道路構造物ジャーナルNET

⑦(最終回)国総研の技術支援と現場技術力の向上

筑波山の麓より

国土交通省
国土技術政策総合研究所
前 所長

木村 嘉富

公開日:2022.07.21

【高次の認知過程に対応する人材育成手段】

 波多野誼余夫は、「適応的熟達化の理論をめざして、教育心理学年報、Vol.40、pp.45~47、2001」において、既習の技能を柔軟に応用したり、以前の経験を新しい事態に生かしたりすることができる者を「適応的熟達者」と呼んでいる。一方、決まった課題において手続を正確に素早く実行できる者を「定型的熟達者(固定的熟達者)」と呼び、適応的熟達者と区別している。この適応的熟達者は、図―9に示した高次の認知過程に対応する技術力を修得した技術者に該当すると考えられる。一方、定型的熟達者に相当する技術者は、修得している技術力が手続的知識の応用に対応する技術力に留まり、高次の認知過程に対応する技術力は修得していない可能性があると考えられる。
そこで、波多野が提案する適応的熟達者に関する既往の研究を参考に、高次の認知過程を修得する手段について考察する。波多野は上記論文において、適応的熟達化のプロセスについてはあまり多く分かっていないとしつつ、適応的熟達化のために不可欠な条件として以下の4点を提案している。
 1) 絶えず新奇な問題に遭遇すること
 2) 対話的相互作用に従事すること
 3) 緊急(切迫した)、外的な必要性から解放されていること
 4) 理解を重視するグループに所属していること


図-10 適応的熟達者育成のための不可欠な条件(波多野論文より作成)

 この4点を満足する手段としては、例えば切迫した外的な必要性から解放された、かつ、理解を重視する組織・部署に所属し、組織内外の関係者との対話的相互作用に従事しながら、絶えず新奇な問題に遭遇する道路橋の維持管理実務に携わることが考えられる。したがって、これらの条件を満足しながら維持管理実務の経験を積み重ねることは、高次の認知過程に対応する技術力を修得するための人材育成手段の1つである可能性がある。適応的熟達者であるベテラン技術者たちは、上記の4点の条件を満足しながら維持管理実務の経験を積み重ねることで適応的熟達化し、暗黙知を形成してきた可能性が示唆される。【木村感想:国総研、土木研究所の技術者は、まさに、これらの環境で経験を積み重ねて、技術力を向上させてきたものと改めて感じます。皆さんの身近でも、思い当たることが多いのではないでしょうか。】

 また、上記の4点の条件を踏まえると、高次の認知過程に対応する技術力の修得を目標とする場合には、幅広く知識を得ることができるカリキュラムの研修や課題研究や討議も含むカリキュラムの研修を実施したり、当該技術者が未経験の技術的課題に取り組むことができるように所属部署や担当業務を見直したりすることが有効と考えられる。

【研究所に出向した地方整備局職員へのインタビュー】

 国総研の道路構造物研究部では、地方整備局職員を一定期間受け入れ、技術力向上を支援する取組を行ってきている。国総研へ出向した地整職員は、国総研在任中、道路管理者からの要請に応じて国総研が行う技術相談への対応、現地調査への参加、技術基準類の原案作成といった業務に携わる。この取組で平成27年度~30年度の間に国総研に2年間出向した経験を有する8名の地整職員にインタビューを行った。
 対象者はいずれも地整に技術系(土木)職員として採用され、主として道路に関する業務を担当してきた者である。出向までの業務経験年数は平均28年程度、最短でも24年であり、対象者は業務経験が豊富な者に限定されている。インタビュー時期は、出向終了後の地整での勤務における自身の変化について質問するため、出向終了から短くとも1年間が経過した後とした。
 インタビュー結果は、テキストデータとした上で、SCAT (Steps for Coding and Theorization)を用いて分析した。SCATは質的研究に用いられる多くの分析方法と同様に、テキストを読みながらコードを付し、それをもとに理論化を行う手法である。8名分の全記述を学習内容毎に6つに分類して分析結果を整理することとした。分類は、1) 専門知識の習得、2) 方略についての知識の習得、3) 課題についての知識の習得、4) 人についての知識の習得、5) 信念の形成、6) 視野の拡大の6分類である。
回答事例をいくつか紹介する。

・技術基準に関する知識の習得:国総研での技術基準の原案作成業務経験を通じて
 ルール分からんと使うと,間違ったことするんです.自分が全部が分かったわけじゃないですけどね.やっぱりこのルールの考え方が分かって、そういう考え方だからこう決まってるんやな、文章こうなってるんやな、って分かっとったら、使い方間違わないんですよ。
 何も分からんと、「まあ、以前からこうしてるから」とかってなるじゃないですか。そういうのは自分はなくなったんで。だからある意味、やっぱり根本的な考え方が分かってるから、技術基準の解釈としてはどこまでやってええのかな、どんな運用は許せるのかな、みたいなのが、根本的な考え方が分かってるのと分かってないのでは、やっぱ違いますよね。

・道路構造物の維持管理に関する方略についての知識の習得:技術相談への対応経験を通じて
 単純桁のPC橋があって、隣接して連続のメタル橋があるんだけど「壁高欄の隙間が13センチあります」と。で、(受注者は)「ここから物とかが落ちると、下に道路があるから危ないんで、これはC1」とか何とかって言い出したのね。(それに対して自分は)「隙間の開き(量)が問題じゃなくって、どうしてその隙間になってるか教えてくれ」って言って・結局(受注者は)「掛け違いの所で,PCの方はあんまり動かないけど、メタルの方は動くんで、その余裕です」とかっていうふうに言うんだけど、「じゃあジョイントに異常がないか見せてくれ」って言ったら、こういうフィンガーのジョイントで、ほとんど詰まってるの。(それに対して自分が)「ジョイントが詰まってるのに13cm開いてるって、変やないの? 下部構造が沈んだりとかなってるんじゃないの? それ調べてる?」って言ったら、「ああ、ちょっと調べてません」って。

 これらも含め、各項目についての学習内容を整理すると、表-4となる。

表―4 研究所への出向経験を通じた学習内容

 また、これら学習内容を概念図としてまとめると、図-11となる。6分類の学習内容が、連動して習得されていることが分かる。


図-11 研究所への出向経験による学習の概念図

【連載を閉じるにあたり】

1年間、7回という限られた機会ではありましたが、国総研の活動について、いくつかの視点から紹介してきました。報告書や論文からの転載箇所については、インターネットジャーナルとしては詳細すぎる感もありましたが、少しでも皆さんのヒントになればと思い、そのままの記載としています。ただし、改めて、メディアの特性に応じた記述ぶりの重要さを感じたとことです。新聞とウェブニュースが異なるように。
 冒頭に記載しましたとおり、6月末で35年余にわたる公務員生活を、無事? 終えることができました。研究所への出向経験がある地整職員へのヒアリングの箇所を記載している時、私自身も、その時その時の様々な業務、名古屋、駒ヶ根、つくば、東京、沼津、三重といったそれぞれの地での生活、そして多くの方々との出会いにより、現在の私が形成されたことを感じました。改めて、お礼申し上げます。
 この10日余り、完全休養と割り切っていたのですが、本稿を機に、先ずは苦手な書類整理から始めます。
(原稿執筆 2022年7月8日)

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