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⑰公共工事における権利者-過去の経験を未来にー

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長

角 和夫

公開日:2021.02.01

(1)はじめに

 公共事業を計画・施行する際に必ず登場するのが「権利者」である。陸上部で言うと「地権者」、「建物所有者」、「周辺居住者」等である。海上部(公有水面)で言うと「漁業権者」、である。地権者は、土地の所有権または借地権(建物所有を目的とした地上権又は借地権)を有する者である。周辺居住者は騒音・振動等の折衝相手である。漁業権者は、当該または周辺海域の操業者であり、漁業を生業とする権利の保持者である。海域の中で養殖業などを営む「区画漁業権」もある。漁船やフェリー等の航路等の使用に関しては、船舶の交通ルールを定めた3つの法律(海上衝突予防法、海上交通安全法、港則法)で定められている。
 今回は、これまでに経験した各権利者との交渉等について紹介することにする。あくまでも最低限の知識として技術者に頭に入れておいて欲しい領域と考えてのことである。

(2)地権者

 公共事業に関して日本ほど地権者の権利が尊重されている国は世界でも珍しいであろう。インドネシアでは、公共事業優先で僅かなお金で立ち退きを余儀なくされる。中国は強制立ち退きである。20世紀半ば以降の高度経済成長期では、公共事業は汚職の根源とも言われ、マスコミに再三叩かれていたことを思い出す。高速道路や高速鉄道のルート選定(中心線を入れるところ)から様々な人の暗躍が始まることとなる。

 瀬戸大橋の陸上部長大橋等を担当していた時、つくづく感じたのは二束三文の山に中心線が通っただけで数億円から数十億円の価値が生まれる異様さである。また、福岡県の北九州空港連絡橋を担当していた当時、現在の東九州自動車道 苅田北九州空港ICの道路公団サイドと県サイドの用地単価が数倍から数十倍の差があったように記憶している。一般的な用地単価は①隣接地の正常な取引価格、②国の公示価格、③県の基準地価格、を調査し不動産鑑定士による鑑定評価額を参考にし、適正な価格を算定することで決定される。
 地元地権者から耳に入った言葉がある。「公団はいい値段で土地を買ってくれるが、県は雀の涙だ」と。昔から、高速道路は借金(財政投融資)をして、道路を造り、料金収入で償還する。早く道路を造り、早く償還する、のが公団の使命であると。道路公団民営化議論の後は、B/Cが1未満の道路でも「必要だと判断されれば」着手するようになった。所謂、「直轄無料道路」である。必要と判断(誰が)された道路は多額の税金を短期集中投入してでも造る。それまでの公団事業と同程度かそれ以上のペースで自動車専用道路が整備されることとなった。私達、利用者にとっては有難いことだが、閑散とした無料直轄道路を通るたびに本当にこれで良いのか、と思う次第である。

(3)漁業関係者

 ①関西国際空港連絡橋(1991年当時)
 関西国際空港(以下、「関空」という)連絡橋の工事が順調に進捗し、空港島の埋立が急ピッチで行われていた時のことである。空港連絡橋は、海上部分がほぼ概成し、残るは両岸の桁接続を残すのみとなっていた。空港島も地盤改良工事や造成工事が急ピッチで進められていた。
 私が所属する建設省グループ(空港連絡橋、島内道路、りんくう関連道路の建設を担当)と運輸省グループ(空港島造成、ターミナル、滑走路や誘導路等の建設を担当)ではそれぞれ沈下予測を行い、それぞれの設計・施工に反映していた。しかし、工事進捗が色々な意味で捗らなかったため、当初の開港予定時期を延伸せざるを得なくなった。この理由として、「想定以上の粘土層(洪積)の圧密沈下が発生した」、とマスコミに説明していたが正確ではない。このままでは連絡橋は完成するが、空港本体が完成しない。開港時期がどんどん遅れることになる。
 そんな時、運輸省グループ(工務一部)に関西電力から出向されていた電気設備担当の代理が連絡橋担当設計一係長の私を訪ねてきた。「工程短縮を図るために空港連絡橋に仮設電力ケーブルを敷設出来ないでしょうか」と。幸いなことに空港連絡橋は概成し、空港島側とりんくうタウン側の桁架設を残すのみという状態であった。この間は架空線(電柱で支持)で飛ばし、安定的な電力を供給する計画を策定とした。また、万が一の事故が発生しないように連絡橋上のプロテクトも厳重に行った(図-1参照)

「裏話1」
 当時、作業船等での海上アクセスしかない空港島上での各種工事(地盤改良工事等)は、発動発電機のみに頼っていた。国内でも台数が限定される超大型の発動発電機(800KVA×8基)である。この発動発電機の燃料は、大量の軽油である。この軽油は、地元の漁協から一括購入されていた。漁協を通さないと軽油が手に入らない構図である。このような補償交渉(手口)は、私もその後色々な場面で遭遇した。当時は、関空会社の調整部が一手に仕切っていた。

「裏話2」
Vシネマで「ミナミの帝王」というのがある。この中にも関空シリーズがあったのをご存知だろうか。漁業補償(工事目的物設置により消滅する範囲の消滅補償、工事中漁業が制限される制限補償等)で得た大金、警戒船等の名目で支払われる一隻数万円の一時金(日銭)により、地元の漁師が漁に出なくなり、近隣の漁港に魚が一切上がらなくなってしまった。漁協は、発動発電機の軽油を扱うことにより、手数料収入だけで莫大な金銭を手にすることになる。

 空港連絡橋には完成後にライフラインとして機能する電力や通信、ガス管などが添架されている。しかし、前後のアプローチが未完成であることから本設の添架配管を使えない。このため、概成した空港連絡橋の地覆上に仮設電力ケーブルを敷設する計画を策定し、近畿通産局との協議に奔走した。社内的には調整部の強い反対(漁協からの突き上げも)もあったようだが、「これ以上の開港遅延は許されない」、という経営者等の強い意志もあり計画はとんとん拍子で進められた。結局、りんくうタウン側から空港連絡橋に電柱を介して仮設電力ケーブルは敷設された(工事着手前に本四公団に復帰したため記憶がない)。全長約3.75kmの連絡橋上を空港島側まで到達した後、同様に電柱を介して島内に送電された。記憶では約4億円の投資で大幅な工程短縮が図られたと記憶している。

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