道路構造物ジャーナルNET

㊴小規模吊橋雑感(その3)

現場力=技術力(技術者とは何だ!)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2022.12.01

(1)はじめに~最近の話題~

①韓国梨泰院圧死事故
 2022年10月29日深夜、韓国ソウル市の梨泰院の路地で156人が圧死した。圧死と言えば、「明石花火大会歩道橋事故」が思い起こされる。2001年7月21日、明石市の歩道橋で花火見物の客が将棋倒しになり11人が死亡、183名が傷害を負った。死亡原因は、全身圧迫による急性呼吸窮迫症候群等であった。これらは何れも人災だ。人の流れが異常になった時点で何らかの手を下せたはずだ。

 ②インドの悲劇~歩道吊橋の崩壊~
 2022年10月30日、インド西部、パキスタンの国境近くのグジャラート州モルビで歩道吊橋が崩落し135名が死亡した。歩道吊橋の全長は233m。観光名所であり、折しも地域の祝祭が重なったことでかなりの荷重オーバーになったようだ。この吊橋が建設されたのはイギリスの植民地時代の約140年前。民間業者による7か月間の改修工事の後、26日に交通解放されたが1週間もしないうちに落橋した。原因は調査中であるが、①ずさんな改修工事(錆びたケーブルが未交換)であったこと、②改修前は20人~30人の通行制限が設けられていたが改修後は何の制限もされていなかったことによる制限荷重オーバー※1)、③インフラ工事の経験が無い地元業者が補修工事を受注したこと、等が原因ではないかと言われている。さらに、業者は自治体から建築基準法を満たしたことなどを示す「適合証明書」を取得していなかった、ことも大きな問題となっている。マスコミによる落橋寸前の動画を確認してみると以下の過程で落橋していることが分かる。

 ※1)制限荷重オーバーについて
  ・現状のケーブルの腐食状況から制限荷重を設定。一般的に安全側に制限する。
  ・その他の補修(桁や吊り材)による死荷重増が不明ではあるが、荷重制限を設けずに
 現状のケーブルを使用続けることは超危険。
 ★制限(20~30人)を大幅に超える荷重が載荷→片側ケーブルが破断→桁落下(反対側ハンガー定着部破断)

 つまり、吊橋で最も重要な部材である主ケーブルが破断していることである。近畿管内の歩道吊橋のケーブル診断で分かってきたことと比較して考えてみることにする。
  構造用ワイヤーロープを使用した吊橋で最もケーブルの状態が悪かったA橋(和歌山)の例を示す。

 ・使用年数   60年以上(1960年建設)
 ・ワイヤーロープ種別  構造用ストランドロープ(7×7)φ30㎜
 ・非破壊検査(全磁束法)結果  断面積減少率14%、強度低下率48%(図‐1参照)
 ・将来推定(建設から75年後)  断面積減少率25%(図‐1参照)、強度低下率70%

 つまり、この時点では、新品のワイヤーロープ耐力の48%しか保有していないことになる。さらに、断面積減少率は急速に増加し、併せて強度低下率も増加する。
  実際にどういうワイヤーロープが主ケーブルに使われていたのかは定かではないが、腐食に伴う断面積減少や強度低下が大きいものを存置させた可能性が高いと思われる。気温が高く、雨も多く、紫外線照射量も多いことを考えれば主ケーブルの状態はかなり悪かったのではないかと推察される。


図-1 吊橋Aのロープ使用年数と断面積減少率の推定事例

参考事例  カリマンタンの吊橋落橋

 2020年5月号で紹介したカリマンタン(東ボルネオ)の吊橋落橋を思い出す。その時の記事を以下に紹介する。

 ※意外な出会い~クタイ・カルタヌガラ橋の落橋~
 2011年11月26日(土)夕方、開通から10年経ったカリマンタン島マカハム川に架かる吊橋が落橋した。当時の新聞情報では死者10人、行方不明者33人、負傷者40人。3径間連続補剛トラス吊橋(100m+270m+100m)+Va(244m)、ゴールデンゲート橋を模して2002年に中国支援で建設されたものである(写真-1参照)。設計は、日本のコンサルタント(現在は、OG社に吸収)である。落橋原因は、ケーブルバンド(バンドボルト)が切れて、連鎖的にハンガーが破断して落橋に至ったものである。


写真-1 クタイ・カルタヌガラ橋

 この橋との出会いは意外なもので、以前、技術顧問をしていた海外のコンサルタントからスンダ海峡プロジェクト(及びタンジュンプリオク港アクセス道路・ベトナムベンルックロンタインの斜張橋等)の技術支援の依頼を受けてジャカルタのビナマルガ(公共事業省道路総局)を訪問したことに始まる。スンダ海峡の現地踏査、プレゼンも完了し、週明けの月曜日、早朝の関空便で帰国したのだが、既に前週の土曜日には落橋事故が発生していた。インドネシアの特殊性なのか、島の情報が公共事業省等に届くのは早くて2日後くらいのようである。

 帰国してから私の方でも落橋の原因究明をスタートした。その結果、判明したことは、①コンサルタントの技術者が吊橋の設計知識を有していなかった、②JICAジャカルタ事務所が設計担当者へのヒアリングで、「設計図面をJICA専門家にチェックしてもらいOKをもらった」、との怪情報。①について要約する、ケーブルバンドの設計を間違えていなければ落橋まで至らなかった(図-2参照)。


図-2 バンドン工科大学 BAMBANG BUDIONO教授のレポート(2012.11)より

<コメント>
 何が言いたいか。吊橋の主要部材である主ケーブルやハンガーロープは引張部材である。カリマンタンの吊橋は、非常に脆い鋳鉄をケーブルバンドに使用したことが致命傷となった。インドの吊橋は歩道吊橋であるがためにしっかりしたケーブルバンドも不要であるし、ハンガーロープは最小径で済むようなロープであり、大きな安全率を有していると安易に想像できる(ハンガー間隔が飛び過ぎなのは非常に気になるところではあるが)。残すところは主ケーブルだ。これまでの吊橋落橋のメカニズムは、最初に腐食の激しいハンガーロープが破断し、その後連鎖的に橋軸方向にハンガーの破断が拡大し、最終的に桁が落橋する、というものである。主ケーブルは何事もなかったように残っているのが通常である。最初に主ケーブルが破断するということは、どれだけ傷んでいたことやら。
  今、行っているケーブル詳細調査診断の重要性や必要性を理解して頂けたでしょうか。平々凡々とした点検ではなく、メリハリの利いた点検、詳細調査診断の実施を管理者に期待する。通行止めをすることが仕事ではないはずだ。

シンプルイズベスト
 スプリングひよし

③頭に残る橋~スプリング日吉のケーブルトラス橋~
 京都府南丹市の道の駅に素晴らしい橋(写真‐2参照)が存在する。スペインのカラトラバのデザインした橋も衝撃的ではあるが、この橋も引けをとらない。

写真-2 道の駅 スプリングひよし~ケーブルトラス橋~

 京都丹波高原国定公園内、桂川の度重なる甚大な河川氾濫被害を防ぐため1997年に日吉ダムが建設された。ダム湖(天若湖)周辺には、公園広場のほか温泉複合施設や「府民の森」が整備され、多くの人のレクリエーションの場となっている。その中に雄大なケーブルトラス橋が鎮座している。中央の1本ケーブルは、右岸側では橋台にアンカーされている。

 左岸側は、塔を介して2本のケーブルでバックアンカーされている。中央部では、(鋼床版箱)桁下面に設置されたポストにより1本のケーブルは支持されている。シンプルイズベストである。同じような橋でケーブルイグレット橋がある。2面吊りの自定式で将来の維持管理に「禍根を残す橋」と私は思う。大鳴門橋の橋梁維持課長をしている時、当時の公団理事から出向者や県職員へのケーブルイグレット橋の技術支援を頼まれた。断るわけにもいかず、在任中の基礎工の設計については支援したが。道路橋と歩道橋の違いこそあれ、デザイン、構造、両面において比較にならないほどスプリングひよしが勝っていると私は思う。
 今後、機会があれば紹介したい。

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