道路構造物ジャーナルNET

⑧アルカリ骨材反応による鉄筋破断

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2022.02.16

 山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が顕在化した1999年当時において、関西地区や北陸地区の道路構造物では、橋脚やフーチングの鉄筋曲げ加工部において、アルカリ骨材反応に起因する鉄筋破断の事例が複数報告されていたが、山陽新幹線コンクリート構造物での事例報告はなかった。しかしながら、2000年7月、山陽新幹線のT型橋脚の張出し部において、道路橋の事例と同様の鉄筋破断が初めて確認された。当時は、コンクリートの中性化に伴う鉄筋腐食などの早期劣化が顕在化していたラーメン高架橋などの対策を最優先して取り組んでいたこと、アルカリ骨材反応による鉄筋破断の原因や対策などの技術的課題が究明中であったこと、アルカリ骨材反応による変状構造物の箇所数は少なく鉄筋破断は限定的であったこと、鉄筋破断部位を事後維持管理の対象としても構造的にほとんど問題のない部位であったことなどから、アルカリ骨材反応による鉄筋破断が生じた構造物への対策は、【連載】第7回までで述べてきた中性化による変状構造物への対策とは切り離して、別途のプロジェクトとして進めてきた。
 【連載】第8回では、アルカリ骨材反応による鉄筋破断対策について述べることとする。

1、山陽新幹線コンクリート構造物のアルカリ骨材反応による鉄筋破断

(1)山陽新幹線橋脚の鉄筋破断
 アルカリ骨材反応(以下、ASRという)は、主にセメントから供給されるコンクリートのアルカリ成分(NaOH,KOH)と骨材中のある種の鉱物が化学反応を起こし、生じた反応生成物が周囲の水を吸収し膨張することによって内圧を生じ、その結果としてコンクリートに有害なひび割れを発生させる現象である。
 1999年の山陽新幹線コンクリート問題発生当時、JR西日本においては、ASRによる特徴的なひび割れが生じた変状事例(擁壁やトンネル坑門工や橋脚における亀甲状のひび割れ、PC桁のシースに沿うひび割れなど)については多数の報告があったものの、ASRによる鉄筋破断の事例報告はなかった。しかし、ASRによるコンクリートの膨張によって鉄筋が曲げ加工部で破断している事例は、すでに関西地区、北陸地区の道路構造物を中心に各地で複数報告されていたことから、JR西日本においてもASRにおける新たな事象として注目していた。
 山陽新幹線コンクリート構造物において初めてASRによる鉄筋破断が見つかったのは2000年7月で、写真-1に構造物の全景と鉄筋破断部位を示す。破断部位は、T型橋脚の東側張出し部(起点を背にして左側)の鉄筋曲げ加工部であった。以下、最初に鉄筋破断が見つかったこの橋脚を当該橋脚という。

 その後、当該橋脚の東西両側の張出し部のはつり調査で、鉄筋破断は主鉄筋(D32)の曲げ加工部38箇所のうち36箇所におよんでいることが分かった。
 当該橋脚のひび割れ状況を図-1に示す。橋脚全体にASRによるひび割れが発生している。また、鉄筋破断した付近には、ひび割れ幅の大きな連続した水平方向のひび割れが発生している。これは、鉄筋が破断したことにより拘束力がなくなったためと考えられた。

(2)鉄筋の破断原因の究明
 鉄筋の破断面は、鉄筋引張試験の時に見られるような鉄筋の伸びや絞りのような現象は見られず、疲労を示すビーチマークも見られなかった。鉄筋破断は鉄筋軸直角方向の力で脆性的に生じており、ASRの膨張力によるものと推定された。また、鉄筋にはほとんど錆は確認できなかった。
 写真-2に当該橋脚の鉄筋破断の状況、写真-3に鉄筋破断面の状況を示す。

 破断原因を追究するために当該橋脚から破断した鉄筋を取り出し、分析および各種試験を実施した。鉄筋の成分分析結果(表-1)は、JISで定められた規格値(当時)を満足しており、化学成分の異常は認められなかった。なお、破断していた鉄筋は、ロールマークよりT社製の電炉鉄筋であることが確認された。
 破断した鉄筋の引張試験の結果を表-2に示す。鉄筋を採取する際に、はつり工具により傷が生じていたため、値は若干低めになっているが、JISで定められた規格値(当時)を満足しており著しい強度低下は認められなかった。

 一方、破断した主鉄筋(D32)に対して曲げ内半径を調査(写真-4)したところ、曲げ内半径は1.2~1.7φとなっており、JISや設計標準で定められている曲げ内半径(2.0φ)より小さな値であった。なお破断面の観察から破断は、曲げの内側を起点として発生したものと推察され、曲げ内半径が小さいため異形鉄筋の竹節の潰れが大きく付根部の角度が鋭角になっており、切欠きによる応力集中が生じ破断しやすくなっていることを示唆していた。

 破断した鉄筋の各種試験結果から、鉄筋の品質はJIS G 3112の規格値(当時)を満足しており、品質に直接起因して破断が発生したものではないことが分かった。しかし、破断部での著しい硬化、組織変形の発生、曲げ内半径の状態から、厳しい曲げ加工のため内側の圧縮部で通常以上に硬化が生じ靭性が低下したうえに節の変形による切欠き効果も大きくなったため、ASRによる膨張力が切欠き部に集中して、微小クラックの発生から脆性破壊へとつながったものと推定された。当時、推定した鉄筋の破断メカニズムを図-2に示す。

(3)コンクリートの膨張性
 当該橋脚からコンクリートコアを採取し、中性化深さ、塩化物イオン量、圧縮強度を測定した。結果を表-3に示す。試験結果から中性化が進行しているものの、かぶりが大きいため、中性化残りは腐食限界まで十分余裕があると考えられた。また、塩化物イオン量がやや大きい値となっており、海砂使用による内的塩害の可能性が考えられたが、鉄筋腐食はほとんど生じていなかった。

 ASRによる膨張性を把握するために、当該橋脚から採取したコアを用いてJCI-DD2法により促進養生を実施し長さ変化率を測定した。試験結果を図-3に示す。膨張率は、最大で0.1%以上となっておりASRによる膨張性のあることが確認できた。
 以上より、破断原因は、鉄筋の材質に問題があるのではなく、ASRによる膨張により鉄筋が脆くなっている曲げ加工部で破断したと推定された。

 

 余談ではあるが、当該橋脚の第1発見者は鳥取大学のN教授であった。先生から、山陽新幹線のASRによる変状構造物を見せて欲しいとの要望を受けて先生と一緒に現場に出向いていた。車に乗ってASRによる変状構造物を案内していたら、「あの橋脚の叩き落し箇所を見たいので、梯子を掛けてもらえませんか」ということで、先生が最初に梯子に登られた。ほどなくして、「鉄筋が破断していますね」という確信に満ちたような声が聞こえてきたが、一瞬耳を疑い、先生と入れ替わりに私が梯子に登った。ASRによる鉄筋破断の現物を見たのは初めてで本当に驚いた。 

 現場の担当者が、第三者被害を懸念して当該箇所の叩き落しと露出した鉄筋への防錆処置を指示していたので、本当の第1発見者は現場作業員ということになるが、残念ながら現場作業員はASRに起因して鉄筋が破断する場合があるなどとは知らなかったであろうから無理もないことであった。あの時、N先生を現場に案内していなければ、当該箇所は何の疑いもなく鉄筋が破断したままの状態で断面修復されていた可能性もあり、JR西日本のASRに関する実態把握や技術開発や補修対策は少なからず遅れていたかもしれない。

 

(4)類似のひび割れが発生していた他橋脚の鉄筋破断
 鉄筋が破断していたT型橋脚の張出し端部では、鉄筋曲げ加工部(破断箇所)をつなぐようにひび割れが発生していた。建設当時、同じ生コン(粗骨材)を使用したと推定される周辺地区において、これと類似のひび割れが発生していた橋脚を対象にコンクリートをはつり取り、目視で鉄筋破断箇所を確認する随時検査を10橋脚で実施した。その結果、当該橋脚以外の5橋脚において、鉄筋破断が190箇所中132箇所で確認された。いずれも、橋脚端部の鉄筋曲げ加工部であり、破面は脆性破面を呈していた。また、鉄筋曲げ加工部の半径がJIS規格値以上であるにもかかわらず破断していた鉄筋も確認された。
 そこで、山陽新幹線全橋脚を対象に、類似のひび割れ箇所を目視で抽出し、ASRに起因する鉄筋破断が疑われる箇所の随時検査を2000年から2004年にかけて実施した。随時検査は、はつり調査もしくは、技術開発を目的とした非破壊検査(電磁誘導法や超音波斜方向透過法)を一部試行しつつ実施した。随時検査により見つかった鉄筋破断箇所は、いずれも橋脚張り出し端部の鉄筋曲げ加工部(主鉄筋の曲げ下げ部)で発生していた。これらの破断位置は、設計上は曲げモーメントやせん断力が作用しないため構造物の耐荷力に悪影響を与える部位ではないものの、定着に関する構造細目を満足するように、フレア溶接や機械式継手などを用いて鉄筋を継ぐ等の措置を行ったうえで断面修復による補修を行った。

 

(5)ラーメン高架橋桁受け部の鉄筋破断
 2005年、高架橋修繕中にラーメン高架橋桁受け部の主鉄筋(D25)の曲げ加工部において、ASRに起因する鉄筋破断が確認された(写真-5および図-4)。それまでは橋脚の張出し端部で破断していたが、ラーメン高架橋の桁受け部での鉄筋破断は初めてのケースであった。桁受け部の鉄筋破断であっても、定着が確保されていれば構造物の耐力に与える影響は少ない部位であるものの、将来的な進展を考慮すると鉄筋破断の有無を検査により把握し、破断が確認され場合は鉄筋を継ぐ等の対策を講じておく必要があった。以上のことから、2006年より桁受け部の曲げ加工部を対象に非破壊検査を実施し、2012年3月までに鉄筋破断が確認された3箇所の桁受け部に対し鉄筋を継いだうえで断面修復による補修を行った。


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