道路構造物ジャーナルNET

②第三者影響度

山陽新幹線コンクリート構造物維持管理の20年を振り返って

西日本旅客鉄道株式会社
技術顧問

松田 好史

公開日:2021.08.16

 連載第2回では、1999年に発生した山陽新幹線福岡トンネル事故で得た重要な教訓のひとつである第三者影響度について振り返り、併せて2001年に制定された土木学会コンクリート標準示方書〔維持管理編〕について、感じていることを書き留めることにしました。

1、トンネルの要求性能

 山陽新幹線福岡トンネルの事故後、2001年に初めて制定された土木学会コンクリート標準示方書〔維持管理編〕(以下、維持管理編という)には、コンクリート構造物の要求性能として、安全性能、使用性能、第三者影響度に関する性能、景観・美観、耐久性能の5つが定められている。なお、2013年制定版でコンクリート構造物の要求性能に復旧性が加えられ、現在の維持管理編(2018年制定版)でも、6つの要求性能が定められている。
表-1 コンクリート構造物の要求性能 (コンクリート標準示方書〔維持管理編2013年制定版〕)

 福岡トンネル事故では、第三者影響度という要求性能が与える影響の大きさを、身に染みて教えられた。たとえば、コールドジョイント部からのコンクリート塊の剥落によりトンネルを構成するシェル構造の一部に断面欠損が発生したり、あるいは豆板部の叩き落としやはつり落としなどにより覆工コンクリートに開口(その大きさが1m×1m以下のもの)が生じたとしても、トンネル構造物全体としての安全性の低下は限定的で、ほとんど影響を与えないことをFEM解析で確認しているし、第三者影響度を除く他の要求性能もほとんど影響を受けるものではない。しかし、第三者影響度という要求性能についていえば、覆工コンクリートの剥落発生=事故であり、人命や財産を脅かすことに直結する。福岡トンネル事故や北九州トンネル事故などの一連の剥落事象は、山陽新幹線に対する利用者の信頼を大きく揺るがす事態にまで発展したが、事故当時まで、私は、恥ずかしながら第三者影響度という要求性能が、安全性や使用性という要求性能よりも、はるかに重大な影響を与える要求性能となる場合があることを十分に理解できていなかった。
 維持管理編(2001年制定版)の制定資料に書かれているように、維持管理編は、構想から12年もの歳月をかけて、多くの委員により慎重に検討が加えられ、また土木学会内外からの様々な意見を参考として取りまとめられたものである。私は、福岡トンネル事故後、様々な荒波の矢面に立つことになったが、山陽新幹線コンクリート構造物の維持管理に必要となる人材や予算の確保および社員教育をはじめプレス対応等に、維持管理編を少なからず活用させていただいた。誌面を借りて、維持管理編制定に尽力された当時の委員各位にお礼を申し上げる次第である。
 JR西日本では、コールドジョイント部からの剥落再発防止のために、①容易に撤去できるコンクリートは撤去し、撤去部は必要に応じて剥落防止樹脂を塗布する程度で、将来の剥落リスクを回避するために原則として跡埋め補修は実施しない、②ハンマー等で打撃しても撤去できないコールドジョイント部のうち、打音により異音が認められる箇所は、念のため帯板や山形鋼で上下部を縫い付けたり、樹脂注入を実施して一体化する、③または、念のためエキスパンドメタル等を用いた面的な押さえ工を実施する、の3つの方針で対処した。

写真-1 コールドジョイント部の押さえ工の事例

 さらに、福岡トンネル事故後の1999年10月に発生した北九州トンネル事故を受けて、山陽新幹線全142トンネル(総延長約280km)の覆工全面を打音検査するという、最も確実かつ徹底的な方法で「トンネル安全総点検」を実施した。トンネル安全総点検は、再発防止対策と初回検査を兼ねて、一部深夜時間帯の営業列車を運休して点検時間の拡大を図り、延べ69,000人を投入して52日間にわたって実施した。
コールドジョイント部の剥落防止対策もトンネル安全総点検も、いずれも第三者影響度という要求性能を確保するために、JR西日本が総力を挙げて実施したものである。

写真-2 トンネル安全総点検の状況

 余談ではあるが、日々のトンネル安全総点検の結果は、詳細に報道機関に資料提供した。資料提供については、内部資料と思われるものも含めて、当時の対策本部長の指示により全面開示した。全面開示については、社内で当初意見が対立した経緯があったが、報道機関の受け止め方からも全面開示が誤った選択でなかったことはすぐに分かった。また、約3年間にわたるプレス対応では、事前説明を十分過ぎるほど丁寧に説明しても、読者受けする表現でしか報道してもらえないもどかしさを私は何度も経験した。不適切な表現や読者に誤解を与えかねない表現の記事があれば、その都度、担当記者に具体的に根拠を示して指摘し、時には再説明を行った。記事を訂正してもらえたことは一度もなかったが、JR西日本の構造物の維持管理に対する真摯な取り組みや担当者たちのひたむきな姿勢は、十分に理解していただくことができたと思っている。

 山陽新幹線福岡トンネル事故発生後、直ちに運輸省(当時)は、発生原因の究明と再発防止対策を策定することを目的に、「トンネル安全問題検討会(座長:京都大学大学院工学研究科教授(当時)足立紀尚)」を発足させ、2000年2月に「トンネル安全問題検討会報告書」(以下、報告書という)を取りまとめたことは、連載【第1回】で述べたとおりである。報告書の第3章では、鉄道トンネルにおける今後の検査体系の基本的な流れ、全般検査における目視検査・打音検査の対象と方法、判定の考え方を整理して「トンネル保守管理マニュアル」として取りまとめている。トンネル保守管理マニュアルでは判定の考え方において、外力、劣化、漏水等による機能障害に対する判定区分は、従来通り(AA、A1、A2、B、C、S)としているが、剥落に対する判定区分を新たに設け、α(要対策)、β(要注意)、γ(問題なし)の3区分としている。この考え方は、周期を定めた定期的な検査において把握が必要な4つの項目(外力、劣化、剥落、漏水等による機能障害)のうち、剥落による第三者影響度を他の性能と区別して判定することで、現場技術者に剥落リスクについて強く意識させることもできることから、トンネル保守管理マニュアルで新しく導入された特別全般検査の検査体系と同様に、覆工コンクリートの剥落防止対策として非常に有効で合理的であると考えている。ただ残念なことに、JR西日本では、剥落に対する判定区分(α、β、γ)は、現在のところトンネル覆工に対して適用されているもので、鉄筋コンクリート(以下、RCという)構造物全般に対して適用されているものではない。道路交差部や高架下利用箇所などで剥落リスクが想定される構造物に対しては、剥落による第三者影響度を他の要求性能と区別して判定する仕組みの導入が不可欠と考えている。

 同じ鉄道でも、岩石斜面の安定性評価手法においては、古くから、発生源での安定性評価(危険度Ⅰ~危険度Ⅴ)をした後、鉄道線路等への影響度の評価を実施して、それらの総合評価で災害発生の危険度を評価する手法が用いられている。JR西日本では、この概念を土工等設備の健全度評価に適用することを有識者に諮問し、2011年8月に「土工等設備の維持管理標準」を定めて、斜面における落石の危険度判定を、「発生源の不安定性調査による評価区分(aa、a、b、c、sの5段階)」と「対策の効果を加味した線路への影響(1、2、3の3区分)」の二つの評価をマトリクス表示して総合判定する独自の手法を確立している。後者の「対策の効果を加味した線路への影響」が、第3者影響度に相当するもので、たとえ落石の不安定性が高くても地形などから線路等に影響がおよばない状況であれば対策優先度は低いと判定するものである。自然の時の流れの中で徐々に経年劣化していく自然斜面と社会基盤施設としての鉄道構造物などとの差異があるものの、着目すべき要求性能に区分して健全度判定を行う仕組みは、現場技術者の点検漏れや判定ミスを防止し、施設管理者が行う措置の優先順序付けの適正化にもつながるものであると考えている。表-2に、JR西日本における「土工等設備の維持管理標準」(2011年8月制定)における落石に対する健全度判定基準を示す。

表-2  落石に対する健全度判定基準(土工等設備の維持管理標準(JR西日本;2011年8月)から抜粋)

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