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⑨在来線における降雨時の運転規制

JR西日本リレー連載 鉄道土木構造物の維持管理

西日本旅客鉄道株式会社
鉄道本部 構造技術室 斜面・土構造グループ

髙馬 太一

公開日:2023.06.16

1 はじめに

 鉄道では降雨時の斜面崩壊から列車運行の安全性を確保するために、のり面防護工などのハード対策を実施して沿線のり面を補強するとともに、降雨量がある閾値(以下、雨量規制値という)を超えた場合に、列車の運行を見合わせるソフト対策(以下、運転規制という)を実施しています。しかしながら、近年の局地的大雨などに代表される降雨特性や災害形態の変化もあり、運転規制の方法を適切に見直すことが必要になりました。
 そこで、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本という)管内の沿線で発生した過去の降雨災害の分析を行い、崩壊をもたらした降雨(以下、災害雨量という)の再現期間に基づいて雨量規制値を設定する方法に2015年6月に見直しました。また、1kmメッシュレーダ・アメダス解析雨量(以下、解析雨量という)を用いた運転規制を2022年6月から在来線の全線に導入しましたので、本記事ではその内容について紹介します。

2 運転規制の概要

(1) 概要
 降雨時に発生が懸念される崩壊などから列車運行の安全性を確保するために、鉄道沿線に概ね10kmの間隔で設置された雨量計を用いて、運転規制を実施する区間(以下、規制区間という)ごとに降雨の観測をしています。この観測値があらかじめ定めた雨量規制値を超えた際に、運転規制を発令します。なお、規制方法は2種類で、雨量の大きさに応じて列車の速度を規制する場合(以下、徐行という)と運行を見合わせる場合(以下、停止という)とがあります。

 こうした運転規制は、鉄道の運行管理上、規制区間の最小単位を駅間としています。つまり、数駅にまたがるひとつの規制区間には、盛土や切土、自然斜面といった地形や地質、地盤材料なども異なる多種多様な土構造(以下、土工等設備という)が含まれており、同じ規制区間内といえども、個々の降雨耐力は様々であります。そこで、運転規制に用いる雨量指標や規制区間、雨量規制値などを検討する場合は、降雨災害の統計的な情報を有効に活用するなど、過去の災害の教訓を活かすことが重要になります。例えば、雨量指標については、表-1に示す時雨量、連続雨量、5日間積算雨量1)、累積雨量を用いてきました。多種多様な設備が含まれる一つの規制区間に対して、4つの雨量指標を組み合わせることで、様々な災害形態に備えています。

表-1 運転規制に用いる雨量指標

(2) 課題
 これまで、JR西日本の雨量規制値の設定等の考え方については、国鉄時代に制定された「降雨に対する運転規制基準作成要領(1972年制定)」を継承してきましたが、近年の局地的大雨などに代表される降雨特性や災害形態の変化もあり、運転規制の方法(規制区間、雨量規制値、降雨観測の方法など)を適切に見直すことが必要になりました。

 具体的には、1)雨量規制値は、過去の降雨災害から統計的に設定してきましたが、近年の崩壊事例や沿線のり面の降雨耐力などを十分に反映できていない、2)鉄道沿線に概ね10km間隔で設置された雨量計のみでは局地的大雨などを観測することが困難な状況となってきた、などの課題が挙げられました。そこで、1)については、路線や規制区間ごとの降雨の地域特性を考慮するために災害雨量の再現期間に基づいて雨量規制値を設定する方法を、2)については、部外気象情報として解析雨量を用いた規制方法について検討しました(図-1)。


図-1 近年の降雨特性に基づく規制方法の課題と検討の内容

3 新しい規制方法の検討

(1) 規制区間の設定
 規制区間を設定するためのフローを図-2に示します。まず、検討対象区間内における土工等設備の有無と、条件1(盛土・切土の高さや斜面勾配)や条件2(地形・地質、災害歴)に該当するか否かを確認します。例えば、土工等設備があり、条件1や条件2のいずれかに該当して、防護工などのハード対策で補強されていない場合、列車運行に支障の恐れがあるような大規模な災害が考えられる区間と判断し、「規制あり(Ⅱ)」に設定します。次に、土工等設備があるが条件1条件2には該当しない区間や、条件1条件2に該当しても防護工などのハード対策で補強されていれば、大規模な災害が考えられない区間と判断し、「規制あり(Ⅰ)」に設定します。なお、高架橋、トンネル、平地部の素地路盤など、降雨災害が考えられない区間は「規制なし(警備のみ)」に設定しています(表-2)。このように、検討対象区間内の各土工等設備の形状や災害歴、降雨耐力等を考慮して、規制区間を区分するといった考え方を導入することにより、将来的にハード対策で沿線のり面を補強した場合や、新たに変状や崩壊が発生した場合などにおいて、過去に設定された規制区間も耐力の変化に応じて変更できるようにしています。


図-2 規制区間の設定フロー

表-2 規制区間と規制方法の考え方

(2) 雨量規制値の設定
 (a) 災害雨量の分析
 JR西日本管内で発生した過去の降雨災害のうち、雨量情報が不明なものなどを除く632件の崩壊事例を対象に災害雨量を分析しました。まず、災害形態は全体の約8割が切土崩壊と土砂流入が占めることがわかりました(図-3)。次に、災害雨量を路線の防災投資の違いで3つ(大中小)に区分して算出しました。このうち、防災投資「中」路線と「小」路線の一例を図-4に示します。これらの図より、両路線とも崩壊は様々な降雨状況(時雨量と連続雨量のそれぞれの大きさや降り方)で発生することがわかりました。また、これらのデータから災害雨量の平均値を求めた結果、防災投資「中」路線の方は、時雨量36mm/h、連続雨量138mm、防災投資「小」路線の方は、時雨量27mm/h、連続雨量103mmとなり、防災投資「小」路線の方が「中」路線と比べて災害発生頻度も高く、小さい雨量で崩壊する傾向となりました(図-5)。以上より、過去の災害雨量といった統計的な情報をもとに、路線の防災強度の違いを考慮できると考えました。


図-3 災害形態/図-4 災害雨量データの一例

図-5 災害雨量の頻度分布

 (b) 災害雨量の再現期間
 災害雨量の再現期間は崩壊箇所に最も近いアメダス観測所のデータを用いてグンベル分布により算出しました。検討の結果、防災強度「中」路線の時雨量36mm/hは2年~6年、連続雨量138mmは2年~9年、防災強度「小」路線の時雨量27mm/hは2年~3年、連続雨量103mmは2年~5年程度となりました(図-6)。なお、同じ災害雨量でも再現期間にバラツキが生じている理由は崩壊箇所の地域が異なるためであります。言い換えれば、再現期間が同じでもその年数に相当する雨量は地域や時期によって変化するといえます。つまり、再現期間を知ることで、今後想定される外力の変化に応じて、地域や時期ごとに雨量を更新できるといった利点があります。こうした再現期間を規定するといった考え方を新たに導入することにより、将来的に降雨特性が変化した場合においても過去に設定された雨量規制値を各地の経験降雨に伴って変更できるようにしています。


図-6 災害雨量と再現期間の関係

 (c) 雨量規制値の設定方法
 前述の災害雨量と再現期間との関係をもとに、雨量規制値の設定に用いる標準的な再現期間を表-3のように定めました。具体的には、過去の災害雨量の平均値を満たすことによって列車運行の安全性は確保できると考えて、災害雨量の平均値を徐行、災害雨量の平均値に+1σした値を停止の目安としています。この表より、例えば、防災強度「中」路線において、規制あり(Ⅱ)区間の雨量規制値を求める際は、その地域の再現期間6年の雨量を徐行値として、再現期間10年の雨量を停止値として、時雨量と連続雨量をそれぞれ算定することになります。

 ここでは、規制あり(Ⅱ)区間における徐行値の設定方法を概略的に示します(図-7)。まず、1)表-3に示したように、「防災強度の違いを考慮した区分」と「規制あり区間」と「規制方法」の関係から決定される再現期間から、規制区間が位置する地域の時雨量と連続雨量を算定し、これらの値を運転規制図に設定します。次に、2)時雨量と連続雨量ともに、1)で設定した値に0.7を乗じて切り欠き部を設けます。この段階の値を徐行基準値として、3)規制区間で発生した過去の災害雨量を運転規制図にプロットします。そして4)プロットした降雨災害の捕捉率(徐行基準値より外側の災害個数/災害総数)を確認し、捕捉率が半数以上となるように切り欠き部を調整した値を徐行値として設定します。停止値についても同様に、上記の手順で行いますが、2)で切り欠き部を設けた段階の値をそのまま停止値として設定しています。

 なお、検討対象の規制区間によっては、過去に降雨災害が発生していない区間や降雨災害があっても災害雨量データが少ないといった区間もあります。このような規制区間について、上記と同様の考え方で、降雨災害の捕捉率が半数以上となるように切り欠き部を調整すると、徐行値が著しく小さくなることによって、列車運行の定時性を低下させる場合があります。そのような場合には、隣接する規制区間の設定状況などを考慮して、別途検討することにしています。

 続いて、規制あり(Ⅰ)区間における雨量規制値の設定方法になりますが、この区間はのり面防護工などのハード対策で補強されている区間のため、これらの防災対策の効果を雨量規制値に反映することを考えました。そこで「鉄道構造物等維持管理標準・同解説(構造物編)土構造(盛土・切土)2)」の「限界雨量に基づく盛土・切土の危険度評価手法」に記載されている盛土の限界雨量曲線の考え方を参考に、防護工がない約30箇所の盛土を対象に限界雨量曲線を算出しました。実際に「防護工がない場合」と「防護工がある(と仮定して評価した)場合」の限界雨量曲線を比較すると、時雨量と連続雨量ともに、概ね1.2倍に向上することが見込めました(図-8)。以上より、規制あり(Ⅱ)区間に定めた雨量規制値に対して、時雨量と連続雨量ともに1.2倍した値を規制あり(Ⅰ)区間の雨量規制値として設定することを標準としています。

表-3 標準的な再現期間の目安


図-7 規制あり(Ⅱ)区間の徐行値の設定方法

図-8 規制あり(Ⅰ)区間の考え方

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