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④山陽新幹線コンクリート構造物の実証的な補修の取り組み ~補修箇所の再劣化を防ぐ~

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2021.10.16

 早期劣化が顕在化した山陽新幹線コンクリート構造物の残存予定供用期間を100年と定めて適切に維持管理していくには、どのように補修する必要があるのか?、補修箇所の再劣化を防止するためには、どのように補修しなければならないのか?が、当時の最大の課題であった。【連載】第3回で述べたように、「山陽新幹線コンクリート構造物検討委員会(委員長:新潟大学教授(当時)長瀧重義)」からの提言で、個々の構造物の変状状態に対応した適切な補修工法を選定できる補修工法選定フローが示されたことは非常に大きな拠り所となったが、実務においてはそれだけでは必ずしも十分ではなかった。
 JR西日本では補修箇所を再劣化させないための取り組みとして、当時、①補修仕様の抜本的な変更、②長期暴露試験結果等に基づく性能確認と補修材料の認定化、③補修工事現場に常駐して施工管理を行う技術者への資格認定と継続教育の3点をセットで行うことを決定し、(社)日本材料学会に委託してきた「コンクリート構造物の保守管理に関する調査・検討委員会(委員長:京都大学教授(当時)宮川豊章)」(以下、調査検討委員会という)の指導・助言のもと、実証的に維持管理を進めてきた。
 【連載】第4回では、これら3点セットの考え方とその内容について述べることとします。

1、当時の状況と課題認識

山陽新幹線コンクリート構造物の早期劣化が社会問題化し、一部の写真雑誌に「山陽新幹線が危ない」と連載されたり、「新幹線の高架橋からコンクリートが落ちた」と何度も新聞報道されたりしたが、実は、落ちたものの中には補修箇所からの補修材の剥落が少なからず含まれていた。補修箇所が再劣化して補修モルタルが剥落していたのである。
 新しくコンクリート構造物を建設する場合には、たとえば土木工事標準示方書などに基づく施工管理を行い、使用材料については、たとえばJIS生コンを使用することなどと細かく仕様規定し、現場の主任技術者等にも一定の資格要件(たとえば、1級土木施工管理技士やコンクリート技士など)を義務付けるなどの仕組みを整えていたが、既設コンクリート構造物の補修を行う場合には、補修の仕方(特に、はつり方や形状、はつり深さや範囲)を発注者として具体的に示方することもせず施工会社任せの状態で、使用材料は材料メーカーのカタログを信用して(鵜呑みにして)自ら性能確認することもせず、補修現場の責任者に対する資格要件(たとえば、補修に係る知識や経験など)も特に求めていなかった。言い過ぎかもしれないが、要は、発注者側においてさえも「何のために補修するのか」ということが正しく理解されないまま、現場機関ごとに判断して使用材料を決め、工期を守って補修工事を安全に行うことが目的化していた傾向があったのである。その背景には、JR西日本のグループ会社が補修工事を行っていて、これまでの経緯や実情を十分に理解して適切に補修してくれているだろうから、任せておけばよいという甘え(責任転嫁?)があったと思われる。それまでの補修のやり方をそのまま踏襲すると、第2第3の剥落事故を惹き起こすことになるかもしれないし、近い将来、補修済み箇所の再劣化も加えて補修しなければならないことになり雪だるま式に補修箇所が増えて対応しきれなくなることが容易に想像できた。現時点でさえもコンクリート構造物の補修については、技術的によく分かっていないことが多くあるが、当時は、調査検討委員会の指導のもと、ひとつずつ確認しながら実証的に進めていくほかなかった。
 剥落片や剥落箇所の調査の結果、それまでの補修仕様が不適切であること、補修材料の性能確認を屋外暴露や実構造物で実施していないこと、現場施工責任者の理解や技術力にばらつきがあること、が大きく影響していると考えられたため、補修品質向上のために、①補修仕様の抜本的な変更、②長期暴露試験結果等に基づく性能確認と補修材料の認定化、③補修工事現場に常駐して施工管理を行う技術者への資格認定と継続教育の3点をセットで進めることとした。

2、補修品質向上の取り組み
(1)補修仕様の抜本的な見直しと「コンクリート構造物補修の手引き」の制定

 鉄筋コンクリート構造物のひび割れ発生箇所や浮き箇所を目視や打音検査で見つけて、叩き落としやはつり落としを行い、鉄筋の腐食状態を確認して必要に応じて防錆処理を行い、その後、ポリマーセメントモルタルを用いて断面修復するという方法が、当時一般的に行われていた断面修復の方法であった。当時としては、具体的な補修方法について解説した書籍はほとんどないなかで、『イラストで見るコンクリート構造物の維持と補修;ピーターH・エモンズ著、原田宏監訳、鹿島出版会』(以下、本書という)には、このようなやり方は間違った補修方法であり避けるべきであることが書かれていた。
 本書には、叩き落とした状態のままで断面修復すると、どうしても縁端部は薄刃状(フェザーエッジ)になっているため、断面修復材の付着強度が低下することになるので、縁端部は表面に対して90度の角度で、できるだけ矩形にまとめてはつり込むこと、腐食した鉄筋の2cm裏まではつり込むことなどが推奨する断面修復の方法として図示されていた。
 鉄筋コンクリート部材では、鉄筋が腐食すると腐食生成物の体積膨張でひび割れが発生し、さらに腐食が進展するとかぶりコンクリートが浮いたり剥落したりする。浮き部分をハンマーで打音すると、たとえばパンパン、バンバンという異音が発生しハンマーで容易に叩き落すことができる。叩き落し部の形状は、一般的に腐食した鉄筋部分を起点としたコーン状で縁端部は薄くなっている。検討の結果、本書に書かれているとおり、叩き落し部分をそのまま補修すると、補修縁端部はフェザーエッジとなり、補修材料の水和反応が阻害されて付着強度が低下し再剥離の原因となりやすいことが分かった。
 そのため、それまでの補修仕様を改め、はつり部分の周囲には鉄筋を傷つけないように深さ1cm程度のカッター目地をコンクリート表面に直角に入れて、フェザーエッジが生じないようにはつり取ること、また、はつり形状はできるだけ矩形になるようにまとめてはつること、鉄筋周辺の劣化因子を完全に除去するため鉄筋裏2cmまではつり込むこと(この2cmは、鉄筋の全周にわたって錆落としが実施できる最小寸法として施工性を考慮して決定した)、腐食した鉄筋の錆を電動ブラシやワイヤーブラシで除去し防錆剤を塗布すること、補修モルタルは、材料ごとの仕様を遵守して練混ぜ、左官材料ははつり箇所の周囲に向かって押し付けるように仕上げることなどの補修仕様の見直しを実施した(図-1)。

図-1 補修仕様(はつり方法)の見直し

 JR西日本では、コンクリート構造物の補修品質の向上を目指して、2001年4月、「コンクリート構造物補修の手引き(第1版)」(以下、補修の手引きという)を制定した。この補修の手引きは、劣化メカニズムの解説に始まり、補修材料の要求性能、認定材料の特徴と使用する際の留意点、各種補修工法の施工手順とその留意点などについて、写真を多用して具体的に分かりやすく解説したもので、2001年の制定以来、新しい知見を取り入れるなど改訂を重ね、現在の第6版(2014年4月改定)に至っている。(写真-1)

写真-1 「コンクリート構造物補修の手引き」第6版(2014年4月改定)

(2)補修材料の性能確認

 補修材料の性能については、材料メーカーのカタログに示された数値は、ほとんどすべてが実験室の促進試験結果を記載したもので(なかには、公的な第三者機関の試験結果でないものも含まれていた)、長期暴露データはほとんど記載されていなかった。材料メーカーにとっては長期にわたる暴露試験は費用の点で困難であると思われるし、実構造物を管理する立場ではないので、補修材料の販売実績(使用実績)があったとしても、施工データや経年データを施設管理者から入手してカタログに公表することは極めてハードルが高いなど、当然のことと言えばそうかもしれない。

 しかし、ユーザーとしては、材料メーカーのカタログ値に使用された母材と既設コンクリート構造物では、コンクリートの性質が異なるが、カタログ値をそのまま適用して良いのか?、現場では施工のバラつきが生じるが、現場で施工した後の性能が実験室どおりに持続するのか? 促進試験結果は構造物が置かれている屋外環境下では何年分に相当するのか? などの素朴な疑問には答えてはもらえなかった。そのため、JR西日本は、調査研究委員会の指導のもと、自ら性能確認を実施するとともに、要求性能を満足した材料を認定材料として独自に認定することとした。補修材料の性能確認および認定材料については、このあとの第3章で別途詳しく述べることにする。

(3)コンクリート補修施工管理技士制度と継続教育

 コンクリート構造物の補修は、構造物の新設とは異なり、補修箇所の変状の状況、その原因および環境条件等を踏まえ、使用する材料や機器等の特性を十分に理解したうえで適切な方法で施工しなければならないことから、一般的に新設よりも難しいといえる。そのため、補修品質の向上を実現するためには、コンクリートの補修に関する基礎的な知識を有していることはもとより、JR西日本が独自に定める補修仕様についても熟知している者を現場施工管理の任に当てる必要があった。
 JR西日本は2001年6月に「コンクリート補修施工管理技士」制度を創設し、補修工事に従事する一定の資質を有する施工会社の技術者を対象に、補修の手引きに関する講習会を実施し、講習会後の試験に合格した者にコンクリート補修施工管理技士(以下、補修管理技士という)の資格認定を行い、施工現場に常駐させることとした。写真-2に講習会の実施状況を示す。補修管理技士は現場で様々な確認や管理を行いJR西日本の監督員にその結果を報告する。補修管理技士がいないとJR西日本が発注する補修工事は受注できないし、補修管理技士は概ね2年ごとに開催される研修会に参加して継続教育を受け更新手続きをしなければならない。

写真-2 コンクリート補修施工管理技士の講習会

 研修会では、何のために補修するのかということや補修の手引きを守ってきちんと丁寧に施工すること、および確認することの重要性を繰り返し研修してきた。「補修の手引きを守ってきちんと丁寧に補修してください。」と口が酸っぱくなるほどお願いしても、中々、遵守してもらえないのではないかという危惧があった。そのため、「きちんと補修しなければ、具体的にどのような不具合が生じるのか」ということを理解してもらうことが早道と考え、認定材料の材料メーカーにお願いして、練混ぜや施工条件をわざと変化させた場合に付着強度がどのように変化するかという種々のデータを提出してもらい、それぞれの認定材料の施工要領に図示した。また、実際に生じた不具合事例の写真を補修の手引きの参考資料に掲載して、研修会で繰り返し説明した。
 図-2に断面修復材料の練混ぜ条件や施工条件の変化が付着強度に与える影響の一例を、補修の手引き(第2版、2001年12月改定)から抜粋して示す。

図-2 練混ぜ条件等の変化が付着強度に与える影響の一例

 補修工事では、コンクリート構造物の長期にわたる維持管理を効果的に進めるために、補修に関する様々な内容を記録にとどめ、これを保存活用していく必要があるが、特に現場においては、今後の検査または再補修時の参考とするために施工完了後、施工年月、施工方法、施工会社、コンクリート補修施工管理技士名を書いた銘板を取り付けることにした。このことによっても補修管理技士は、「自らが補修した箇所は決して再劣化させない。」との気概や誇りを持って補修工事に従事することになる。
 同制度の発足から20年が経過したが、補修工事に従事する技術者の技術レベルの向上、施工品質に対する責任の所在の明確化と現場の意識改革、補修工事に従事している現場技術者の地位向上や意欲の高揚などを図ることができ、補修品質の向上に大きく貢献できていると考えている。2021年7月現在、710名が資格を取得し、新幹線のみならず在来線も含めたコンクリート構造物の補修現場で活躍しているのは、本当に頼もしい限りである。

(4)その他(番外編)

 補修品質の向上は、当時、早急に解決しなければならない重要な課題であり、それを実現するためには上述の3点をセットで推進する必要があった。2001年新年早々に当時の上司(施設部長)に提案したところ、上司からは、第2第3の剥落事故や補修箇所の再劣化を防止するために、全て君に任せるとの力強い激励を受けた。また、補修仕様を変更することで契約単価がアップし修繕費が増加することになるが、JR西日本の重要な収益基盤でもある山陽新幹線構造物の健全性を将来にわたって確保していくためには必要不可欠な増加費用であることは、財務部にも理解してもらうことができた。
 ただ、最大の難関は、それまで補修工事を一手に受注していたグループ会社の役員(JR西日本OB)であった。コンクリート補修施工管理技士制度を導入することに反対はなかったが、その制度をグループ外の一般ゼネコンにまで拡大して実施することで受注機会が減少することに強い抵抗があった。叩き落としに補修が追い付いていなかったことから、十分な施工能力を確保したうえで計画的に補修を進めていくには、グループ会社の施工能力だけでは不十分であることは理解してもらえたが、それでもグループ会社で施工させて欲しいとの平行線の議論になった。
 そこで、椅子取りゲーム方式による補修を提案し、最終的に了解を取り付けた。椅子取りゲーム方式とは、各支社が発注する補修工事を、最初はグループ会社と複数のゼネコンに発注して工事するが、施工成績(全20項目について、各項目5点満点)をJR西日本の監督員が評価して採点し、最下位の成績になった施工会社は、翌年度以降は指名してもらえない仕組みのことで、年度ごとに1社ずつ補修工事から脱落していくので、きちんと仕事をして優秀な成績を収めた会社は徐々にパイが大きくなっていく。グループ会社は、それまでの長年の補修実績と経験があるから、成績上位をキープできて椅子取りゲームに勝ち残っていける可能性が高いし、発注者であるJR西日本にとっては、成績優秀な施工会社に施工してもらうことは、さらなる補修品質の向上につながることになる。椅子取りゲームの趣旨と全20項目を発注前に、全施工会社に説明したうえで実施したが、きちんと施工した会社には相応のインセンティブが与えられるという仕組みは、3点セットの番外編として補修品質の向上に少なからず寄与してきたと考えている。

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