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大分県日田市・中津市、福岡県朝倉市・東峰村など

九州北部豪雨で生じた道路被災の現場を歩く

 7月5~6日に福岡県朝倉市や東峰村、大分県日田市や中津市などを襲った九州北部豪雨は、各地に甚大な被害をもたらした。福岡県は25日15時時点で死者32人、行方不明者6人、重傷2人、軽傷8人の人的被害をもたらした。道路分野では道路被害が296件、橋梁被害が26件、土砂災害が203件に及んでいる。全面通行止め路線は朝倉市で6件、片側通行止め3件に及んでいる。また、大分県は死者3人、重軽傷者4人(すべて日田市)の人的被害をこうむった他、道路被害は663件(そのうち504件が林道)に及んでいる。日田市では25日15時時点においても全面通行止めは25件、片側通行止めは20件に及んでいる。福岡県朝倉市朝倉では最大24時間降水量が545.5mm、大分県日田市日田では同370.0mmなど観測史上1位を記録、朝倉では最大1時間降水量も129.5mmと観測史上1位を記録する未曽有の豪雨が襲った。但し、現場を歩くと「未曽有の豪雨」だけが原因ではないことが見て取れる。流木、土砂……、河川上流域の川幅の狭い箇所はもちろん、橋脚が河積阻害を引き起こしている箇所ではこうした水に流された木や土砂が護岸を壊し、橋に引っかかって冠水を引き起こし、被害の拡大を引き起こしていた。例えば日田市の瀬部集落(大肥川隣接地域)では上流の宝珠山駅付近に架かる橋脚が川の閉塞を引き起こし、JRの鉄橋をこそ流失させなかったが、鉄道の盛土部の崩落、宅地や田畑の損壊を引き起こしていた。記者は、平成16年の佐用水害からこうした現場を取材しているが、山の崩壊による水害の拡大はいよいよ深刻さを増してきたように思える。土木による対応はもちろんだが、山林の手入れをしなくては上・中流域の市民の安全は保てまい。コンパクトシティなど宣うまでもなく現実に住めなくなる。本当にこれで良いのだろうか?(井手迫瑞樹)


 記者は遅ればせながら19日に大分、21日に福岡の被災現場を巡った。ありがたいことに大分では、東亜コンサルタント財津公明専務に連絡が取れ、同地に詳しい同氏とともに現場を巡ることができた。平成24年の水害時も一緒に廻っていただいたことがあり、取材がスムーズに運んだのは財津氏の力に拠るところが非常に大きい。この場を借りてお礼する。また、福岡の取材においては一般社団法人ツタワルドボクの代表理事で特殊高所技術の執行役員でもある片山英資さんに同行していただいた。福岡での取材が効率的に行えたのは同氏のおかげである。この場を借りてお礼する。


1.大分

 19日早朝に羽田から大分空港、次いで大分駅で9時半過ぎに財津氏と合流した。財津氏は、豪雨当日、日田市に私事で出かけており災害に遭遇、大分に帰ることができず当地に一泊したという。「道路は冠水状態であり危険を感じた」と同氏。ただし24年7月の水害を経て各種対策を行った結果か、JR久大本線の花月川橋梁の流失はあったものの、総じて前回ほどの被害には達していないようだ。

 さて、大分ICから高速道路に乗り、大分自動車道日田ICで降りて、最初の目的地である中津市の耶馬渓支所付近に行くため国道212号を東に走る。日田済生会病院近くの道路も冠水し、病院にひたひたと水が迫ったということ。市街地を過ぎると212号は山国川沿いに沿っているが、山側の斜面や川の護岸が様々な箇所で崩落や損傷を起こしている。


国道212号線の法面補修/平成24年7月水害で補強された護岸


曽木付近の護岸崩落

 耶馬渓支所と本耶馬渓支所を山国川に沿って結ぶ道路は中津市本耶馬渓町曽木付近で生じていた護岸の一部崩落により不通になっていた。来た道を少し戻ると同町字多志田の岩屋と中川原(文字通り中洲状の地形)を結ぶ市道の橋梁の左岸側アプローチ部が崩壊している。近づいてみるとどうも一度流失した桁を復旧した気配があり、桁そのものは流れていないが、南岸側の橋台背面の護岸が流失している。この護岸、流れに掉さす突起のように橋桁に連なっており、こうした洪水時には水をせき止めるような効果すらあったのではないか。カルバートか桁で下に水を流せばよかったのに……と思うのだが。

市道の橋梁/左岸側アプローチが大きく崩壊している


上流から見た市道橋。左岸側のアプローチは流れを阻害していなかっただろうか


 さて、さらに戻ると第二山国川橋梁の雄姿が見えた。前回の豪雨でこの橋も一部流失を経験したが、今回の豪雨では流失を免れたようだ。次いで耶馬渓支所付近、柿坂の山国川に架かる潜り橋である穴田橋は右岸側の橋台背面と左岸側の1径間が流失していた。


今回は無事だった第二山国川橋梁


穴田橋の損傷状況


 さらに国道212号を西へ向かうと市道八日市線の八日市橋(潜り橋)が2径間程流失していた。同橋は大正時代に当時の篤志家の手で架けられた橋らしい。もっとも現在の橋が何代目かは分からない。


八日市橋の損傷状況


左岸側の護岸? も大きく損傷している/八日市橋の建設記念碑

 金吉川沿いの耶馬渓町金吉提鶴付近に架かる橋では、両岸の橋台直接基礎が浮いていた。さらに西、同市山国町中摩庄屋村の山国川に架かる市道庄屋村線記念橋では右岸側の橋台背面の護岸および盛土が流失していた。


基礎が浮いている


 記念橋は何度も流失の歴史を有していることが、傍らにある記念碑から分かる。さらにグーグルマップで調べると護岸上にも道があったようだが、もはや窺い知ることはできない。ここもアプローチ部が川の流れを多少阻害しているように感じる。盛土の背面には田圃があり、これを守っていたものとも考えられるが、今後はこの田圃を買収し、盛土による原形復旧ではなく、橋による復興を模索する方が良いのではないだろうか。


記念橋は右岸側の橋台背面およびアプローチが流失している/建設の流失の歴史を示す記念碑


右岸側には流木が未だに引っかかっていた/護岸を乗り越えた巨岩が佇む ここには盛り土があったはずだが

 山国町守実の花房橋の交差点で国道496号に分岐し、西北に進むと山国町草本付近で大規模ながけ崩れが生じていた。30m程度の高さから崩れており、国道はもちろん、下にある家屋を数件潰している。ただ幸いにして死者は出なかったということだ。


草本付近の大規模な崖崩れ/家屋が巻き込まれるも死者は出なかった


 212号を日田方面へ戻る。道すがら中津市山国町守実の上志川を跨ぐ個所で橋桁の一部が流されていた。


橋桁の一部が流されている

 日田市花月付近で旧国道212号(県道720号)を東に進み、花月川が下を流れる箇所に行ってみる。WEB上では全面通行止め、道路地図では「花月橋」と記されている地点だ。 着いてみると路面が陥没していた。橋と地名はあるが、橋はない。埋めたのか? しかし沢はある。近づいて慎重に穴を覗き込むと石橋らしき遺構が見える。桁の上に土を盛り舗装したのだろうか。沢は土砂や流木で閉塞していた。流れきれなかった水が悪さをして、こうした陥没が起きたのだろうか。そもそもここが橋を半ば埋めたような構造であることを知っている人はどれだけいるのだろうか。


「花月橋」付近の道路陥没/陥没した箇所の内部を見てみると……


沢の上部は土砂や流木で閉塞していた


 戻って国道212号を西へ、そしてすぐに藤山三差路付近から県道107号を西北に走る。山側斜面は少なからず崩壊があり、片側通行を余儀なくされる個所もあった。


片側通行部/西河内橋

 日田市三河町の小野川(筑後川水系)渡河部に架かる西河内橋は高欄がほとんどなくなっており、全面通行止めとなっていた。さらに107号を北へ進む。小野付近は複数の箇所で山が大規模に崩れていた。大量の土砂は付近の田畑や住宅を飲み込み、小野川に流入。巨大なダム湖が発生していた。さらに北側では土砂により桁下が閉塞、高欄の多くが損傷するもかろうじて桁は持っている橋があった。


小野付近の状況写真①


小野付近の状況写真② 山が大規模に崩れ、土砂で家屋が埋まっている


小野付近の状況写真③ 巨大な自然ダムが生じていた。


竹尾橋は岩石・流木・土砂で桁下が閉塞していた/竹尾橋橋面


 この時点で17時過ぎ、時間がほとんどない中、無理を押してさらに数か所を回る。107号を戻り、国道212号に沿う市道の護岸の崩壊箇所を撮影する。


護岸の損傷で通行止めされた日田市道天神市ノ瀬線


 次いで県道671号を西北にJR宝珠山駅の方向に向かう。その途中、沢が直下を走る市道と671号の合流点近く、沢に沿って走る市道の舗装がほとんどめくれている。沢と交差している道路内には導水管があったが、その上側が土砂・流木によって閉塞しており、逃げ場がなくなった水が道路上に土砂・流木と一緒に冠水して舗装を破壊したのだろう。671号の縦断の低い方向のガードレールにも転々と流木が引っ掛かっている。相当広範囲に道路上を水が流れたことが分かる。崖下には車も転落している。どこから流されたのかは分からない。


市道小淵線と県道671号大鶴熊取線の合流地点① 大肥川支流の日明原川が流れる


市道小淵線と県道671号大鶴熊取線の合流地点②

剥がれた舗装/閉塞した日明原川


市道小淵線と県道671号大鶴熊取線の合流地点③ ガードレールに引っ掛かっている流木


 宝珠山駅付近に着く。駅の玄関口で大肥川に架かる橋梁には多数の流木が引っ掛かっている。のちにここが閉塞していたことが下流に甚大な被害を与える遠因になったことを21日の取材で思い知ることになる。


宝珠山駅の入り口にかかる橋も高欄まで流木が達していた


 下流のJR日田英彦山線の大肥川渡河部(日田市大肥)の橋梁は被害をほとんど受けていなかった。しかし、その下にある白岩橋は右岸の橋台背面部が流失していた。グーグルマップで同地を調べたところ平成24年水害でも同橋付近の護岸が損傷していた。


JR日田英彦山線の鉄橋と白岩橋/高欄の一部が無くなり、右岸側のアプローチも流失


アプローチ部の流失状況/右岸から左岸側を撮影


 さらに大肥川に沿って県道52号を南下する。県道212号と左岸側の市道を結ぶ諸橋梁が損害(夜明橋:全桁流失、茶早瀬橋:右岸側橋台背面アプローチ流失、夜明公民館裏の橋梁:左岸側アプローチ流失)をこうむっていた。



夜明橋は桁が落橋していた


茶早瀬橋


川崎橋

 極めつけはJR日田彦山線の花月川橋梁である。橋脚が達磨落としのように崩壊しており、落橋している。様々な背景はあるかもしれないが、在来線の橋梁をもう少し何とかできないものだろうか。落ちた橋脚の残骸を見ると、無筋コンクリートであろうか。仮にそうだとすれば、豪雨時では一溜まりもない。


JR日田彦山線の花月川橋梁。橋脚が全て倒壊している


花月川橋梁橋台部/流された桁およびレール


一日も早い復旧が望まれる