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現場を巡る詳細

広島県 広島市、東広島市、竹原市、三原市

平成30年7月豪雨 被災現場を巡る①

 6月28~7月8日にかけて、西日本を中心に北海道や中部などを広範囲に襲った平成30年7月豪雨は、各地に甚大な被害をもたらした。7月26日時点で死者は219人が確認された。JR山陽本線、呉線、芸備線、福塩線なども一部区間が不通で、高速道路も一時は山陽自動車道などがその機能を一時止め(7月15日復旧)、現在も中国道および高知道の一部で対面通行規制が続いている。また、広島呉道路は未だ復旧が成されていない(11月見込)。本サイトでは7月25、26日の両日、最も被害が大きかった地域の一つである広島県内のうち、広島市、東広島市、三原市、竹原市、呉市の橋梁被災を中心に取材した。(文・写真:井手迫瑞樹)


広島県内の橋梁被災状況(2018年7月18~27日に道路構造物ジャーナルNET、電話聞き取り)

 7月26日現在で広島県内の豪雨災害による死者は109人に達している。橋梁被災も県全体で確認されているだけで90橋近くに達し、斜面崩壊箇所は7,000箇所以上におよんでいる。7月26日現在で全面通行止め路線は114区間、片側通行規制区間は70箇所におよび、主要道路でも前述の広島呉道路や国道375号、呉環状線などが一部不通となっている。県内では呉市の野呂川ダム雨量観測局で7月3日~8日までの累積雨量が676mmに達したほか、同市の警固屋雨量観測局でも同654mm、東広島市の黒瀬町雨量観測局でも同511mmに達するなど、僅か6日間で7月の最大月間降水量に匹敵する過去最大規模の豪雨を記録した。しかし、この雨量は高知県などに比べると少なく、広島県はもう一つの要因が斜面崩壊などを引き起こしたように思える。それは水に弱い真砂土の存在である。現場を歩くと、ほとんどの場所で、砂浜と見まごう白い砂に遭遇した。

 真砂土は特に水に弱い性質を有する。花崗岩の表層が比較的短時間の風化進行によって完全な土砂化をしているもので、特に粗粒花崗岩は、粘土の流出によって、土砂化した際にさらさらの砂質土となり粘着力成分を失うため流水によって侵食崩壊しやすくなることが知られており、これが広島県でも起きた可能性が強い。

 もう一つは橋梁の河積阻害である。今回の豪雨災害において橋梁は被災者であると同時に加害者でもある。スパンの短い橋梁に流木や土砂が引っかかりダム化して周囲に溢水し家屋に損害を与えた。こうした痕跡や証言が取材中に多くの個所で得られた。この気候変動によって常態化する豪雨に直面している日本において、河積阻害する橋梁を既存不適格のまま残置していることは、無作為の責任放棄ではないか、とすら感じる。国は強力なリーダーシップをとって、法律を定め、予算を措置し、既存不適格の橋梁を整理し、必要な橋梁は架け替え、不必要な橋梁は撤去する、こうしたトリアージを行わなければ、同じ被災がまた起きるだろう。否、繰り返されているといいたい。

 最後に流木、土砂……、河川上流域の川幅の狭い箇所はもちろん、橋脚が河積阻害を引き起こしている箇所ではこうした水に流された木や土砂が護岸を壊し、橋に引っかかって冠水を引き起こし、被害の拡大を引き起こしていた。昨年の九州北部豪雨と同じ状況である。記者は、平成21年の佐用水害からこうした現場を取材しているが、山の崩壊による水害の拡大はいよいよ深刻さを増してきたように思える。土木による対応はもちろんだが、山林の手入れをしなくては上・中流域の市民の安全は保てまい。当時と同じことを書く。コンパクトシティなど宣うまでもなく現実に住めなくなる。本当にこれで良いのだろうか?



1.広島市-①

 取材ではありがたいことに、計測リサーチコンサルタントの岡本卓慈社長に連絡が取れ、同地に詳しい同氏とともに現場を巡ることができた。取材がスムーズに運んだのは岡本氏の力に拠るところが非常に大きい。この場を借りてお礼する。また、一般社団法人ツタワルドボクの代表理事で特殊高所技術の執行役員でもある片山英資さんに同行していただいた。呉市での取材が効率的に行えたのは同氏のおかげである。この場を借りてお礼する。

 25日はまず、最も大きな被害を被った地域の一つである安佐北区の三篠川に架かる橋梁の視察から始めた。JR芸備線の橋梁と並行して走る鳥声橋は右岸側2径間が流失していた。


鳥声橋、真砂土が堆積していた


鳥声橋 落橋部を上流(左)、下流(右)から望む


 橋脚が洗掘によるものだろうか、周囲に比べて大幅に沈下していることが見て取れる。桁は折れ曲がり、土砂や流木の影響により落下したのだろうか。右岸側護岸も大きく削られ、土砂や流木が右岸側P1に引っかかっている。落ちた桁は同橋とJRの橋梁との間にあった。JRの鉄橋は、流木は引っかかっているものの損害を受けた痕跡はない。鳥声橋が守ったのだろうか。ここで左岸にある大量の白い砂(真砂土)に気が付いた。


鳥声橋 落橋部をクローズアップ(左)、流失した桁の一部(右)


下流にかかる鉄道橋


 次に訪れたのが西中橋である、歴史を感じさせる瀟洒な鋼吊橋(歩道橋)で床版は木製のこの橋は、右岸側の橋台が無くなっていた。それを要因としてクリアランスが下がり、土砂流木が引っかかり、桁が吊部材から引きちぎられ、落橋したのだろう。木床版を見るとまだまだ使える。惜しい。


西中橋 右岸の橋台が抉られタワーが落ちていた


西中橋 流れた桁は左岸に横たわっていた。木床版は未だ健全、惜しい


 3番目に訪れたのが、JR芸備線の第一三篠川橋りょうの落橋現場である。ここは4径間流失し、右岸側の無筋橋脚が2基倒壊していた。在来線とは言えこのRC橋脚が持ち、無筋橋脚が倒壊している状況を鑑みれば、河川部における橋脚の補強は必須ではないのか。九州北部(昨年だけでなく、平成24年度も含めて)水害でも感じたが、在来線保護のためにも地域の振興のためにも、橋脚の補強は必須だ。ここにも強力な予算措置を講じるべきだ。よもや廃線を積極的に望んでいるわけではなかろう。


第一三篠川橋りょう 鉄筋があればあるいは・・・・・


第一三篠川橋りょう RC橋脚は健在なのだ


 4番目に訪れた、三日市橋は、3径間連続鋼鈑桁橋だ。この橋は適切なスパン長であるためか損傷はない。高欄上には光ファイバーなどのライフラインが繋げられ、対岸との間を渡していた。橋が生き残ることはただ歩ける、車が走れるというだけではない。ありがたみが分かる。


三日市橋 橋があるだけで通行できる、ライフラインを繋げられる

 しかし、その上流の市明橋では中間橋脚が1基沈下し、それに従って上部工が折れていた。



市明橋 橋脚が沈下している

 そのさらに上流に位置する高瀬橋は、左岸側の橋脚が1基、洗掘によって2、30cm沈下し、それに従って桁も下がっていた。同橋の桁(RC版桁か?)は少し変わっており、桁を切り欠いて橋脚の上にはめ込むように載せている。桁はフランジとウエブの境目付近に、橋脚はちょうど桁の下端付近にひび割れが走っていた。



高瀬橋 橋脚が沈下し、桁や橋脚にひび割れが走っている


高瀬橋 下フランジの位置にひび割れが・・・・・・


 次いで、JR芸備線のいわゆる勝手踏切を超えて、その桁下の道を通り、対岸に繋がる箇所に架かる大寺橋は左岸側3径間が流失していた。


大寺橋 対岸の桁も橋脚も無い


 次いで向かった迫田橋(鋼2径間トラス橋、歩道橋か?)は右岸側の橋台が崩壊し、上部工1径間が流失していた。同地は湾曲している右岸が広範囲に削られており、当時の水流や土砂の激しさが垣間見えた。


迫田橋 右岸側の径間を流失、右岸は広範囲に削られている


迫田橋の損傷状況 


 轟橋は左岸側の橋脚1乃至2基が倒壊し、上部工2ないし3径間が流失していた。同橋の橋脚は左右の2本の柱を上下2本のコンクリート梁で繋げる構造だが、今回その梁が柱の内側の根元部分から折れて弱くなり、最終的に倒壊していることが窺えた。


轟橋 左岸側が流失


轟橋 橋脚の横梁が折れている


 八幡橋は左岸側の橋台近くが洗掘されていた。また安佐北区抱岩の集落から狩小川小学校に通う過程に架かる抱岩歩道橋は橋脚が傾斜していた。


八幡橋 橋台の洗掘


抱岩歩道橋 橋脚が少し傾いている


 ここまでで既に汗が滴り落ち、ペットボトルを3本も消費している。気温は36度に上昇、クーラーの利いた車で移動している我々でさえこれだ。ボランティアで働いている方々を見ると自然に頭が下がる。