川田テクノロジーズと川田工業は、溶接技術を伝承するための技術支援を主目的とした3Dデジタル溶接マスクシステムを実用化し、1月に製品第1号を(独)高齢・障害・求職者雇用支援機構の広島職業能力開発促進センターに納入した。同社は今後も「見えづらい・見せづらい・伝わりづらい」という課題を有する溶接教育現場のDX実現に向けて、同製品を広く展開していく。
元々は熟練溶接工の視力の低下を補うために開発
熟練工の施工動画を教育を受ける生徒へ提供
同システムは、溶接マスクユニット(専用の溶接マスクにカメラモジュールとヘッドマウントディスプレイが内蔵されている)とコントロールユニットから構成されている。カメラで取得した溶接者の視野は、コントロールユニットでHDR(ハイ・ダイナミック・レンジ)処理され、溶接による激しい光が取り除かれた映像として、ヘッドマウンドディスプレイにリアルタイムで映し出される。溶接者は周辺部も含めた広範囲な領域の鮮明な映像を見ながら溶接を行うことが可能である。
溶接マスクユニットとコントロールユニットから構成(左)/溶接者(と生徒)は周辺部も含めた広範囲な領域の鮮明な映像を見ながら溶接を行うことが可能(右)
3Dデジタル溶接マスクシステムは、元々「熟練溶接工の視力の低下を補うために開発がすすめられた。溶接の腕はあるのに、溶接ができなくなるというのは会社として非常に惜しい。広い視野でかつ鮮明な画像をヘッドマウントディスプレイで奥行のある3D映像として溶接工に提供することができれば、熟練溶接工の視力の衰えを補えないかと考えた」(同社)ということだ。
溶接施工時は激しい光が生じるが、3Dデジタル溶接マスクシステムではそうした光を取り除いた状況を視認できる
一方で、実際の現場溶接において溶接線やビードラインは、溶接時の激しい光によってきわめて見えにくく、「経験と勘で品質を成り立たせている」(同)。この暗黙知を本システムで形式知化できれば、技術伝承に役立てることができるのではないかとも考え、まずは、教育用としての活用を図ることにした。ヘッドマウントディスプレイに表示される映像は外部ディスプレイを通じて、教育を受ける生徒へ動画データとして提供することができる。その動画データは熟練技術者の視野が映し出されたものであり、さらにその動画データに電流、電圧等の溶接士を支援する情報を重ねて表示することも可能である。
従来は、教師となる熟練技能者が溶接している状況を、生徒が周りから囲んで観察していた。このやり方では、教師と生徒で見ている視野が異なるため、生徒にとってはわかりにくくなっていた。同システムはコントロールユニットと接続している外部ディスプレイを通じて同じ視野の映像を大人数で共有できるため、教師-生徒間や生徒同士でも課題共有がしやすくなる。
これまでの溶接教育イメージ(左)/同システムはコントロールユニットと接続している外部ディスプレイを通じて同じ視野の映像を大人数で共有できる(右)
生徒は熟練者の溶接や自分の溶接の問題点をより具体的に理解
将来的には熟練技能者の溶接データをクラウド上に蓄積
記録した映像を後処理することにより溶接トーチの運棒(アークの軌跡)のラインや溶接池の形状および面積、電圧値や電流値などを解析し、生徒に提供することも可能である。これにより生徒は熟練者の溶接や自分の溶接の問題点をより具体的に理解できるようになる。教える側である熟練技能者にとっても、同システムを装着して溶接の練習を行った生徒の溶接映像や解析結果を見ることで、生徒の課題を把握しやすくなる。例えば、解析したデータを熟練者のデータと重ね合わせることで、運棒のラインからのずれや溶接スピードの不安定による溶接池の変化、ひいては溶接面の課題をより分かりやすく指摘できるようになる。
運棒動作評価結果
将来的には熟練技能者の溶接データをクラウド上に蓄積していくことで、様々な現場での熟練技能者の溶接の仕方をライブラリとして確保し、追体験できるようになり、生徒の学習の幅が広がる。また、成功したデータだけでなく失敗したデータや、それを再溶融などして補修したデータも蓄積することで、溶接欠陥がどのような時に出やすいか、それをどのように補修するかといった指導も行うことができるようになるかもしれない。
今後は、更に解析機能を増やすことも考えており、教育だけでなく、将来の技能者不足も見据えた現場溶接適用やロボットの遠隔監視での展開も視野に入れている。
同システムの価格はオープン。解析ソフトウェアの更新は順次行っていく方針だ。