを見せてもらって。名港東大橋の主塔架設も一括でやるか分割でやるかということを議論しました。一括でやると、寄神の「海翔」でしか吊れないのではないか、そんな一隻しか出来ない設計をして大丈夫か? とか揉んだ記憶があります。(最終的には基部、中部、上部の3ブロックの分割架設)。多くの現場を経験させていただいたことは今大きな財産になっています。


民営化後、逆に業務は増加

 限られた人員で可能な限り大きな成果を得る

 ――さて、そうした経験を踏まえて技術本部長就任の抱負と、保全時代に突入するNEXCO西日本の技術継承について

 里深 技術本部は、技術環境部と安全管理部、施設部、海外事業部の4つの部で構成されています。PAやSAの運営などで直接事業に携わっている部分もありますが、ほとんどは保全サービス事業部や建設事業部とは異なり、技術を通じて事業活動を支えるのが役割です。保全サービス事業部では、熊本地震を受けてさらなる耐震補強の強化や高速道路の老朽化に伴っての大規模更新など、これまで通常行われてきた維持管理に比べて、新たな事業が大幅に増えてきています。建設事業の方についても、ミッシングリンクの解消に向けた新規事業化、災害対応や物流機能の強化を目的として4車線化や6車線化の工事が目白押しになっています。結果的に高速道路の事業に直接携わるという社員が多く必要になってきていまして、採用人数自体も増やしてはいるのですが、なかなか需要に追いついていきません。そのために技術本部や事業に間接的にかかわるというような部門に多くの人員を配置することは難しくなっています。

 その限られた人員で、可能な限り大きな成果を得ようと工夫を凝らしています。

 現在行っている重要な取り組みは、技術的な現地サポートを幅広く行おうということで、技術支援制度を拡充しています。技術本部にいる専門役だけでなく、本社・グループ各社全体から、技術力を有している人を活用するため、そうした人を問題が起きた時に迅速に活用できるようにする技術支援者制度を設けています。

 社員への技術継承、技術力向上を目的とし、社員への資格取得の支援も行っています。技術士などの資格を取るという時に技術本部の部員や技術士の資格を有している社員が添削したり、費用的な面でも資格を取得するとそれに伴う対価を考慮しています。

 若手の技術者に対しては茨木のアイトレなどで技術研修を行っています。


アイトレ

施設内部

 本部長就任に当たっては、事業部が何を欲しているのかということをリアルタイムに感じ取れるように、技術本部自体が感度を高く保って、ニーズに的確に応えられるようにしたいということと、気軽に相談できる組織にしたいと考えています。技術の伝承という点では、保全時代に突入したということで何か変わるということでもなく、現場で生じている問題に技術で向き合って解決するという、これまで培われてきた企業風土を大切にしていきたいと考えています。

 これまでは建設中心でやってきましたが、保全時代に突入したというのは感じています。保全に使われる技術は建設と違って成熟の域に達したとは言えません。そのために技術の伝承はもちろん保全技術の発展、技術の熟度の向上を目指していきたいと考えています。

 ――事業部の感度向上とは具体的に何を指しますか

 里深 今朝方、長崎自動車道武雄(佐賀県)付近の通行止めが解除され、対面交通が始まりました。あれも土工の専門家がいるのですが、声をかけられたらすぐに現地に飛んで、先生方にも知恵を仰いで、善後策を講じるーーそういった措置がフレキシブルに機能しています。「技術本部に相談すると難しいことを言われるのじゃないか?」と思われるような組織では困りますので、現地が欲するものを直ぐに応えとして提供できる様、常にありたいと考えています。

長崎自動車道武雄(佐賀県)付近の損傷状況①

長崎自動車道武雄(佐賀県)付近の損傷状況②

長崎自動車道武雄(佐賀県)付近の災害対応