道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊽

「トンネル覆工コンクリートの養生システムの技術開発 -アドバルーン工法の長所と課題-」

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2023.03.20

1. はじめに

 「この連載はもう終わったのですか?」という問い合わせが来るんですよ、と編集者からときどきかかってくる「催促」の電話で言われます。私の拙稿を楽しみにしてくださっている方がおられるのに、連載の更新が滞っていて申し訳ありません。

 まあ、そういうときもあるかな、と思っております。

 連載が滞っていた間に、世の中はまさに激動の時代に突入し、長く続いたデフレから、一気に「悪性インフレ」になってしまいました。このインフレは、昭和時代の高度成長のインフレとは全く質が異なります。対処方法については、藤井聡先生のMMTに基づいた経済対策を参照されるのがよいと思います。減税がもちろん必要ですし、我が国の国民が生き延びていくために不可欠な食糧、エネルギーなどの国産化、確保は極めて重要な課題です。この国を成長させていくためにも生産性を向上していくためにもインフラ整備・適切な維持管理の重要性は増えることはあっても減ることは全くありません。また、稿を改めて執筆する予定ですが、私自身は「脱炭素」という流行りに嫌悪感を抱いており、学者としては正しいと思うことを発信し続けるのみ、と思っています。

 土木学会では、2023年10月にコンクリート標準示方書の施工編が出版される予定で、現在、改訂作業が進められています。この連載のテーマである「コンクリート構造物の品質確保」が一番関連するのは施工編ですが、今回の改訂においても、私たちが勉強してきたことが少しずつ反映されております。すぐには反映できないことも、例えば暑中コンクリートの品質確保の諸課題を「暑中コンクリートの設計・施工に関する研究委員会」(253委員会、委員長:細田)で検討する体制が取られており、指針の発刊や将来の示方書への反映という形で進んで行くことになります。暑中コンクリートに限らず、寒中コンクリートの品質確保も大変重要な課題で、まだまだやるべきことが山積しています。2021年11月26日に開催した品質確保の試行工事に関する講習会(連載第46回)に続いて、2022年12月16日に第2回目の講習会もオンラインで開催し、国土交通省技術調査課と連携した試行工事の展開も順調に進んでいると思っています。フィールドで学び続け、規準類の整備・改善を通してシステムを良くしていく、そして人が育つ、というこれまで大事にしてきたことがスケールを大きくしながら発展してきているように感じており、4月に「天命を知る」50歳となる私も、覚悟を持って品質・耐久性確保に取り組んで行こう、と決意を新たにしているところです。

 さらに、新設構造物の品質・耐久性確保に留まらず、既設構造物の維持管理システムを改善していくことが極めて重要と思っております。私自身の取組みとしては、高岡市-新日本コンサルタント-横浜国立大学の三者協定が結ばれ、高岡市の管理する1100以上の橋梁の維持管理システムを改善していく実践的な研究に着手しました(連載の第47回)。言うなれば、維持管理の品質確保となります。この取組みにの詳細についても連載で紹介していきますが、「高岡モデル」を構築し、先行する様々な好取組とともに、社会を良くしていく一翼を担いたいと強く思っており、私も大変楽しみにしております。

 というわけで、連載が滞っていた間にしっかりと充電させていただきましたので、これからまた、勉強と実践とともに、情報発信もしっかりとやっていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 今回は、連載の第45回で紹介したトンネル養生システムの開発のその後の状況をご紹介することにいたします。 

2. 養生システム「アドバルーン」工法の概要とねらい

 大嘉産業株式会社と共同で開発した養生方法は、小径バルーンを組み合わせた構造で、養生シートを覆工コンクリートに押し当てるシステムです(図-1)。断面形状の変化に追随できることを最大の特徴として開発を進めてきました。この養生システムを、「アドバルーン」工法と名付けました(『アドバルーン』は大嘉産業株式会社の商標登録です(商標登録第6679498号)。)。様々な断面形状に調整(Adjust)できるバルーンを用いた工法、ということで、Ad+Balloonでアドバルーン工法としました。


図-1 アドバルーン工法のイメージ図

 トンネルの断面は現場ごとに異なるので、大規模な架台を伴う養生システムは、個別のトンネルごとに作製している状況にあります。このやり方では、延長の短いトンネルでは採算性に劣ると考えられます。また、養生シートを直接貼り付ける方法もありますが、手間がかかり、大量の廃棄物も発生します。
 様々なトンネル断面形状に追随できる性能を持たせることにより、個別のトンネルごとに製作し、廃棄されてきた従来の工法と異なり、養生システムの再利用が可能になると考えています。すなわち、養生システムをレンタルする、という考え方です。また、同一トンネルの中の非常駐車帯の大断面に対しても別の養生システムを準備する必要もなくなる、などのメリットも出てくると考えています。
 アドバルーン工法の実用化に向けての様々な課題の検討と現場での検証・改善については、西松建設の協力をいただいており、本稿では、岐阜山県第一トンネル(仮称)の同一トンネル内の異なる断面に適用した検証実験について報告します。

3. 異なる断面への適用

 アドバルーン工法の極めて重要なディテールの一つが、小径バルーンの最下部にある高さ調整用の部品です(写真1)。小径バルーンの長さもこの部分で調整し、バルーン内の空気がほとんど漏れない構造となる工夫がなされています。写真1の状況は、バルーン下端がジャッキアップされ、トンネル壁面に近付くように調整された状態であり、バルーンがトンネル壁面に密着している状況が分かると思います。奥行方向に何本も配置されたバルーンが養生シートをトンネル壁面に押し当てており、シートの裏側が高い湿度に保たれて、コンクリートが養生されます。


写真1 アドバルーン工法のバルーンがコンクリートに密着している状況

 写真2は、バルーンがトンネルに密着した状態から、養生を終了してバルーンシステムをジャッキダウンする直前の状況です。将来的に、アドバルーン工法が広く使われるようになれば、ジャッキダウンも自動化することも当然視野に入れていますが、開発中のこの段階では、手動、もしくは電動工具でジャッキダウンしています。


写真2 バルーンをジャッキダウンする準備をしている状況

 写真3は、バルーンをジャッキダウンしている状況で、伸びていたストロークが縮んでいるのも明らかに見て分かるでしょうし、バルーンの下端はトンネル壁面から内側へ離れる方向に水平にも移動させています。すなわち、バルーンの下端は、鉛直方向には下方へ、水平方向には内側へ、それぞれ別のシステムで移動させています。


写真3 バルーンをジャッキダウンしている状況

 写真4は、バルーンの下端を移動し終わった状態です。バルーンがトンネル壁面から離れ、隙間が空いているのが分かると思います。


写真4 ジャッキダウンと内側への水平移動が完了した状況

 このジャッキダウンした状態でのシステムの全景が写真5です。この状態で養生システムをトンネル軸方向に移動させることになります。あるブロックの養生が終了して、次のブロックの養生に向けて移動する状態となります。バルーンとトンネル壁面の隙間の程度は、トンネル断面の大きさや、ジャッキアップの程度などによりますが、移動時にコンクリートが傷付いたり、養生システムが傷付いたりしないように適切に隙間を確保する必要があります。なお、写真5の状況では、バルーンシステムの変形を調整するためのタイバー(白い水平方向のタイ材)が付けられており、たるんでいるように見えますが、タイバーには引張が作用しており、バルーンとコンクリートにちょうどよい隙間を確保している状態にあります。タイバーは簡易に変形を調整できますが、当然邪魔になるので、タイバーを使わないで済むシステムにしていきたいと思ってはいます。


写真5 ジャッキダウンした状態での養生システムの全景

 リンク先動画は、養生システムをトンネル軸方向に移動させている状況です。トンネル内の地面に設置されたレールの上を、先ほどのバルーン下端の長さ調整部品がレールに沿って水平に移動できる仕組みになっています。養生システム全体の重量はそれほど重くないので、二人が手動でワイヤーを巻いて引っ張ることで、簡単に移動することが確認できました。

 写真5を見ていただくと、アドバルーン工法の養生システムが、非常駐車帯のある拡幅部の大きな断面に適用されていることが分かると思います。一つ奥のブロックが少し小さい通常の断面です。このように一つのトンネルの中で異なる断面に対しては、従来は別々の養生システムを用いるのが一般的でした。ですが、アドバルーン工法はバルーンの長さを調整できるので、拡幅部も通常部も同じシステムを適用できます。写真6が、通常部に密着した状態です。


写真6 同一トンネルの中の異なる断面(通常部)に密着した状況

 この岐阜山県第一トンネル(仮称)では、アドバルーン工法が異なる大きさの断面に密着できることと、ジャッキダウンした状態で水平に安全に簡単に移動できることが実証できました。

4. 今後の課題

 アドバルーン工法は実用段階に来ており、実際にトンネルの覆工コンクリートの養生を実施して効果が確認された事例も連載の第45回で紹介しました。
 アドバルーン工法はトンネルでない場所で練習することができません。トンネルの壁面があることでバルーンの変形が適切なものになるのであって、自由にバルーンが変形できる場所で実験を行うとバルーンの形状は全く異なったものになります。そのため、技術の様々な課題を発見したり解決したりするのも、基本的には現場のトンネルにおいて、ということになります。
 私自身も様々な研究や技術開発に関わってきましたが、アドバルーン工法はまさに現場で育てられている技術であり、土木の技術開発の醍醐味を感じています。この工法の開発・改善に欠かせない人物である西松建設の八巻大介さんは私の教え子でもありますが、「いつまでも細部を完成させようとするのではなく、さっさと現場で使って、使いながら改善していく方が利口だと思う」という趣旨のことを言います。私の教え子らしい? 物言いで、頼りになるアイディアマンですが、私も全くその通りと思います。
 現実のトンネルには風管があったり、ズリの搬出のベルトコンベアがあったり、ダンプカーなどの重機が走り回ったりと、とにかく考慮すべきバリアが山ほどあります。現場で使うたびに課題が生じると思いますが、それが技術を改善・発展させていく原動力となるでしょう。どのような使われ方をしていくか、私も楽しみに、プレーヤーとしてこの技術開発に関わっていきたいと思います。

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