千代田区は、神田川渡河部に架かるお茶の水橋と後楽橋、日本橋川渡河部に架かる雉子橋の補修補強を進めている。いずれも関東大震災後の復興に伴い架けられた橋梁で、昭和40年に東京都から千代田区に移管されたものだ。お茶の水橋は既に耐震補強を終え、床版の補修などを行っている。また、後楽橋は、鋼材の補修や変形部材の取替の他、塗装の塗替え、歩道床版の勾配を緩和するための床版の取替を行う。雉子橋は現行基準における耐震の際、縦桁部材に損傷する可能性があるが、通常の手法では鉛直材を大きく補強しなくてはいけないため、それを回避すべく両端部の橋台に配置された支承の構造を工夫することで、鉛直材への負担を軽減し、補強量を減らす構造としている。3橋とも歴史的な景観を保持することにも努めている特徴的な現場を取材した。2回目の今回は後楽橋に焦点を当てた。(井手迫瑞樹)
橋梁補修計画図
縦断勾配は最大で8%、最小でも2.854%
一日の交通量は7,500台弱(大混率は8.8%)
後楽橋
千代田区神田三崎町三丁目8番地先~文京区後楽橋1丁目一地先に位置する「後楽橋」は、神田川を渡河するために1927年(昭和2年)に供用された橋長21.063m、幅員22.595mの鋼単純アーチ橋(ただし2ヒンジアーチ)である。大正15年「道路構造に関する細則案」に基づき設計されているが、図面は空襲被害のため残っておらず、主鋼材や鉄筋、コンクリート等の仕様や床版防水の有無は不明となっている。
架設地は水道橋駅と東京ドームシティをつなぐ導線の一つとなっている。平面線形は直線で曲線はないが、縦断勾配は橋梁中央部を中心とした拝み勾配になっており最大で8%、最小でも2.854%を有する。横断勾配は歩道部が2%の片勾配、車道部が2%の拝み勾配となっている。
後楽橋現況図/標準横断図
後楽橋
橋台に歴史を刻む太平洋戦争時の戦争痕
白山通(水道橋)というメインストリートが近隣にあるが、それでも一日の交通量は7,500台弱(大混率は8.8%)を有する。歩道も傍らに後楽園ブリッジがあるものの、上流側は1日3,500人強、下流側は6,700人弱の交通量を誇る。さらにイベント時は、一時的に最大10,000人以上が利用する状態である。一方で歩道部の勾配が8%に達することから安全上の問題を有するため、その縦断勾配の緩和を行うことが補修工事の主題である。
8%の急勾配
車道部は大きな損傷もなく床版もコアを抜いて圧縮強度を確認したところ27N/mm2あることが分かり健全であった。というのも車道部の床版はバックルプレート床版であるが、底鋼板は山なりの形状になっており、「コンクリートに経常的なプレストレスがかかっているような構造」(鉄建・スバルJV)で、荷重が桁に逃げるような構造になっており、そのため疲労損傷は床版にもましてや桁にも出ていなかった。耐震的にも問題がないことから、車道部に関しては今回、床版防水工の設置と舗装打替え、伸縮装置の取替、段差防止構造(可撓性踏替版)の設置を行う。歩道部においては、車道部同様の工種と下流側の歩道拡幅工を行う。橋梁本体においては防食部材の取替及び補修、塗装の塗替えを行うこととした。
バックルプレート床版
床版防水工設置図
歩道部縦断勾配の緩和のため床版を取り替え
薄くて軽量なダクタル床版を採用
歩道部の最大8%という縦断勾配は歩行者にとって大きな負担となる。さらに冬場は路面凍結が発生する可能性もあり、事故が生じかねないことから、勾配を下げる工夫が必要になる。そのため、腐食を生じている床版を支えている横桁部材を交換するに際し、勾配が緩やかになるように再配置して架設することとした。
既設横桁の撤去/新設横桁の設置状況/同設置完了状況①
上空から見た横桁設置状況
次いで床版設置である。歩行者の利用が多く、長期の規制は避けたいため現場打設は難しい。次善はプレキャスト床版の設置であるが、通常のプレキャストコンクリート(RCまたはPC)床版では重すぎて、両側に大型クレーンを据え付けるヤードに乏しい現場では施工ができない。そのため高価ではあるが、床版厚が薄く、軽量なダクタル床版を用いることでクレーンの規模、現場規制の最小限化などの課題を克服した。
施工は、まず既設歩道部の床版を鉛直カッターで切断するが、これらは河川などへの影響を考慮して無水タイプで施工した。
ダクタル床版設置図
ダクタル床版の厚さは一般部が80mm、端部と歩車道境界の目地部が40mmといずれも非常に薄い。サイズは標準タイプで橋軸方向1,750mm×橋軸直角方向2153mm、重量は727kgと軽い。そのため4.9tクローラークレーンを横付けして施工した。既設歩車境界部は目地に従ってひび割れが生じているため、縦方向に伸縮装置を入れる。パネル枚数は片側につき12枚で、全部で24枚のパネルを設置する。
ダクタル床版パネル。重量は1枚当たり727kgと軽い
厚さは一般部が80mm、端部と歩車道境界の目地部が40mmと薄い
10月中旬に行った上流側11枚の施工は、初日に2枚、2日目に3枚、3日目に5枚を施工し、最後に両端の2枚を施工した。施工後はスタッドジベル孔およびパネル同士、歩車境界部ジョイントの目地部にそれぞれ設計強度40N/mm2の無収縮モルタルを打設して完成させた。その後はアスファルト塗膜系の床版防水および舗装を施工した。
ダクタル床版の架設状況①(架設写真の順番は右から左です)
ダクタル床版の架設状況②
上流側12枚のダクタル床版の架設完了状況、桁端部と車道部との境界部は薄くなっていることが分かる
なお、車道部に関しても新たにアスファルトシート系の床版防水を施工して、舗装を打ち直す。端部はお茶の水橋同様に可撓性踏掛板を設置する予定だ。
素地調整は2種ケレンを採用
塗膜剥離剤は泥パック工法、塗替え材料はラスタッフを使用
塩害による腐食の影響は大きくないが、桁下は観光船やゴミ運搬船が航行しており、大きな船が通過した時の擦過傷のような跡があり、そうした箇所で損傷が生じている。また、銃痕などの空襲による被災の痕跡もあった。そのため塗替えを施す必要がある。塗替え面積は1,500m2となっている。
直下には神田川が流れる
塗替え計画図
塗替えなど桁下での足場を伴う作業は渇水期しか施工できない。ただでさえ足場の最小クリアランスは40cmほどしかなく、かなりつらい作業を強いられる現場であるが、さらに出水期の満潮時は沓が水没するまで水位が上がるため作業が事実上できない。にもかかわらず、旧塗膜の下塗りは鉛丹であり、密閉した防護足場が必要になる。ブラスト機材を置くヤードにも乏しいため、旧塗膜の剥離は水系塗膜剥離剤(ネオリバー泥パックType-Ⅱ工法、4回塗布(塗布量:1kg/m2-回、反応時間:2~3日[夏場であれば、1日]))を用いた2種ケレンで行うことにした。
着手前の後楽橋/塗膜を剥がした状況
橋台部、足場を作るのは難しそうだし、施工もクリアランスが最小で40cmしかない
素地調整後は、鋼材下地が擦過などにより断面欠損していることやスピード感のある施工をしなくてはいけない施工条件を考慮して、補修と下塗りを一体的に施工できる特殊エポキシ防食材「ラスタッフ(E)2110」を採用した。同製品は鋼材素地面に3工程(ラスタッフ下塗2回・ふっ素樹脂塗装上塗1回)で塗布完了できるもので、一般的な重防食(5回)より現場を短工期化できる、結露面(湿潤面) 施工可能で、寒暖差などによる塗装面の結露及び塩化物イオン低減を目的とした水洗い後においても一般塗装に不可能な湿潤面直接塗布が可能である、などのメリットを有する。塗装色は供用当初の色に近い5.0GB4/1を採用している。
供用当初の景観を復活させるため鋳鉄製の高欄を採用
親柱も茨城県産の真壁石を用いて、製作設置する
お茶の水橋同様、高欄・親柱も供用当初のものに景観を近づけるために工夫した。
高欄は往時の鋳鉄製の高欄、親柱は供用当初の御影石の産地を調べた結果、茨城県西部 常陸三山(筑波山・加波山・足尾山)が産地の真壁石を使って製作・設置する方針だ。
親柱台座補修工図(左)/橋梁証明設備設置工(中、右)
現在は上流側において歩道部の横桁取替、床版の取替のみが完了した状態で、下流側は12月から施工していく方針だ。
後楽橋の設計は近代設計。
施工は鉄建建設・スバル興業JV。一次下請は床版工が向井建設、鋼桁取替工が富士スチール、塗装塗替えが日昇。
後楽橋完成予想パース