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シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊳

「山口県のコンクリート施工記録をAI(機械学習)で分析した研究」

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授
細田 暁 氏

1. はじめに

 私は、山口県のひび割れ抑制・品質確保システムに始まり、東北での品質・耐久性確保システムに関わるようになってから、実際の構造物を題材にした研究テーマを設定し、指導する学生と一緒に研究に取り組んできました。今回は、その一つである、山口県のコンクリート施工記録のデータベースをニューラルネットワークによる機械学習で分析した研究の概要を紹介したいと思います。

 山口県のデータベースの意義については、これまでもシステム構築の主導者である二宮純博士らと議論を重ねてきました。これまでの議論で明らかとなってきた意義については、2章と3章で紹介します。

 機械学習を使って山口県のデータベースを分析しようと思った理由がいくつかあります。AIは今後の人類の社会に不可欠な技術となるでしょう。現在、研究室を共同で運営している前川宏一教授の研究の中にもAIを使ったものがあり、研究室ゼミ等でときどきAIとの付き合い方などについての解説を聴く機会がありました。土木技術者はAIを上手に使いこなす必要があると思っていますが、やはりAIを使った研究に実際に取り組んでみて、本質が何なのかを体感してみたい、というのが最も大きな理由でした。何事も、実践してから、というのが私の信条です。

 もう一つの理由は、マスコンクリートの温度ひび割れのひび割れ幅を予測することが非常に難しいことでした。特に山口県の橋台のように鉄筋比の比較的小さい条件においては、ひび割れの分散の仕方によってもひび割れ幅は大きく変化するため、JCIや土木学会の規準類で示されている有限要素法によるひび割れ指数を用いた最大ひび割れ幅の予測手法の精度は高くない、と以前から考えていました。最初は、学会の予測手法の延長線上で改善することを考えていましたが、良い手法が思いつかず、機械学習で実構造物の「最大ひび割れ幅」を予測する研究を開始することにしました。

 本稿では、山口県のコンクリート施工記録のデータベースの意義を改めて述べた後に、機械学習による研究の概要と、その研究を通して私がAIとの付き合い方について感じたことを述べます。


2. 山口県の品質確保システムにおけるコンクリート施工記録のデータベースの意義

 山口県がコンクリート構造物の初期ひび割れの抑制を目的として、2005年から実構造物での試行工事を開始し、2007年からひび割れ抑制システムの運用を開始し、現在に至っています1)、 2)。初期ひび割れとは、竣工検査までの施工時に生じるひび割れであり、施工の基本事項の遵守をした上で、貫通ひび割れについては0.15mm未満とすることを目指したシステムです。有害なひび割れの抑制のみならず、表層品質の向上が認められたことから、2014年からひび割れ抑制も含む品質確保システムへと移行しています1)、 3)。 

 

 山口県のシステムにおいては、構造物のコンクリート施工記録はデータベースとして公開されています。コンクリート施工記録は所定のフォーマットに、構造物の情報、コンクリートの施工に関する情報、すべての構造物ではないものの部材中のコンクリート温度の履歴、ひび割れ発生状況等が記録されています。施工者が記入した施工記録は、山口県建設技術センターに提出され、センターでデータのチェックがなされ、必要に応じて修正作業を経た上でデータベース上に格納されています。

 図1は、二宮純博士が作成した図で、山口県のような地方自治体におけるデータベースの意義を図示したものです1)。一般的に、山口県の発注する工事では、例えば国土交通省等の発注する工事に比べて、施工実績の比較的少ない建設会社が施工する場合が少なくなく、ひび割れ抑制対策や施工計画を立案するための保有データも十分でない場合がほとんどかと思います。山口システムは、そのような状況において、他社のデータも共有財産として活用できるシステムを構築した、とも言えます。自社のものではないデータを使うので、データベースを活用した設計や施工がなされるためには、データの質と信頼性が鍵となります。コンクリート構造物のひび割れは、当然ながら施工の良否に大きな影響を受けます。そこで、施工状況把握チェックシート等を活用した施工の基本事項の遵守が達成される仕組みを構築しました。また、データの入力には人為的なミスが付き物であるため、建設技術センターがデータをチェックする仕組みとしました。私は、データベース上に施工会社の名前とともに、構造物のひび割れ状況が公開されるという仕組みは、人間学的な観点からも、施工の基本事項の遵守を促す効果があると考えています。


3. データベースの活用による生産性の向上

 図2に、山口システムの構成を示しました。橋台のたて壁等のマスコンクリートにおいては、本来は設計段階で温度ひび割れの照査を行うことになっていますが、地方自治体の発注する構造物で一般に実施されている状況とは言えないでしょう。しかし、山口県では、施工の基本事項の遵守を前提とした施工記録が蓄積され、それらの分析に基づく規準書であるコンクリート構造物品質確保ガイドの改訂をこまめに重ね、毎年の講習会で情報発信をしてきたこともあり、設計段階・施工段階で温度応力解析を用いない温度ひび割れ照査とひび割れ抑制対策が実施されるようになってきています。

 温度応力解析は有意義な技術だと私も思っており、研究にも活用しておりますが、鉄筋比の比較的小さい構造物の「ひび割れ幅」を精度良く予測できるレベルには至っていないと思っています。しかし、数値解析によるひび割れ幅予測は実務で多用されており、実構造物で採用されるひび割れ抑制対策に大きな影響を及ぼしています。現状の有限要素法の数値解析によるひび割れ幅の計算値(ひび割れ指数と鉄筋比の関数)は、特に橋台たて壁の配力方向の鉄筋比の程度の小さい鉄筋比の領域において、過剰に安全側な結果が得られる場合が多いことが私たちの研究でも明らかになっています3)。その場合、ひび割れ幅を制限値に収まるようにするため、不必要なひび割れ幅抑制対策が採られることにつながると思われます。

 山口システムでは、温度応力解析を用いなくても、実構造物のデータベースを活用して合理的にかつ高い確実性でひび割れ抑制を実践できる仕組みが構築されており、生産性向上の効果もあり、多くの関係者の技術力向上にも寄与しているとも言えます。