道路構造物ジャーナルNET

⑲設計の再評価と維持管理

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2021.04.01

(1)はじめに

 首都圏1都3県の緊急事態宣言が解除された。待ちに待った選抜高校野球2021が19日に開幕。26日からは日本プロ野球も開幕。残すは夏のオリンピックだがどうなることか。
 思い起こせば10年前の3月、東日本大震災が発生し未曾有の大災害となってしまった。福島第一原発では巨大津波の発生により原子炉冷却用の外部電源・非常用電源を消失。1、3、4号機では、その後、水素爆発事故が発生。放射能が広範囲に拡散した。この原発事故の調査を行った「国会事故調査委員会」は「自然災害ではなく人災」と報告した。まさにその通りだと思う。
 震災復興事業に投入された費用は、10年で約31兆円。阪神淡路大震災復興事業費の2倍にあたる。このうち防波堤や宅地整備などのインフラ整備には十分な費用対効果の検証が行われないまま巨費が投入されてきた。震災後10年経過した現状を各テレビ局が伝えている。ハード面に偏った復興のツケは、人口減少や高齢化が進む地方自治体に深刻な人材不足を招き、町の再生に課題を投げかけている。このような状況の中、関西国際空港本社で設計係長として机を並べていた兵庫県庁出向の2歳年上のT氏(当時)は自ら進んで支援に赴かれていると聞いている。
 2013年頃、ある月刊誌の編集委員をしていて、編集会議で震災復興事業に関する企画案が審議された。建物やインフラ関係(機構、ゼネコン等)の委員からは復興事業の内容や進捗状況が説明されたが、本当に地元に利があるのか、首を傾げるようなものだったような記憶がある。
 生活を変えられない(変えたくない)から場所を動かない人達、されど将来の不安の為に動いた(動かざるを得なかった)人達、原発周辺では自宅に帰ろうにも帰れない人達が大勢いる。行政・事業者は、地盤の嵩上げや道路・鉄道の整備を行うが、人は中々戻って来ない。宅地を造成したり、震災復興住宅を建てるが、収入の関係で家賃が高くなり払えない人もいる。少し考え直してもらいたいものだ。
 戦後特需ではないが、言わば、震災特需で非常に高いコストで作り、維持管理費も高くなる構造物はないのだろうか。ある鉄道マンから聞いた言葉がある。戦後~高度経済成長期にシャブコンが多かったという。「工程短縮と品質」という相反する課題を解決できなかった。発注者が現場に出かけて検査をしないから劣悪なコンクリートが残ってしまった。
 この60年で培った技術は何だったのか。良い材料を使えば品質の良い、施工しやすいコンクリートが打てる、ということではないのか。水中不分離性コンクリートであり、高流動コンクリートである。ここで間違ってはいけない。あくまでも良いコンクリートの打設管理をするのは人間であり、ポンプ車がやるわけではない。
 生コンプラントを所定の品質で出たコンクリートは、現場で品質管理が行われる(スランプ、空気量)。また、圧縮強度用のテストピースが作られる。これが終われば水を注入、ではない。発注者側の施工管理員でも良い、請負者側の技術者でも良い、責任を持った良質の技術者がタッチして欲しいものだ。
 今回は、「設計の再評価と維持管理」について述べる。この10数年の間に公共インフラの世界は様変わりした。誰でも彼でも「維持管理の時代に突入した」と。
 それは違う。1995年1月の阪神大震災。ラーメン高架橋の崩壊で露見した施工不良の数々。経済性と施工性を追求した挙句、手抜き工事のオンパレード。想定を上回る地震の発生と構造物の挙動で壊れたダンパーやリンク。東京オリンピックの頃から既に維持管理の時代に突入しているのだ。
 掛け声だけは良かったが、設計・施工が言葉通りに追い付いていっていない。まさしく経験則が反映されていないのだ。今回、話題の一つとして取り上げるのは、長大吊橋主塔の維持管理上の問題についてである。
 明石海峡大橋主塔の制振対策は、松・竹・梅の特上松の設計・施工が行われたが、結果的に維持管理上の大きなお荷物となった事例として紹介する。設計者を非難しているのではなく、今後の技術の発展と継承に役立てて頂きたいと考えてのことである。お許し願いたい。
 平成21年度末、阪神高速道路から本四高速に復帰する際、阪高の社内報に書いた言葉があるので紹介する。「攻めの維持管理を目指せ」と。先例の踏襲ではなく、「現象を見て考える、既存資料を読んで考える、他の参考となる事例を調べて考える、自己の知識とネットワーク知識を活用して考える、新技術の活用も考える」ことを習慣付けた「攻めの維持管理」である。

(2)明石海峡大橋主塔で起こった維持管理上の問題点

 2004年、大鳴門橋の橋梁課長をしていた当時の話である。明石海峡大橋の橋梁課長をしていたのは同期のU君。現在は私と同様、早期退職をして某コンサルタントの海外担当部長をしている。何カ月かに一回、両事務所持ち回りで情報交換会を開催していた。両事務所における課題を議論しあうのだが、激論は懇親会でも引き続き行われる。
 彼が頭を悩ませていたのは、「主塔の制振装置の御守について」であった。明石海峡大橋主塔には、2P(神戸側主塔)で計40基、3P(淡路島側主塔)で計40基、合計80基のTMD(Tuned Mass Damper/質量同調式ダンパー)が設置されていた(図-1参照)。


図-1 明石海峡大橋主塔制振対策概要

 このTMDの維持管理費は、TMD1基を5年ごとに分解整備する費用として500万円。トータル1回メンテ当たり4億円。これを耐用年数の期間メンテすれば目がくらむような莫大な費用となるわけだ。この相談を受け、時間の許す時には構想を練っていた。その後、阪神高速に4年間勤めた後、本四に復帰してから本格的に検討することになった。

(3)従来の主塔の制振対策

 主塔の制振対策には、①空気力学的対策、②構造力学的対策、の2つがある。空気力学的対策は、主塔の断面形状を変化させ、空気力学的特性を改善するものである。構造力学的対策は、制振装置により減衰を付加するものである。
 一般的に、主塔の耐風性(渦励振)が問題となるのは架設時、つまりフリースタンディング時(独立柱)である。これは塔頂をケーブル反力で支持された完成時においては、固有振動数や構造減衰が上がり、振動(渦励振)が発生しにくくなることによる。設計者は、完成時に有害な振動を残さないような基本断面を作成し、その後、架設系の検討に移っていくこととなる。過去の事例では隅切り形状を工夫することで対応している(図-2参照)。


図-2 吊橋主塔断面形状

(4)明石海峡大橋の主塔制振対策

 明石海峡大橋主塔は、従来の吊橋の主塔に比べ塔高が高く、可撓性に富み、固有振動数が非常に小さい。このため主塔架設系のみでなく、完成系においても有害な振動(曲げ及びねじれの渦励振)の発生が想定された(表-1参照)。


表-1 主塔の渦励振特性

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★渦励振特性のポイント
 ・曲げ1次の渦励振は、設計風速36m/s(瞬間風速で43~54m/sクラス)で最大振幅が95cm。昨今の気象状況から供用期間中に複数回発生する強風。但し、風向きは橋軸直角方向で限定される。
 ・ねじれ1次の渦励振は、設計風速66.7m/s(瞬間風速で80~100m/sクラス)で最大振幅が217cm(スクルートン数と振幅の関係から推定(完成系の主塔の構造減衰δ=0.02))。150年に1回、吹くか吹かないレベルの風速。風向きは橋軸直角方向で限定される。
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 このため、架設系・完成系ともにTMDによる制振対策をとっている(図-1の通り)。さらに、吊橋完成系の主塔の振動(曲げ及びねじれ)を制御するTMDが故障した場合のフェールセーフとして、主塔と側径間補剛桁の間に桁間ダンパー(非同調式油圧シリンダ型ダンパー)を設置している(図-1参照)。
 この桁間ダンパーは、長周期地震時には側径間補剛桁の移動量と反力が許容値を超えることから、桁間ダンパーの付加減衰を積極的に利用することとし、これにより側径間補剛桁の減衰を高め、地震時の変位を制御している。この主塔内に設置されたTMDと桁間ダンパーを称して「ダブルセーフティ」と呼んでいたようである。

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