道路構造物ジャーナルNET

-分かっていますか?何が問題なのか- ㉚『メンテナンスの扉』が開きましたか?

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター 上席研究員

髙木 千太郎

公開日:2017.10.01

『運を天に任す』型メンテナンス

1.2 対症療法型管理
 次は、多くの地方自治体(国や高速道路会社も同様でしょう)が今まさにこの管理状態に当たる、若しくは過去にはこの管理法方法であったと言う対症療法型管理について説明しよう。
 私は、先の放置型管理と同様に、対症療法型管理を『運を天に任す』型メンテナンスと言い換えている。対象療法型管理は、点検は行っているので点検で変状(損傷と劣化)を見つけると措置の必要性をその都度判断し、必要であるならば措置、維持補修を行う管理方法が該当する。点検以外にも、住民や利用者の苦情や通報も措置開始の起点となる。であるから対象療法型管理の重要なキーポイントは、点検・診断となる。当たり前の話だが、使っている橋梁に発生した変状を管理者が把握していなければそれが重大なことであるのか、軽微であるのかの判断も出来ない。点検している技術者も発生している全ての変状を見落とさないように、見逃さないように細心の注意を払って対象部材を見ていると信じたい。点検を行っている技術者も重要性を認識、高いモチベーションで作業を行っているはずだ。

 しかし、ヒューマンエラーは必ず起こる。図-2に一般的なヒューマンエラーの発生原因を示したが、個人的な範囲では想像力不足や技術力不足以外に、意識フェーズの低下があげられる。組織レベルとなると、職場環境や安全確保上の仕組み不足である。これも、多くの読者は「分かっているよ、そんなこと」と言われるであろう。点検する環境が悪いことや点検実務者の疲労は、意識フェーズが低下し、誤点検、誤診断に繋がる。写真-2は、ある高架橋の点検報告書に添付された点検結果を示す写真である。点検を行ったコンサルタントは、この橋梁を含めた多くの点検を夕暮れ時から日も落ちた状態で行っている。報告書の点検写真が夕暮れか、日没後であることが明らかだからだ。さて、このような暗い状況で対象部材の変状を的確に捉えることが出来るのであろうか? 私はここに示した点検結果を受け取った時、不適切な環境下で目視外観調査を行ったと判断した。

 点検を行った請負者としては、点検作業時間が無くなり、無理を承知で点検を行った、若しくは行わされたのであろう。橋梁灯の点検ならいざ知らず、構造物の点検は可能な限り昼間に、箱桁内や狭隘な箇所は昼間でも暗いので変状が十分把握できるように照明器具等を使った環境で行うのは十分に分かっているはずなのだが。照明器具を使うと言うことは、視野が狭まり大きな変状(部材全体の変形やずれなど)を見落としがちとなる。それよりも、今話題の長時間労働、サービス残業を強いているのではとも思う。このような環境下での点検を命じられた場合、点検実務者の意識フェーズは自ずから下がるし、事故の確率も増加することを関係者は認識してほしい。ここに示す点検の現状から私は『運を天に任す』型メンテナンスと言いたくなるのだ。

 国内の道路橋は726,190箇所(2017年3月現在)、国のメンテナンス情報最新版によると点検実施率が54%とここ1年で急速に伸びている(図-3参照)。適切に行われたのか、行っているのか点検作業はと危惧し、これは違うでしょとはっきり分かる誤点検、誤診断の事例も目にする。運を天に任す状態になってはいませんよね、法制度化定期点検実施の現状が。

思い出すべきハインリッヒの法則

 また、幸いにして変状を発見した場合、リスクマネジメントの鉄則『ハインリッヒの法則』を思い出してほしい。
 図-4に示すように1件の重大変状の下には、重大変状に繋がる29件の軽微な変状、その下には300件のヒヤリハット、そして無限大の予備軍が隠れていることを。私は気が小さいのか小さなことでも結構気にし、多くの事象に『ハインリッヒの法則』を当てはめる。以前、このネットで3回に渡って紹介したPCT桁間詰床版の抜け落ち事故(写真-3参照)を発見対処した時がまさに最適な事例である。自らが管理するPCT桁橋全てに写真-4に示すような間詰床版抜け落ち防止対策を耐震補強と同レベルの重要緊急対策として行った。過大ではない、事故が起こるのを未然に防ぐことが責務であることを行政技術者は忘れてはならない。


『転ばぬ先の杖』型メンテナンス
 『石橋は叩いて渡れ』

1.3. 予防保全型管理
 さて、最後に予防保全型管理について説明しよう。予防保全型管理を私は、『転ばぬ先の杖』型メンテナンスと言い換えている。要するに、諺、『石橋を叩いて渡る』とは、どんなに強固に見える石橋でも隠れて見えない箇所に変状があり、それを注意深く観察して十分に安全を確認するまで渡ってはいけないとの例えなのだ。対症療法型管理は、管理者が点検・診断を適切に行い、危険を全て取り除いてくれれば安全といえるが、中には不幸にも事故に遭う確率もある。橋梁を利用する人々全てが自らの責任で『石橋を叩いて渡る』状態であれば良いが、専門技術者でない限り、利用する橋梁の安全性を確認することは不可能なのだ。特に、我が国の場合、考えられない範囲まで瑕疵事故として取り扱われ、行政の責任となる。そこで、管理者が発生する変状や性能低下を工学的に予測し、『転ばぬ先の杖』のならに事故を未然に防ぐ未然防止対策を行うことが予防保全型管理、これが決め手と推奨したくなる。

予防保全型管理は計画査定管理ではない

 予防保全型管理のポイントを図‐5に示した。当然、工学的な予測技術、劣化予測が重要なキーポイントであることは周知の事実だ。そこで劣化予測技術の登場、図-6に示すように、例えば、点検を行った結果を回帰分析や遷移確率等によって劣化曲線を導き出し、対策実施時期を決定、予算化して計画的に対策を行う考え方だ。これも分かり切ってはいるが、劣化予測自体が曖昧で、多くの行政技術者はこれを信用していない。であるからお題目のように劣化予測、対策時期、予防保全型管理と唱えはするが、実態が全く付いてこない。結局、多くの管理者が『予防保全型管理』に取り組んではいるが成果が見えてこないので、道半ばで諦める事例が殆どなのだ。もしくは、端から『予防保全型管理』を計画策定管理と勘違いし、保全計画(長寿命化修繕計画)を作り終わると全てが終わったと誤った解釈をし、維持管理に興味を持たなくなるパターンが多い。そもそも研究技術者も悪い。劣化予測が重要であるならば、もっとこのテーマに真剣に取り組んでもらいたい。
 私は、独自の考え方で業務を請け負ったコンサルタントに何度もダメ出しし、先に示した図-6の劣化予測式を独自の考え方で導き出し、実務に使っている。しかし、私が実務で使った自前の劣化予測式も考え方も一部は公表したが、学会等の審議、洗礼は受けていない。その理由は、私が使った劣化予測式は完成系ではないし、他団体に使ってもらおうとか、これがバイブルだと少しも思っていないからだ。当時流行った劣化予測開発はどこに行ったのであろうか? 私が新たな考え方の劣化予測式を提案してから10年経過するが、これぞ真の劣化予測式とはっきり断言できる提案を見たことも聞いたこともない。
 行政側も悪い。計画的な維持管理を行いたいのであれば、もっと声を大にして真の劣化予測式研究を研究技術者に依頼すべきではないのか。そのニーズに応え開発することが、研究技術者の使命だからだ。維持管理に関係する技術者は、今流行りの点検ツール開発は機械部門の専門技術者に任せ、その先にある『戦略的予防保全型管理』を進めるために必要な『ニーズ』を感じてもらいたい。ここまで橋梁の管理方法について説明し、今抱えている課題を私なりに示したが読者の皆さんに分かって貰えたであろうか?

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