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⑦山陽新幹線鉄筋コンクリート構造物の劣化予測

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2022.01.16

 山陽新幹線鉄筋コンクリート構造物の早期劣化が顕在化し社会問題化してからこれまでの間、JR西日本は、鉄筋コンクリート(以下、RCという)構造物の変状程度に応じて、補修工法選定フローに基づいた補修を実証的に実施してきているが、将来にわたって山陽新幹線を健全な状態で供用し続けていくためには、経年に伴うRC構造物の劣化予測を行い維持管理の全体像を把握したうえで、経営資源を適切に配分していく長期的な視点を確認しておくことが重要となる。また、2028年度から2037年度の10年間において、山陽新幹線の大規模改修工事を予定していることから、これまでの補修実績を適切に評価したうえで大規模改修工事の実施内容を精査していく過程において、劣化予測は有効な情報を与えてくれるものと考えている。
 【連載】第7回では山陽新幹線の高架橋(延長131Km、山陽新幹線全延長の28%)を対象に実施した劣化予測について紹介することにします。

1、山陽新幹線RC構造物の劣化予測

 RC構造物の性能低下は、コンクリートの劣化に伴う鉄筋腐食が進行することで顕在化するが、鉄筋腐食速度に影響を与える主な要因として、かぶり深さ、中性化深さ、コンクリート中の塩化物イオン量や含水率を挙げることができる。一方、RC構造物は、同じ材料を用いて同じように施工しても、構造物やその部位によってコンクリートの品質にばらつきが生じ、雨掛かりや日照などの使用環境の違いも加わって、その結果、鉄筋腐食速度にばらつきが生じる。したがって、RC構造物の長期的な劣化予測には、鉄筋腐食に影響を与える要因のばらつきの影響を反映できる手法を用いる必要がある。
 JR西日本では、1999年度に実施した高架橋等総合診断で得られたデータ(かぶり、中性化深さ、塩化物イオン量)と2009年度に実施した含水率(深さ30mmの位置、概ね鉄筋近傍位置)のデータを用いて、鉄筋腐食速度に影響を与える各要因の確率分布からランダムに組み合わせを作成しモンテカルロシミュレーションにより、2010年度までの約10年間の補修実績を踏まえた最初の劣化予測を2013年度に実施した。その後の10年間の補修実績が、予測値と比較して地区ごとに差異があるものの山陽新幹線全体としては近年減少傾向にあることを踏まえて、2020年度までの約20年間の補修実績を踏まえた二度目の劣化予測を2021年度に実施した。

(1)モンテカルロシミュレーションの概要
 モンテカルロシミュレーション(以下、シミュレーションという)のフロー図を図-1に示す。シミュレーションは、このフローに従って、地域による構造物群の各要因の違いに配慮して、神戸、岡山、広島、新山口、小倉の5つの保守現業区の管理範囲ごとに500組のシミュレーションを実施した。
(ア)既存データの正規確率分布
高架橋等総合診断などで得られた構造物単位ごとの4種類のデータ(かぶり、中性化深さ、塩化物イオン濃度、含水率)の調査結果から、これらのデータの分布はいずれも正規分布に従うと見なし、各データの確率分布からランダムに抽出した4つのデータの組み合わせをシミュレーション用のデータとする。調査データを図-2に示す。
(イ)中性化深さ
 調査時の経年(t)と中性化深さとの関係から√t(ルートt)式を用いて中性化速度係数を求め、任意の経年における中性化深さを算出する。なお、表面被覆工の補修効果が持続している間は、中性化は進行しないものとした。

(ウ)鉄筋腐食速度
 上記(ア)で示した4つのデータの組み合わせから鉄筋腐食速度⊿r/⊿t(mm/年)を求め、鉄筋腐食速度を累積したものを鉄筋半径減少量⊿r(=Σ⊿r/⊿t)とする。鉄筋腐食速度を予測する算定式がいくつか提案されているが、中性化と内的塩害の複合劣化と含水率の影響を表現できる予測式を用いる必要があった。2009年度に実施した含水率の調査箇所において同時に、中性化残り、塩化物イオン量を調査しており、これらの調査結果から、中性化残りが10mmを超える箇所では、塩化物イオン量に関わらず含水率が高いものほど鉄筋腐食が進んでいる傾向があること、中性化残りが10mm未満の箇所では、含水率よりも塩化物イオン量が鉄筋腐食に大きく影響を与えている傾向があることを知見として得ていた。これらの知見と予測式に基づく予測結果が比較的整合していると判断できる予測式として、飯島らの研究で提案されている予測式(鉄道総研報告、Vol.23、No.6、2009.6))を用いることとした。
(エ)剥離・剥落の評価
 劣化予測シミュレーションでは、鉄筋半径減少量⊿rが、剥離・剥落が発生する鉄筋半径減少量⊿rspに達した時に剥離・剥落すると判定する。しかしこの考え方でシミュレーションを行うと、剥離・剥落が発生する鉄筋半径減少量に達した時に、検討対象としている構造物の全表面から一斉にコンクリートが剥離・剥落することになり、これは現実的ではない。同一構造物内においても、かぶりや中性化深さなどのばらつきにより鉄筋腐食度にばらつきが生じ、結果として部分的にしか剥離・剥落しない。そのため、かぶり、中性化深さ、塩化物イオン量の同一構造物内でのばらつきを調査した既往の調査成果に基づき、同一構造物内でのばらつきとして変動係数(かぶり:0.20、中性化深さ:0.12、塩化物イオン濃度:0.16)を設定して劣化予測シミュレーションを実施した。

劣化予測を行いマクロ的ではあるが概算としての補修費用を把握
 修繕費節減の常態化は経営としても構造物にとっても最善ではない

(2)2013年度劣化予測結果
 劣化予測シミュレーションの結果から想定される補修面積割合と、2010年度までの補修実績との比較を図-3に示す。シミュレーション結果と実績は概ね一致している。シミュレーションによると今後も一定の割合で劣化が進行する結果となっており、単年度ごとの補修面積は経年40年~100年程度まで同程度となることを示している。図-3は、様々な前提条件に基づいて試算したものであることから必ずしも妥当性があるものとは断言できないが、今後、長期的な視点で維持管理を進めていくうえでの重要な目安となると考えられた。

 余談ではあるが、山陽新幹線コンクリート問題が落ち着きを見せた2001年の秋であったと記憶しているが、当時のN社長から『松田君、最近、コンクリートの話を役員会で聞かなくなった。ほとんどの役員は、コンクリート問題はもう終わったことと思っているように感じている。山陽新幹線のコンクリート問題は、これからもきちんと対応していかなければならない重要な課題なので、役員の認識を新たにする意味でも、役員会で時々コンクリートの話をしてくれないか?』と言われた。山陽新幹線福岡トンネル事故発生当時に先頭に立っていただいたN社長の言葉に、山陽新幹線福岡トンネル事故のような事故を二度と起こしてはならないという経営トップとしての強い覚悟を感じると同時に、JR西日本の重要な収益基盤でもある山陽新幹線を将来にわたって健全な状態で維持管理していくために、君たちはこれからも全力を挙げて職責を果たして欲しいという激励のようなものを感じた。

 実際に、当時の取締役安全推進部長K氏からは、「コンクリート問題でざっと200億円も使ったのに、まだ、これからも高架橋の修繕をし続けないといけないのか?そんなに金を使うんだったら、最低でも10年間は二度とコンクリートを落とさないと約束してくれ!!」、「悪いところを補修したら、それで終わりではないのか?」と言われたことがある。K部長には、「トンネルはほとんどの区間が無筋コンクリートです。トンネル安全総点検で徹底的に叩き落として対策しましたから、10年間は大きなコンクリート塊が落ちることはないでしょう。約束します。しかしながら、高架橋などの鉄筋コンクリート構造物は、時間の経過とともに鉄筋が腐食しますから、そのままにしておくといずれ浮いてきてかぶりコンクリートが必ず剥落します。山陽新幹線を営業し続ける以上、毎年毎年、必要な修繕費をかけて補修し続けざるを得ません。」、「鉄筋コンクリートの品質に応じて、高架橋を、良い子(高架橋)、普通の子、悪い子に区分すると、これまで補修してきているのは、できの悪い子です。これが終われば、普通の子が時間の経過とともに劣化してきて徐々に悪い子になってきます。高架橋の品質が、正規分布をしていると仮定すれば、悪い子や良い子の数は少なくて、普通の子の数が圧倒的に多いので、これからの方がもっとお金がかかると思っておいてください。」、「早めに適切な方法で修繕すれば、予定供用期間全体としてのライフサイクルコストは少なくて済みます。やむを得ず一時的に修繕費を節減することがあっても仕方ないことと思いますが、それを常態化させることは経営としても構造物にとっても、長期的には最善とは言えません。」と説明したことがある。

 コンクリート構造物の維持管理を計画的に進めていくうえで、劣化予測を行いマクロ的ではあるが概算としての補修費用を把握できていることは、経営側にとっても実施側にとっても重要なことであると思っている。

2021年度に劣化予測を修正
山陽新幹線全体では、経年40~70年までは、6000~8000m2の補修面積で推移

(3)2021年度劣化予測結果
 新山口地区における2013年度劣化予測シミュレーション結果から想定された累積補修面積と、2020年度までの補修実績との比較を図-4に示す。新山口地区における近年の補修実績は、シミュレーション結果と比較してやや増加傾向にあることが分かる。劣化予測は、いくつかの前提条件をもとに予測したものであるので、予測値と実績との乖離が生じるのはやむを得ないことと考えられる。劣化予測については、基礎データとなっているかぶり、中性化深さ、塩化物イオン量、含水率などの各データの精度、正規分布化の精度、劣化予測式や剥落判定式の精度など、現時点では技術的な限界もあり、それらが相まって補修実績との差につながったと考えられる。また、補修実績については、いずれの年度も、補修工法選定フローに基づき着実に補修を進めてきた結果であり、恣意的に補修費用を削減している訳ではない。以上のことから、将来にわたる維持管理の全体像を把握し直すために、2021年度に劣化予測の修正を行うこととした。

 劣化予測の修正は、2020年度までの20年間の補修実績を概ね再現できるように(乖離が少なくなるように)、シミュレーション結果に対して地区ごとに修正係数を乗じることにより実施した。補正後の新山口地区のシミュレーション結果を図-5に示す。

 

 今後、補正後のシミュレーションの増加割合で推移していくと仮定すれば、単年度ごとの補修面積が図-6のように推定できる。図-6から、山陽新幹線全体では、経年40~70年までは、6000~8000m2の補修面積で推移し、経年50年を過ぎると徐々に単年度の補修面積は減少していく予測結果となっている。

 概ね10年ごとに、それまでの劣化予測と補修実績との検証を行い、必要により劣化予測に修正を加えて概ね10年先くらいまでの維持管理の全体像を把握したうえで経営資源を適切に配分しつつ維持管理を実証的に進めていくためにも、さらに精度よく劣化予測ができるようにデータを蓄積していくことが重要と考えている。(次回は、2022年2月中旬に掲載予定です)

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