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㉚ 組織のなかで

民間と行政、双方の間から見えるもの

富山市
建設技術統括監
植野 芳彦 氏

1.はじめに 

 前回の報告に関し、「技術論」に対してクレームが来るのかと思ったが、「私が抜けたら元に戻るという話」に対し、「後ろ向きだ! 後継者は? 対応策は?」という質問が来た。それに関し今回は書く。

 地方の実態というのは想像以上に、厳しい。まず、皆さん書くなと言うが「県民性」というものがある。技術に対する認識、待遇などがあるが、一番大きい問題は、「時間の壁」である。インフラ・メンテナンスは終わりなき戦いであるが、人間は、特に個人は有限なのである。


2.今後の展開を考える

 前回、技術力に関して、少し書いた。わざと、少し意地悪に書いてみたが、ここに反応は無かった。「技術」ということに関して考え方は違うはずであるし、少なくとも「技術者」「エンジニアと自負する方々は、多いのではないかと思っていたがそうではないようである。やはりこの国は、技術・技術と言いながらも、さほど興味は無いのであろう。技術とは何か? これは研究のレベルから、一歩下がって、実用的なもので無ければならない。多くの技術者が理解でき、現場で実行できなければそれは技術では無い。

 なぜ、ここにあえて技術論を書くかというと、実は、ここに赴任して丸4年間、非常に違和感を覚えている。それが何なのか良くわからないのだが、そのひとつが、おそらく「技術」というものに対する、感覚の違いである。これが役所、特に地方の基礎自治体という組織上の課題なのか? それとも、最近の時代的背景なのか良くわからない。確かに、民間の技術力を売りにしている方々と打合せを通して、感じる感覚も、私のものとは違う。

 マネジャーや長と言われる人が重要なのは「判断・決断」である。部下は、それが付けやすいように説明し、そのための検討や資料をそろえなければならない。それらを、外注して作成するのも現実ではある。しかし、現実では、そこのところが良く考えられていない。

 何のために外注するのか? どういう資料を作らなければならないのか? 検討する能力が十分に無いコンサルに安易に発注し、出来上がってきたものを「使い物にならない」と平気で言っている。注意すると、「地元優先なので」で済んでしまう。これは、納税者に対し不遜な態度だと思う。

 最近、気になっているのが、よく様々な場面で「(構造物で)水の浸入を無くす」ということが言われる。では無くすにはどうすればよいか? であるが、まあ、防水であるとかいろいろあるが、私は、「水は止められない」と思っている。防水層を施しても完璧ではないし、よく皆さん、床版にスラブドレーンを付けたがる。一時期流行したし、よく施工されている。しかし、これらは現実的でない。水は、どんな隙間でも浸入してくる。私の経験では、ボルトの隙間から侵入しているものもある。点検するのに、雨の日や雨の翌日が良いと言われるのもその辺にある。「水道(みずみち)」が良くわかるからである。




富山市での取り組み事例


3.「スパーバイザー制度を考える」今後のために

 今後どうなるか? ということである。今回の本題であるが、まず、皆さんが知りたい待遇等に関して(これを書いてくれとの要望あり)、である。現在の報酬は、人事院の規定によって決まっている。さらに、そこには住居手当や帰省手当などは付かないことになっているため、自宅が遠方にある者に関しては結構きつい。さらに、単身赴任手当も無い。これならば、本来の転勤や、出向のほうが楽である。私自身正直、毎日居る必要は無いと思っている。必要な時に来てアドバイスできれば本来は良いのであろう。しかしこの辺も、日本の組織の悪いところであるが、人を抱え込もうとする。これは内緒だが、実は以前、食べるために、複数の組織の役員や顧問をしていた。実は私のような人間はこれが一番居心地が良い。しかし、日本の組織はそれを許さない。と言うか許せないのである。(税金等の申告は税理士を使い全てキチンとしていた。)

 この辺が、わが国が「技術をないがしろにする」一つの大きな問題で、技術立国などは程遠い。技術技術と言いながら、組織に便利な人間だけを重用する。まあ、これは組織論的には、当たり前だと思っている。そして日本の国では技術者個人を評価するよりも、会社を評価してしまう。「誰」というよりも、「何処のだれ」ということが重視されてしまうのである。これでは技術者個人は育たないし、発言も限られてしまう。

 結局、自分でやってみて、二重生活になるし、無駄な出費も多い。民間の時の、単身赴任のほうが楽であった。あまり他人には勧められない。ただし、赴任地に実家があり帰ってくるというのであれば、別である。また、移住したいという方も良いかもしれない。

 ここで、金銭的な問題よりも問題なのが、私の場合、単身赴任しているので家族の問題が大きい。さらに、親戚縁者関係には相当迷惑をかけて不義理をしている。昨年末、義父が亡くなったが、その時も思うようにできなかった。さらには、その前に、大変世話になった、叔父が亡くなったが、このときにも、葬儀にも間に合わなかった。生前、叔父からは、「俺が死んだら、葬儀委員長は、お前に任せる」と言われていたが、できなかった。この叔父は、病院を2件経営していたのであるが、準備が思うようにできず、寂しい葬儀であったと後から聞く。それから、叔父家族とは疎遠になってしまった。もちろん、他の親戚関係の冠婚葬祭にも出席できていない。

 まあ、個人的な負担は、自分で飲み込めばよいのであるわけだが、それよりも大きな問題は、「人」である。他人の気持ちは分からない。これが鉄則である。一般的に、人は権力には従うが、そうでは無い者には従わない。最近話題になっている「首相案件」「忖度」などが良い例である。私が、指示しても、頼んでも、動いてくれる人間もいれば、動かない人間もいる。これは、私の人望が大きく関わっていることだし、個人個人の気持ちなので、仕方が無いと考えている。

 あとは、プライドである、本人は気付かないかもしれないが、これが全てに影響する。良い意味で技術者としてのプライドを持って、対等に意見交換できれば良いのだが、「ハイ」と言ってやらないのが困る。私の後輩の某大学教授なんかは、これを「動物園」とか「家畜」と言っている。これは口が悪いが、あながち間違ってはいない。考えていないということだ。プラス、役所特有のプライド。ある程度の役所での経験が、いつも通用すると思っていることである。世の中は変化している。これに対応していかなければならないのであるが、細かいことを気にして、実行できない。

 そして、一番問題というか、寂しいのが、よそ者に対する疎外感である。たぶん、自分達はそうは思ってないのかもしれない。県民性が大きく影響するのかもしれない。しかし、多かれ少なかれあるものである。これは、仕方が無いことであると考えている。

 これらにより、スピードがだいぶ停滞している。効率的に作動させるには、軍隊のような規律が重要で、絶対的な権限を持たしてもらうことが有効であるが、これも今の世の中、ままならない。




橋梁の損傷事例