道路構造物ジャーナルNET

シリーズ「コンクリート構造物の品質確保物語」㊱

品質確保と教育

横浜国立大学
大学院 都市イノベーション研究院
教授

細田 暁

公開日:2020.04.16

1. はじめに

 第33回の原稿「品質確保と講習会」は、2019年9月にチェコに出張したときに書き始めました。出張では、自分の身を普段の場所から遠く離れた場所に置くので、自分自身の精神も日常から「独立」し、いろいろと考えることが多くなります。
 今回、第36回の原稿は、実は、2019年11月11日の中国の武漢からの帰りの機内で執筆を始めていました。世界で3番目の長さを誇る長江の中流にある武漢と、武漢より上流の、有名な三峡ダムを有する宜昌を視察する出張でしたが、非常に多くのことを感じる出張でした。今回の原稿は、以前から書こうと思っていたテーマでして、「品質確保と教育」というテーマにさせていただきました。結局、原稿が完成しないまま、慌ただしい年末に突入し、連載の第34回「養生と品質確保 ―橋梁下部工のスケーリング抵抗性―」、第35回「桑折高架橋の高耐久床版はなぜ実現できたのか」が掲載されている間に、気が付けばコロナ騒動が大変な状況となっていました。現在、日本や世界の社会は、新型コロナウイルスの影響で大変な混乱に陥ってしまっています。私自身も、執筆意欲を失ってしまっていましたが、編集者の井手迫さんに背中を押していただき、原稿の執筆を再開させていただきました。
 2019年11月上旬の武漢と宜昌の出張では、中国の圧倒的なインフラ整備と経済成長を目の当たりにし、それと比べた我が国の異常とも思える頑迷な緊縮財政による情けない衰退、縮小状況に思いが至り、ため息が出る思いでした。  品質確保、教育、経済成長、というキーワードや、少子高齢化、安全保障、エネルギー、資源、福祉、技術、科学、国際、持続可能性、哲学、等々のキーワードはすべて、私の中では一つの文脈でつながっています。編集者の井手迫さんや、読者の皆様のお許しを得られる範囲で、本連載にこれらの切り口も取り込んでいければと思っております。
 品質確保、耐久性確保の技術的な内容についても、まだまだ記していくべきことがありますので、もうしばらくのお付き合いをよろしくお願いいたします。

2. 教育の重要性 その1:教育とは「無限の尊敬」

 「教育」という営みを職業とする私ですが、この章の目的である「教育の重要性」について述べるに当たって、二つのエピソードを紹介させてください。なお、私は職業的な立場から教育の重要性をこの章で述べますが、本来的に、教育とは人間誰しもが行う、生存のための行為であることを申し添えておきます。
 1つ目のエピソードとして、私の好きな哲学者の内田樹(たつる)先生の教育に対するお考えを、私が咀嚼した内容として示します。教育の目的とは、私たちの社会を続けていくための、言い換えれば、私たちが生きていくための必須の行為です。教わる側は、社会を構成するフルメンバーになるための養成を受けており、次世代、次々世代のフルメンバーがきちんと育たないと、私たちの文明社会は存続できません。社会的な生き物として生きていくために最重要不可欠な行為が「教育」なのです。
 内田先生が、「文系学部解体」を執筆された室井尚教授(横浜国立大学、現在は名誉教授)のコーディネートで2016年6月16日に横浜国立大学に来られ、衰退の一途をたどる大学のあり方について対談をされました(写真1)(編注:詳細は『週刊読書人』2016年7月15日号および7月22日号に掲載)。その中で、「教育と場」の重要性についても語られました。私を含むすべての方々が教育の恩恵にあずかっているわけですが、それは先生方から直接いただいた教えに留まりません。学校や大学を卒業した後も、例えば大学のキャンパスに戻ってくるだけで、そこで当時に教わった大事な生きるための哲学をふと思い出したり、恩師や大切な生涯の親友たちのことを思い出したりと、「場」が教育の本質的な効果に及ぼす影響は図り知れません。教育とは、何年、何十年、もしかすると何百年にも渡る、時間と空間の中での営みであり、その中で無数の人が連関し合ってより良い社会を紡いでいくための装置なのだろうと思います。下手な教育改革などあってはならない所以であります。

 
写真1 横浜国立大学で大学教育について対談される内田樹先生と室井尚先生

 内田先生は、教育の本質を「無限の尊敬」と言われました。私にも師匠がいます。多くの師匠がいますが、話を簡単にするために、博士論文の指導をしていただいた、東京大学生産技術研究所の岸利治先生を、このストーリーにおける私の唯一の師匠とさせていただきます。私は、師匠である岸利治先生を尊敬しています。その岸先生は、師匠である前川宏一先生を尊敬しておられ、師匠を尊敬する岸先生の姿を私は憧れのまなざしで見ています。そして、前川宏一先生は師匠の岡村甫先生を尊敬しています。ずっとさかのぼっていくと、その尊敬のまなざしは、廣井勇先生にまで到達します。教育とは、教える側と教わる側の信頼関係が無いと成り立ちません。この無限に続く尊敬を、最前線で教わる学び手たちが感じるからこそ、真の教育は成り立つのでしょう。私も、この無限の尊敬の物語の中に存在し、依然として学び手であり、いつの間にか教える立場にも立っている、と認識しています。

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