道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊹

普代川大橋の高耐久床版でのひび割れ抑制対策の成功

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2021.05.06

1. はじめに

 東日本大震災から10年が経過し、復興道路・復興支援道路の集中的な整備期間が2020年度末で終了するため、復興道路を舞台とした大々的な品質確保、耐久性確保の試行工事も今年度で一つの区切りを迎えます。この間、品質確保や耐久性確保のための様々な手引き類や参考資料を整備しながら、産官学の協働の取組みが推進されてきました。東北地方整備局の策定した品質確保の手引きは、全国の地方整備局等での品質確保の試行工事でも2017年度から活用されており、全国的な標準へと発展していくような動きにも期待しています。
 本稿のタイトルにある「高耐久床版」ですが、あくまで従来のRC床版に比べて耐久性が高いという意味で「高耐久」と呼んでいますが、インフラの予定供用期間中に耐久性が確保されるのはある意味で当たり前であり、「高耐久床版」が東北の標準的な床版になる必要があります。「東北地方におけるRC床版の耐久性確保の手引き(案)2019年試行版」は、2020年度に改訂の作業が行われ、私も参画しました。改訂の会議の中で、東北地整の手間本康一さんが「いつまで高耐久と呼ぶのですか?東北の標準にするのではないのですか?」との意見を言われ、我が意を得たりの瞬間でした。このご発言により、RC床版の手引きから「高耐久床版」という表現は削除されました。

 さて、本稿の主題の普代川大橋(供用後の名称:田野畑普代大橋)は鋼4径間連続箱桁橋で、施工は西武建設が担当しました。西武建設は、コンクリート床版の工事が得意な会社というわけではなかったと思いますが、近隣の鋼橋の単径間橋(芦渡こ道橋(供用後の名称:落合こ道橋))、2径間連続橋のRC床版工事(芦渡橋(供用後の名称:落合橋))と合わせて受注され、品質・耐久性確保の試行工事となったため、最大限の努力がなされました。特に、4径間連続橋においては、これまでの試行工事の結果からも、ほぼ確実にRC床版にひび割れが発生すると予想され、また、壁高欄の目地から地覆部やRC床版にひび割れが進展することも予想されたので、RC床版の手引きに記されているひび割れ抑制対策よりも高度な対策を検討し、実践しました。結果的に、チャレンジしたひび割れ抑制対策は成功しました。
 本稿では、その経緯と、対策が成功した理由、今後の課題等について述べたいと思います。

2. 普代川大橋のひび割れ抑制の検討の経緯

 2019年6月ごろに、普代川大橋を含む3つの橋梁のRC床版工事を受注した西武建設のエンジニアである辻田陽一郎さんと白川順菜さんから技術的な相談を受けました。その当時、前述の耐久性確保の手引きがすでに制定されており、手引きの中のひび割れ抑制対策(図2)の策定の実務を担当した私の観点からのアドバイスは、主として以下の3点でした。

 (1) 単径間、2径間の橋梁については、2019年版の手引きの内容に従ってひび割れ抑制対策を講じ、基本事項を遵守した施工を行うので十分と思われる。これまでの試行工事でも、竣工検査までにひび割れの発生していない床版がほとんどであるからである。
 (2) 4径間連続橋については、手引きの内容に従っても、おそらくひび割れは発生するので、さらに高度なひび割れ抑制対策にチャレンジしてはいかがか?
 (3) 壁高欄の目地については、手引きの内容に改善の余地があるので、ぜひチャレンジしてほしい。

 上記の(2)についてですが、3径間以上の鋼連続桁橋でこれまでのすべての試行工事でRC床版にひび割れが発生した(ただし、0.2mm以上の補修を必要とするひび割れはRC床版には発生していないので、手引きの目標は達成できています)のは、RC床版の段階施工により生じる引張応力の影響と、鋼桁の拘束が大きくなることが理由であることは分かっていました。ですが、段階施工により生じる引張応力を低減する方策が当時の私には明確でなかったので、ひび割れ発生のリスクの高いロットにのみ、単位膨張材量を標準量の20kg/㎥から25kg/㎥に増やす提案をしました。

 普代川大橋の試行工事の中で、私が提案したひび割れ抑制対策が取り入れられるかは、発注者の理解と施工者の熱意が必要ですが、私も何度か現場に通い、元東北地方整備局の佐藤和徳さんも現場での議論で応援してくれ、西武建設の木村信貴所長を中心に、高度なひび割れ抑制対策へのチャレンジが実現しました。

3. 成功したひび割れ抑制対策

 単位膨張材量を25kg/㎥に増加することは、ひび割れ抑制の効果を高めますが、膨張による損傷により床版上面のスケーリング抵抗性が低下したり、鋼材がほとんど配置されない床版の鉛直方向の膨張の悪影響も懸念されます。これらの懸念については、事前と事後の検討を行ったので、5章で述べることにします。
 模擬床版での試験施工、単径間、2径間橋での実施工を経て、普代川大橋の床版の打込みは、2020年4月22日に開始されました。
 図2はやや複雑な図ですが、床版の段階施工の詳細が記されています。床版は9つのロットに分割されましたが、両端はジョイント付近のごく小さなロットであり、本体はロット2~ロット8までの7ロットです。ロット8がStep1で4月22日に、ロット4がStep2で5月14日に打ち込まれました。そして、このように段階施工していくことで、後で打ち込まれるコンクリートの自重により、先行して打ち込まれたロットに応力が発生します。この応力は、事前に数値シミュレーションで検討され、段階施工中に発生する引張応力をなるべく抑制し、すべてのロットの打込みが終了した後に残留する引張応力もなるべく小さくなることが、ひび割れ発生を抑制すると考えられます。

 普代川大橋の場合、事前の段階施工の数値シミュレーションの結果、最初に打ち込むロット8とStep2のロット4で引張応力が大きくなり、ひび割れ発生のリスクが高いと考え、この2つのロットに対してのみ、膨張材を25kg/m3に増加することとしました。生コンプラントで単位膨張材量を増加することは膨張材の計量や投入の手間も増え、容易な選択肢とは言えませんが、このようなコンクリートの高機能化が容易に選択できるようになっていくと魅力的に思います。

 さて、前置きが長くなりましたが、結果的に竣工検査までにRC床版にはひび割れは発生しませんでした。私は2020年8月26日に現場に行き、床版の上面と下面から観察させてもらいましたが、下面に1本、マイクロクラックを私の指導学生が発見しましたが、他の誰も気付かないようなひび割れで、実質的にひび割れは発生しなかったと言ってよいと思います。東北地整の一連の試行工事で、3径間以上の連続桁橋の床版でひび割れが発生しなかったのは初めてであり、私としても非常にうれしい結果でしたが、その理由を追求したく、指導学生と一緒に研究を続けました。その結果、段階施工の順番と打ち込むコンクリートの量の設定が上手であったことが成功の大きな要因の一つであることが分かりました。これについては4章で説明します。


 RC床版本体のひび割れ抑制には成功したと言えますが、ひび割れという観点からはもう一つ大きな課題が残っていました。図3と図4に示したのは、壁高欄の伸縮目地から床版の上面および下面にひび割れが進展している状況です。せっかく、RC床版本体のひび割れ抑制に努力をしても、壁高欄から進展するひび割れでRC床版に損傷を生じては、元も子もありません。
 2019年版の手引きでは、基本的に壁高欄には伸縮目地を設けないことにしましたが、図5に示すように連続桁橋の中間橋脚上には伸縮目地を残すものとなっていました。



 試行工事の現場で、伸縮目地から地覆、床版へ進展しているひび割れが多く見られ、地覆においては0.2mmを超えるひび割れ幅も少なくなかったため、普代川大橋では、図6に伸縮目地を配置しないように変更しました。また、伸縮目地を廃止した場合の中間橋脚上の壁高欄の鉄筋応力度も活荷重作用時の試計算を行い、鉄筋応力度が過大にならないことを確認しました。そもそも、ひび割れ誘発目地を貫通する鉄筋にはエポキシ樹脂塗装鉄筋を用いているので、この変更は適切なものだと考えています。
 2020年8月27日に、私の指導学生が普代川大橋の壁高欄のすべてのひび割れを調査しましたが、図7に示すように、わずか1本のみ、ひび割れ誘発目地からRC床版に少し進展したひび割れが見られましたが、そのひび割れ幅も0.08mmとヘアクラックと呼ぶべきものでした。その他は、発生したひび割れはすべてRC床版に進展せずに、適切に補強鉄筋が配置された地覆部で進展が止められていました。
 2020年度の手引きの改訂作業で、図6に示す目地の配置に変更されました。また、ひび割れ誘発目地の箇所の地覆部と床版の補強鉄筋の考え方も手引きに記載されていますので、参考にしてください。
 普代川大橋のRC床版と壁高欄のひび割れ抑制対策は、ほぼ完全に目的を達成できたと私は考えています。施工の基本事項の遵守が大前提であり、真摯に施工に取り組まれた西武建設のエンジニアの皆さん、作業員の皆さん、チャレンジをバックアップしてくださった発注者の皆さんに敬意を表します。この取組みから得られた知見が、改訂される手引きも通じて広く活用されることを願っています。

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