道路構造物ジャーナルNET

塗膜剥離剤による中毒発生状況を調査

水系塗膜剥離剤工法等研究会 ベンジルアルコール中毒発生防止には塗膜剥離剤成分の吸引防止と熱中症対策の徹底が重要

水系塗膜剥離剤工法等研究会
事務局長

石井 達実

公開日:2022.08.26

 塗膜剥離剤の採用が増加するにともない、既設塗膜の剥離作業時にベンジルアルコール中毒と診断された労働災害が多発している。水系塗膜剥離剤工法等研究会では中毒発生状況の調査・分析を行い、6~9月の夏季、熱中症警戒アラート発令日の15時~17時30分という時間帯に同中毒の発生が疑いも含めて集中していることを明らかにした。中毒の発生を防ぐには熱中症対策が重要と訴える同研究会の事務局長・石井達実氏に、調査の詳細とともに熱中症対策が重要となる理由を聞いた。


左写真:塗膜剥離剤塗布作業(送気マスク装着)/右写真:既存塗膜掻き落とし作業(電動ファン付き呼吸用保護具装着)
(水系塗膜剥離剤工法等研究会提供。注釈なき場合は以下、同)

2017年以降8件の急性ベンジルアルコール中毒が発生
 研究会では塗膜剥離剤の正しい使用ルールの徹底を周知

 ――鋼橋塗替塗装時の有害物質を含有する既設塗膜の剥離作業に際して、一部例外を除き湿潤化が求められていることから塗膜剥離剤を用いた施工が数多く行われています。そのような状況の中で、剥離作業時にベンジルアルコール中毒が多発していますが、水系塗膜剥離剤工法等研究会としてどのように考えていますか
 石井 当研究会の調査によると水系塗膜剥離剤採用実績は、2018年度は約124万㎡でしたが、2021年度は約175万㎡に増加しています。それにともない、同剥離剤の主成分であるベンジルアルコールによる中毒と診断される労働災害の発生が増えてきていることも事実です。
 当研究会では、厚生労働省が発表している塗膜剥離剤の労働災害について検証し、一部については高速道路会社に情報開示請求をして事故原因の調査を行い、取り纏めをしました。それによると、2017年に初めて「急性ベンジルアルコール中毒」と診断された労働災害が発生し、2018年に1件、2020年に4件、2021年に2件、合計8件の労働災害が確認されています。


ベンジルアルコール中毒(疑い)と診断された労働災害発生状況

 水系塗膜剥離剤は引火性が低く、有害物質含有塗膜の拡散や飛散を抑制できるなどの特徴を有していますが、他の工法と同様に適切な管理と安全対策を行って施工しなければ労働災害に至ってしまうことになります。そこで研究会では、労働災害発生状況などの調査と分析を行うとともに、同剥離剤の正しい使用ルールの徹底を施工者の方々にお願いしています。
 ベンジルアルコールは適切な取り扱いを行うことで、安全に取り扱うことができる物資です。また、日本産業衛生学会が2021年度に勧告したベンジルアルコール許容濃度の定義では、「労働者が1日8時間、1週間40時間程度、肉体的に激しくない労働強度で有害物質に暴露された場合に当該有害物質の平均暴露濃度が25mg/m3以下であれば、ほとんどすべての労働者に健康上の悪い影響が見られない」とされています。この暴露濃度を遵守することはもちろんですが、ベンジルアルコールを吸引しないことが中毒の発生を防ぐことになりますので、化学防護服および呼吸用保護具の適正使用や作業者の状況を常時把握することなどが重要になると考えています。

8件のうち1件は被災者の対策装備に不備
 残り7件は6~9月に発生 2021年の事例2件は送気マスクを装着

 ――研究会が調査した事故事例とその分析について教えてください
 石井 2017年と2018年に発生したベンジルアルコール中毒では、いずれも呼吸用保護具は防毒マスクを着用していました。発生月(時刻)と気温は、2017年が8月(15時)、21℃、2018年が11月(16時30分)、16℃でした。2018年の事故については、被災者の対策装備に不備があったことを労働基準監督署から入手した是正勧告書で確認しています。
 2020年の4件のうち、1件は当該工事および発生状況が不明で、残りの3件では有毒ガス用電動ファン付き呼吸用保護具(G-PAPR)を着用していました。3件それぞれの発生月(時刻)と気温は、6月(16時30分)・24℃、8月(17時)・35℃、9月(17時30分)・31℃となっています。
 2021年の2件は、6月(15時)・28℃と7月(16時30分)・31℃という状況下で発生しており、呼吸用保護具は2件とも送気マスクを着用していました。
 これらの調査から急性ベンジルアルコール中毒は、6~9月の夏季高温時で熱中症警戒アラート発令日、15時から17時30分の時間帯に剥離作業を実施している時に多発していることが明らかになりました。また、送気マスク装着の有無にかかわらず発生しています。


急性ベンジルアルコール中毒が発生しやすい施工条件

熱中症発症により呼吸用保護具を外したことでベンジアルコールを吸引した可能性
 熱中症対策では熱順化と暑さ指数(WBGT)の把握を重視

 ――夏季高温時に急性ベンジルアルコール中毒が多発していることですが、どのような安全対策が必要ですか
 石井 通常の安全対策――つねに作業者の状況を把握できる体制を確保することや、作業環境中のベンジルアルコール濃度を低減させること、呼吸用保護具や化学防護服を適正に装着・着用すること、など――を行うことは当然ですが、夏季高温時にはそれらに加えて熱中症対策の徹底が必要であると考えています。
 剥離作業中に作業者が熱中症で体調不良となり、状況確認のために作業現場内で呼吸用保護具を外してしまうと、防護服に付着した水系塗膜剥離剤成分(ベンジアルコール)を作業者が吸引するリスクが高まります。熱中症の発症を防げば、そのリスクをなくすことができるため、熱中症対策が重要になるわけです。
 体調不良者が作業中に出た場合には、作業現場内で呼吸用保護具を外さずに救助することを研究会でも周知していますが、送気ホースを作業現場内で外さないと体調不良者を作業場外に搬出できません。その対策としては、搬送時に送気ホースを外し、送気マスクに備え付けられているろ過式の防じん防毒マスクの機能を利用することが有効です。
【参考】送気マスクの適正な使用等について(厚生労働省通知)
https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tb9667&dataType=1&pageNo=1

 研究会が熱中症対策の重要性を訴えるようになったのは、先の調査結果、なかでも2021年の労働災害発生事例に着目したからです。
 2021年6月の事例の報告書によると、事故発生の約45分前のWBGT値(下記に説明)は27℃で警戒レベルでした。塗膜剥離剤塗布作業中だった被災者は検査路上で倒れ込み、吊足場上に降ろされましたが、被災者の状況が確認できなかったことから、防護服と送気マスクを外してクリーンルームへ搬送しています(搬送時間は5分)。病院へ緊急搬送された時には脱水症状を起こしていて、医師は熱中症として処置しましたが、被災場所が塗膜剥離作業場所であったことから、ベンジルアルコール中毒の疑いもぬぐい切れないため、その疑いもありと診断されました。被災者は、現場入場3日目で、安全保護具着用による作業初日という状態でした。
 同年7月の事例においても、気温31℃、湿度65%、+11℃の補正(下記に説明)をしたWBGT値39.3℃という状況下であり、被災者の体調不良が判明した時に送気マスクを作業現場内で外しています。作業初日の被災で緊急搬送後に、6月の事例と同様にベンジルアルコール中毒の疑いあり、と診断されています。
 熱中症対策は、厚生労働省などが展開している「STOP!熱中症 クールワークキャンペーン」に網羅されていますが、研究会では、特に暑熱順化と暑さ指数(WBGT)の把握を重視しています。先の2例のように暑熱順化が不足していれば熱中症の発症リスクが高まりますし、WBGT値を把握することで適切な対応を取れるようになるからです。
 WBGTは熱中症予防を目的に1954年にアメリカで提案された指標で、気温・湿度・輻射熱の3つを取り入れたものとなります(単位は気温と同じ「℃」)。日本では、2021年に環境省と気象庁が暑さ指数の予測にもとづいた「熱中症警戒アラート」の運用を全国で開始しています。日本生気象学会「日常生活における熱中症予防指針Ver.3」では、WBGT値が25℃未満は「注意」、25℃~27℃は「警戒」、28℃~30℃は「厳重警戒」、31℃以上は「危険」としています。


暑さ指数(WBGT)による基準(政府広報オンラインより)

 フードつき単層の不透湿つなぎ服(化学防護服など)着用時は、WBGT値に+11℃の補正をする必要が示されていることから、剥離作業時の各レベルの指数はより厳しいものとなります。そのため、防護服内部の温度を下げることができる「クーレット」や「パーソナルクーラー」といった熱中症対策用品を装備するべきであると考えています。


現場には熱中症注意喚起の看板が設置されているが……炎天下で休憩する作業員

 ――今までのお話を聞いていますと、労働災害はベンジルアルコールなどによる中毒症というよりは熱中症の先行発症により、保護具などを外した結果の吸引の可能性が高いですね
 石井 そう思います。今までお話してきましたように、塗膜剥離剤使用時の労働災害は、6~9月という夏季の熱中症警戒アラートの発令日、15時~17時30分という時間帯に集中しています。翻って鑑みれば、その時期以外には、塗膜剥離剤を使用していても、中毒症の疑いのある発症は起きていないわけです。
 以上のことから保護具の適切な着用、熱中症対策を適切に行うこと、熱中症が起きても、保護具を外さないようにして場外に搬出した上で保護具を外すことを徹底すれば、中毒症による症状の悪化は防げるであろうと確信しています。施工の時期を工夫する。でなければ熱中症対策を適切に実施することが、中毒症も含め労働災害を減らすことに寄与すると思います。


水系塗膜剥離剤工法等研究会の注意喚起リーフレット

措置義務対象の化学物質を約2,900物質に順次拡大
 化学物質管理者、保護具着用管理責任者の選任を義務付け

 ――昨年7月には厚生労働省が化学物質規制体系の見直しを公表しましたが、その具体的な内容と研究会がどのように考えているか、教えてください
 石井 現在の化学物質規制体系は「特定の化学物質に対する個別具体的な規則」となっていますが、「危険物・有害性が確認された全ての物質に対して、国が定める管理基準の達成を求め、達成のための手段は限定しない方式」に転換されます。現在、ラベル表示やSDS(安全データシート)交付による危険性や有害性情報の伝達義務と、その情報等に基づくリスクアセスメントの実施義務の対象となっている物質は、ベンジルアルコールを含めて約700物質ありますが、この対象が約2,900物質に順次拡大されます。そして、これらの物質に対して、企業が自律的な管理を行っていくことが原則となります。



化学物質規制体系の概要。上段が現在の化学物質規制の仕組み、下段が見直し後の化学物質規制の仕組み
(厚生労働省HPより)

 その自律的な管理を実施するために、規制対象化学物質を取り扱う企業に「化学物質管理者」の選任が義務化されます。さらに、化学物質管理者を選任した企業で暴露防止のために保護具を使用する場合は「保護具着用管理責任者」の選任も義務付けられました。これは、業種、企業規模に関係なく適用され、2024年4月から施工される予定です。
 先に話したように、水系塗膜剥離剤の主成分のベンジルアルコールは、法令での規制対象物質にはなっていませんが、2021年1月から「ラベル表示・SDS交付・リスクアセスメント」の対象物質となっています。会員社がその義務を厳守していることはもちろん、施工会社にもその注意喚起を行っています。
 ――化学物質管理者と保護具着用管理責任者については水系塗膜?離剤工法等研究会としてどのような対応・運用が必要なのか、会員社および施工会社での義務化による問題点はあるのか、これまでの安全対策への影響について、お教えください
 石井 特に研究会として大きな変更はありません。化学物質管理者と保護具着用管理責任者の配置については、以前から各メーカーとも行っています。施工業者も両者の配置は行っています。必要なのはこうした監督者を配置するだけでなく、それが有効に働くようにすることだと思います。研究会としても、施工する作業者の安全のため、必要なことはどんどん発信していきたいですし、求められれば助言も行っていきたいと考えています。
 ――ありがとうございました

【水系塗膜剥離剤工法等研究会】正会員
山一化学工業株式会社/三彩化工株式会社/好川産業株式会社/JFEエンジニアリング株式会社/株式会社ソーラー/大伸化学株式会社/三協化学株式会社/株式会社ネオス/菊水化学工業株式会社

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