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布施武雄労働衛生専門官(埼玉労働局)の説明と質疑内容

埼玉県鉄構業協同組合「溶接ヒューム」規制説明会

公開日:2021.01.01

 2021年4月1日に施行・適用される労働安全衛生法施行令、特定化学物質障害予防規則(特化則)等の改正で『溶接ヒューム』が特定化学物質(第2類物質)に指定され、ファブ(金属アーク溶接等作業を継続して屋内作業場で行う事業者)の各工場においても溶接作業従事者の健康障害を防ぐための各種対応・措置が義務付けられる。なお、溶接ヒュームの濃度測定、呼吸用保護具選択・使用及び特定化学物質作業主任者の選任については、2022年4月1日に施行される。
 その改正のポイントを正しく理解し、組合員の適切な対応につなげるべく埼玉県鉄構業協同組合は10月7、21日の2回にわたり、埼玉労働局労働基準部健康安全課の布施武雄労働衛生専門官を講師に招き、説明会を開催した。その概要と、引き続き行われた質疑応答の内容を紹介する。

特定化学物質指定の背景

 今回の政省令・告示の改正は、溶接ヒュームが労働者に神経障害等を及ぼす恐れがあることが明らかになったことによる。医学的知見でその所以はマンガンだといわれている。マンガンそのものはこれまでも「マンガン及びその化合物」として特定化学物質に指定されていたが、このたび溶接ヒュームが独立して追加された。
「化学物質による労働者の健康障害防止措置に係る検討会報告書」によると、溶接ヒュームのなかには多量・高濃度の酸化マンガンが含まれており、そのマンガンの健康への影響については「マンガンの累積ばく露指標と神経機能作用の間に統計的に有意なばく露反応関係がある」とする報告もあるとされている。具体的症状としては震え、感覚障害、著しい疲労感、不眠、性不能、幻覚、鬱、不安などが挙げられている。
 さらに溶接ヒュームは肺がんのリスクも指摘されており、2017年に国際がん研究機関(IARC)が、溶接ヒュームをグループ1(=がんが発生する)『ヒトに対する発がん性がある』に分類している。一方でマンガンは医学的知見で発がん性はないとされる。これにより検討会報告書は「溶接ヒューム」と「マンガン及びその化合物」の毒性や健康影響は異なる可能性が高いことから、「溶接ヒューム」を独立した特定化学物質として位置付けることが妥当としたものである。
 なお、溶接ヒュームは疫学的研究により発がん性があることが示されたが、原因物質を含めた発生の機序はまだ特定されておらず、今後、医学的知見を積み重ねて対応が図られていくと考えられる。

作業環境測定と局所排気装置の設置は義務付けない

 労働衛生管理の基本に①作業環境管理②作業管理③健康管理――の『労働衛生の3管理』がある。①は作業環境測定やその結果に基づく改善などにより「有害要因を環境中にださない」、②は作業時間、作業量、作業手順・方法等のコントロールや保護具の適正な使用などで「有害要因のある環境での作業を減らす」、③は健康診断や健診結果に基づいた事後措置、保健指導等により「健康障害の未然防止・早期発見」――を図るというものである。
 溶接ヒュームも特定化学物質に指定されたが、他の物質に対する「3管理」と異なり、作業環境測定の実施・評価、局所排気装置の設置を義務付けていない。
 その大きな理由は、溶接作業現場においては品質確保のため風量制限が設けられていることにある。作業環境測定が義務付けられた場合、有害物質の濃度を一定以下にするため、局所排気装置等を設けて屋内の有害因子を吸い込み、屋外に出すなどの対応が必要となる。その際の制御風速は大臣告示で定められており、粒子状のものについては1.0m/秒以上となっている。このため、溶接ヒュームに対して作業環境測定を義務付けると、局所排気装置の制御風速によって溶接に不良が生じる可能性があることなどから、作業環境測定の実施及びその結果に基づく管理区分の決定を義務付けないことになったのである。また、そもそも金属アーク溶接は作業箇所が一定しないことが通常であり、局所排気装置の設置など有効な発生源対策が困難であることも理由のひとつに挙げられる。


説明会の模様

ファブに求められる対応

 作業環境測定等が義務付けられなかった一方、金属アーク溶接等作業を継続して屋内作業場で行う事業者に対しては、事業場の状況に応じた対策を促すため、規制が設けられた。
 その概要は、①全体換気装置②労働者の身体に装着する試料採取機器等を用いて空気中の溶接ヒュームの濃度を測定③濃度の測定結果に応じ換気装置の風量の増加④風量の増加の措置を講じたときは空気中の濃度の測定⑤金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、溶接ヒュームの濃度測定の結果に応じた有効な呼吸用保護具を使用させる⑥呼吸用保護具について1年以内ごとに1回適切に使用させているか確認(フィットテスト)し、その結果を3年間保存する⑦特定化学物質健康診断の実施⑧特定化学物質作業主任者の選任――である。
 ①~⑤を簡単に解説すると、まずは全体換気装置による換気を実施した状態で空気中の溶接ヒュームの濃度測定を行い、その結果が基準値である0.05mg/m3を上回った場合は、各事業場の作業に差し支えない範囲で換気風量の増加等を試みる。その状態で再度濃度測定を実施し、その結果に応じて有効な呼吸用保護具を選択して労働者に使用させる、という流れになる。
 溶接ヒュームの濃度測定は、個人ばく露測定により実施する。測定対象者の顔の前面、できるだけ口に近いところにサンプラーをつけて濃度を測定する。その結果得られたマンガン濃度の最大値を用いて計算式により「要求防護係数」を算定し、それを上回る「指定防護係数」を有する呼吸保護具を選択して労働者に使用させる。ただし、溶接方法が変更されたり、溶接材料、母材や溶接作業場所の変更が溶接ヒュームの濃度に大きな影響を与える場合は、再度前述の措置を講じる必要がある。
 特定化学物質作業主任者は『特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習』を修了した者の中から選任し、①作業に従事する労働者が対象物に汚染され、吸入しないように、作業の方法を決定し、労働者を指揮する②全体換気装置その他労働者が健康障害を受けることを予防するための装置を1カ月を超えない期間ごとに点検する③保護具の使用状況を監視する――の職務を行わせる。この作業主任者は、工場が複数ある場合は各工場に、2交代・3交代制を採っている工場では、シフトごとに作業主任者を置く必要がある。
 また特殊健康診断は、金属アーク溶接等作業に常時従事する労働者に対し、6カ月以内ごとに1回実施することになる。ファブ業界ではこれまで定期健康診断とじん肺健康診断を行ってきたが、そこにもうひとつ健診が加わることになる。同健診はあくまでもマンガンおよびその化合物に沿った神経障害の発見を目的とするものであり、がんを発見するためのものではない。
 その他必要な措置として、「安全衛生教育」、「ぼろ等の処理」、「不浸透性の床の設置」、「立入禁止措置」、「運搬貯蔵時の容器等の使用等」、「休憩室の設置」、「洗浄設備の設置」、「喫煙または飲食の禁止」、「有効な呼吸用保護具の備え付け等」があるが、これらは溶接ヒュームに限らず、従来から特定化学物質に対して求められてきたものである。
 なお、溶接ヒュームの濃度測定および呼吸用保護具の使用等、特定化学物質作業主任者の選任については、2022年3月31日まで経過措置期間が設けられている。

質疑応答

Q 「燃焼ガス、レーザビーム等を熱源とする溶接、溶断、ガウジングは規制対象に含まれない」とありますが、プラズマ酸素切断機は対象となりますか。
A プラズマアーク溶接も規制対象となっているので、溶断についても対象となります。
Q 弊社工場には動力による全体換気装置の類は一切ないのですが、新たに設置する必要はありますか。
A あります。ただし性能は規定していません。
Q 弊社工場に換気扇はついているのですが、それを全体換気装置と捉えてよろしいでしょうか。
A 実際に見てみないと分かりませんが、工場全体を換気できていると判断できる程度のものであれば問題ないと思います。
Q 作業環境測定を義務付けないとのことですが、これは従来粉じん障害防止規則で6カ月以内ごとに求められてきた作業環境測定もしなくて良いということですか。
A 違います。今回の決定はあくまで溶接ヒュームに限ったもので、粉じんについては引き続き行ってもらう必要があります。
Q 溶接ヒュームの濃度測定は、労働局に登録した測定機関に依頼しなければならないのでしょうか。
A 「個人ばく露判定は、第1種作業環境測定士、作業環境測定機関などの、当該測定について十分な知識・経験を有する者により実施されるべきもの」とされていますので、第1種作業環境測定士がいる会社であればサンプラー等の試料採取機器を購入して、自社で測定することも可能です。ただし、この測定や分析に関しては非常に事細かな定めがあり、専門外の企業が対応するのは難しいと思われます。作業環境測定機関に依頼するのが賢明かと思われます。
Q 法施行に伴い作業環境測定機関に依頼が殺到し、予約が取れない事態が生じる可能性はありませんか。
A 作業環境測定機関は労働局に登録しなければならず、その一覧が埼玉労働局ホームページに掲載されています(一部、機関側の希望により非掲載あり)。そのすべてが特定化学物質を測定対象としている訳ではありませんが、機関数は決して少なくありません(2019年11月15日現在の掲載登録機関数30、うち特定化学物質対象22=埼玉労働局HPより)。また万一、県内で予約が取れない場合は、県外の機関に依頼することもできます。
Q 個人ばく露測定の対象者および人数を教えてください。
A 金属アーク溶接等作業に従事する労働者で、ばく露される溶接ヒュームの量がほぼ均一であると見込まれる作業ごとに、それぞれ2人以上となっています。
Q 厚労省のリーフレットの「溶接ヒュームの測定、その結果に基づく呼吸用保護具の使用及びフィットテストの実施等」のなかに『当該作業の方法を新たに採用し、または変更しようとするときは、以下(表題)の措置を講じることが必要である』とあります。弊社は従来から行っている溶接作業を今後も継続して行う予定ですが、その場合も措置を講じる必要はあるのでしょうか。
A 今回初めて法が施行されるので、法施行前から行っている作業に変更がなくても措置を講じる必要があります。2021年4月1日から2022年3月31日までの間に、必ず1回は濃度測定をはじめとする表題の措置を行って下さい。
Q 前質問の「当該作業を変更しようとするとき」の注釈として「溶接材料、母材や溶接作業場所の変更が溶接ヒュームの濃度に大きな影響を与える場合」とあります。われわれファブが扱う溶接材料、母材は多岐にわたるのですが、どの程度のものを『変更』と捉えれば良いでしょうか。
A 現時点では記載の通り、溶接ヒュームの濃度に大きな影響を与え、呼吸用保護具の選定に関わる要求保護係数が大きく変わる可能性がある場合、としかお答えすることができません。
Q 特定化学物質作業主任者に人数の記載がないのですが、シフト制の企業を除き、各工場1人ということで良いのでしょうか。病欠等を考慮して、あらかじめ正副の2人を選任しておく必要はありますか。
A 2人以上にするという決まりはありませんが、作業主任者が休んだ場合は誰かがその職務を行わなければなりません。そしてその職務に当たれるのは、特定化学物質及び四アルキル鉛等作業主任者技能講習を修了した『作業主任者』であることをご理解ください。
Q 今回の改正に伴い新たに求められる健康診断や資格の取得に対する助成制度はありますか。
A 今のところありません。
Q その他必要な措置のなかで「作業場所の床は、不浸透性のもの(コンクリート、鉄板等)にする」とあり、ある業者から「その床を水洗い等で1日1回以上清掃しなければならない」と聞きましたが、それは本当ですか。
A 本当です。「金属アーク溶接等作業に労働者を従事させるときは、当該作業を行う屋内作業場の床等を、水洗等によって容易に掃除できる構造のものとし、水洗等粉じんの飛散しない方法によって、毎日1回以上掃除すること」が義務付けられています。
Q 前質問に関連し、ファブは鉄を扱うので出来るだけ工場内を水で濡らしたくないのですが、水洗の代替方法はありますか。
A 超高性能(HEPA)フィルター付きの真空掃除機による清掃が可能です。ただし当該真空掃除機を用いる際には、粉じんの再飛散に注意する必要があります。
Q その他必要な措置に「洗浄設備の設置」とあり、そのなかに「洗濯のための設備」と記載されています。これは各労働者が家で作業着を洗濯してはいけないということなのでしょうか。
A 家に持って帰ってはいけないということはありません。設備を設けて極力そこで洗ってくださいという解釈で良いと思います。
Q 当鉄構会館の1階は溶接検定の試験場になっていて、不特定多数の人が来て溶接(試験)を行います。その場合も今回の措置の対象になるのでしょうか。
A 対象になります。試験場であるから除外するという話は今のところありません。
Q これらの対応・措置に関して報告義務はあるのですか。
A 特定化学物質健康診断結果報告書を所轄労働基準監督署に提出してもらう以外に報告義務はありません。
(2021年1月1日掲載、『週刊鋼構造ジャーナル』2020年11月16日号より転載)

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