道路構造物ジャーナルNET

⑱鉄道構造物のメンテナンスと相談のしくみ、設計の知識

次世代の技術者へ

土木学会コンクリート委員会顧問
(JR東日本コンサルタンツ株式会社)

石橋 忠良

公開日:2021.02.01

 また緊急事態宣言となってしまいました。私も高齢者に入る世代ですのでコロナにかからないように、特に飲食時は人と距離をとるか、アクリル板で囲むかなど気を付けています。ワクチンや治療薬が行き渡るまではこのようなことの繰り返しがしばらく続きそうですね。注意してもかからないとは言い切れないので、病院の受け入れ態勢さえ問題ないと宣言できれば、皆不安がなくなるのだと思いますが。

 構造物のトラブル事例とその対応などをこれまで紹介してきました。私がかかわったのは、主に現地で判断に迷った場合の構造物のトラブルや災害などです。損傷構造物の調査や補修、補強対策や、災害復旧図の作成などです。それで終わりではなく、同じようなトラブルが起こらないように、設計や施工基準の変更なども行なってきました。
 今回は、私が国鉄時代に勤務した構造物設計事務所(構設)でのメンテナンスの対応を中心に紹介します。なおJR東日本の構造技術センターでの対応もそれに倣って実施しています。
 また構造物のメンテナンスにあたっての設計面からの着目点などについても記します。

1.構造物設計事務所(構設)とメンテナンス

 全国組織であった国鉄の、構造物のトラブル対策や災害時の復旧は、現場での対応で難しい場合の指導をこの組織で行っていました。

1.1 構設の組織
 この組織は、かつては鉄道技術研究所内にありましたが、第2次大戦後は研究所から別れて、現地の指導は構造物設計事務所、研究開発は研究所という役割になっていました。
 私は構造物設計事務所に2回勤務しました。最初は線路のメンテナンスの現場からの異動で軌道の設計を主に担当しながら、東北新幹線のコンクリート構造物の設計も担当しました。2回目は新幹線の建設の現場からの異動で、途中からコンクリート構造のパートの責任者をしました。
 私がいた当時の構設は約80名の組織で、鋼構造、コンクリート構造、基礎・土構造、地下構造、軌道、建築の技術分野のパートがあり、土木、建築の全技術分野を網羅した組織でした。
 各パートの最小人数は7人で、これを超えていたのは鋼構造とコンクリート構造でした。7人というのは、現場との人事交流を常時行いながら、技術力を組織内で維持していくための最小要員という考えであったかと思います。新人が2人、中堅が2人、組織のリーダー1人と指導者クラスの2人という考えでした。3~5年で現地組織と常時人事交流していました。鋼構造とコンクリート構造には長期間在籍していた人も数人いました。
 鋼構造のパートの人数が最も多く、私のいたコンクリートのパートは2番目に多い15人でした。最初の勤務時のコンクリート構造の中心業務は、山陽新幹線と東北新幹線の構造物の設計でした。高架橋やRC桁、PC桁の標準設計作成と、PCの長大橋の設計が忙しかった時期です。写真-1はそのころ、構設で設計、施工指導していた山陽新幹線のPCトラスです。


写真-1 山陽新幹線のPCトラス・岩鼻架道橋

 上司は、その後大学教授などに転出された人も多く、基礎関係では長岡技術工科大学に行かれた池田俊夫先生、鋼構造では阿部英彦先生(宇都宮大)、コンクリートでは直接の上司の野口功博士がおり、尾坂芳夫東北大学教授はすでに当時大学に転出していましたが、しばしば見えており、これら先輩を含め、多くの先輩から直接指導を受けました。私が最初に勤務する以前には、西村俊夫先生(東工大)、田島二郎先生(埼玉大)が鋼構造の、松本嘉司先生(東大)が基礎土構造の主任技師(責任者)をしていました。
 この組織で、全国鉄の設計のほとんどにかかわっていました。鋼構造は国鉄のすべての鋼橋の設計と製作指導を、コンクリート構造は特殊橋梁と標準設計を扱っていました。
 また、設計や施工の指導や、技術基準の作成、メンテナンスの相談、災害復旧の指導もこの組織が担当していました。実務の技術判断を担当していた組織です。

2.メンテナンスのプロの技術者に相談できる仕組み

2.1 相談にのるメンテナンスのプロの技術者
 国鉄では2年ごとに全構造物の目視点検が現地のメンテナンスの専門社員によってなされていました。構造物検査センターという組織が各局につくられており、ここの社員が構造物の検査を専門にしていました。この仕組みはJRになってもほとんど変わっていません。
 国鉄時代は現地の社員が判断に迷ったら構造物設計事務所に相談に来ます。北海道から九州まで全国の構造物のトラブルについて、メンテナンスの相談を主として担当していたのは、コンクリート構造ではRCとPC各1人でした。
 そのメンテナンスの相談にのる技術者は、設計も十分経験し、かつ現場で施工も経験した人で、設計、施工のベテランになってからメンテナンスの相談に乗るようになっています。ですからメンテナンスの相談にのる技術者は組織の中では比較的高い年齢の技術者となります。設計も担当しながら、メンテナンスの指導を中心に10年以上担当し、次の人に替わりますが、次の人も設計、施工の知識の十分ある人に担当してもらっていました。
 JR東日本の構造技術センターでは松田芳範さんが長くコンクリートのトラブルの相談に乗っています。

 現場で悩んだ場合、診断のための多くの調査をするよりも、プロに見て判断してもらうほうが効率的と思われます。コンクリート構造ではJR西日本に行った北後征雄さん(故人)が、鋼構造では株式会社BMCの元社長の阿部充さんなどが国鉄最後のころ、構設でメンテナンスの相談に対応していました。
 現地の点検者も構造物の点検を専門にする社員ですので、一般的な損傷はその現場の担当者で判断します。その担当者が迷ったときに相談があるのです。ですから、全国からのメンテナンスの相談も、特殊な変状の相談が来るので、それほど多くの業務量にならなかったのだと思います。

 設計や施工の知識が十分ある人がプロとしてメンテナンスの相談に乗らないと、構造物の安全性の判断はできません。鉄道技術研究所の材料の専門家の人も現場調査に一緒に行くこともあります。材料的には劣化はひどいこともあります。材料の劣化から、これは大変だといいますが、たとえコンクリート強度が半分でも、多くの鉄筋コンクリートの構造物の耐荷力はほとんど低下していないことが多いので、慌てる必要のないことも多いのです。
 全国の設計のほとんどを構設が、設計指導や設計審査などで関与しており、全員が設計の十分わかっている技術者なので、構造物を見れば、配筋なども外観から判断できます。ですから、材料の劣化はひどいが、構造物として使用することには問題がないなどの判断ができるのです。材料の劣化進行を遅らすような処置は、材料の専門の研究者などに相談をします。写真-2はアルカリ骨材反応の損傷のRCの壁ですが、外観はひどいが部材としての耐荷力は低下していません。


写真-2 アルカリ骨材反応の損傷の壁

 現在、鉄道会社では自社でプロの技術者を育成している会社もありますし、自社で専門技術者を保有することが難しい会社では、鉄道総研やJR他社に出向させたりして育成したり、相談をしたりして対応しています。
 現地での点検や診断は、材料劣化の判断などはあるレベルの技術者であれば問題ないと思います。その技術者が迷ったときや、構造的な判断が必要な時、あるいは最新の補修方法などの相談に乗れるように、事業分野ごとに、相談に乗るプロの技術者を育成していけばよいと思います。ただし、この技術者の所属する組織は、設計や施工に同時にかかわるような仕組みとすることが大切です。トラブルの原因のほとんどは設計、施工、検査の建設時点にあるので、その基準をすぐに直していくことが必要だからです。
 建設部門とメンテナンス部門の組織を分けることは一般的です。マネジメントでは分けても、技術面では同一の組織で扱うことが、メンテナンスの問題解決には重要だと思っています。

2.2 多くのトラブル構造物を見る経験がプロの技術者の育成には必要
 設計、施工のわかる技術者が何年間か全国の構造物のメンテナンスの相談を担当していると、多くの劣化現象の原因と対策はほとんど見れば判断できるようになります。計測などするよりもそのほうが確かです。
 構設のメンテナンスの相談への対応も、JR東日本の構造技術センターのメンテナンスの相談への対応も、このようなプロの技術者による方法をとっています。分野ごとにプロの技術者を育成して見て判断する仕組みのほうが効率的だと思っていますが、多くの変状構造物を見る経験が必要なので、小さな組織では技術者の育成が難しいという問題があります。
 特別な問題があるときは、私も一緒に加わりましたが、ほとんどの問題はメンテナンスを担当するプロの技術者が中心に対応していました。多くのトラブルを見ると、それぞれ異なるといっても、多くはどこかで経験したトラブルです。また同じ時代の、同じような構造物には同じようなトラブルが生じます。構設では設計も全国を指導しており、かつ多くの鉄道構造物は標準設計が使われて、同じ設計の構造物が多いので判断しやすい面もあります。また問題の生じた構造物での対策の効果も、構設で長期的に把握しています。適切な補修方法の提案もできるのです。
 写真-3はJR東日本での表面被覆工ですが、この材料、工法は10年以上の耐久性の実績を調査して選定しています。


写真-3 コンクリートの剥落防止の表面被覆工

 また現場で直接メンテナンスを担当する技術者も、この組織に聞くことで、悩んだり、誤った判断をしないで済み、次回からは現地で同種の問題に自ら対処可能となります。

2.3 設計、施工の知識もプロの技術者には必要
 狭いエリアの点検を担当しているだけでは、多くのトラブルを経験できません。そのため、別の現場で経験済みのトラブルも、そこの担当者には初めてのことになり悩んでしまいます。悩んだときに、プロの技術者に相談できる仕組みとしていたのです。
 特に必要なことは、設計と施工について知識の十分ある技術者をメンテナンスのプロの技術者とすることです。構造物の設計はすべての断面がクリティカルではありません。多くの断面は、耐力的に余裕があるのです。また、コンクリート強度の低下と鋼材の断面減少も、耐荷力に与える影響は異なります。
 設計がわかっていないと劣化の状況が耐荷力に影響しているのか、いないのかの安全性の判断ができません。材料の劣化は見ればわかりますが、設計を知らないと耐荷力の判断ができません。そのため構造物の外観から、コンクリートの中の配筋の想定と耐荷力の想定ができる技術者でないと構造物の診断業務はできません。外観の状況から過剰に心配して、無駄な対策をしてしまいがちです。対策工が、耐久性が高ければまだよいのですが、しばしば対策工が再劣化して、その対策工の処置に苦労することになります。

 変状があってもそのままとしておくことを基本とするものもあります。その例として、トンネルの覆工の剥落があります。部分的なコンクリートの剥落については何もせずそのままとしておくことが基本です。トンネルの覆工は無筋コンクリートです。この部分的に欠損した個所にコンクリートなどを施工しても付着は低下して、あとから付けたコンクリートなどはまた落ちてしまいます。
 構造的に欠損部を埋める必要があるならば、鉄筋を地山や残ったコンクリートにアンカーして、付着がなくても落下しないようにして欠損部を埋めることが必要ですが、多くは構造的には必要ではありません。あとから再度落下する可能性のあるものを施工するよりも、見かけは悪いがそのまま欠損部のままとしておくほうが安全です。
 また構造物の施工方法や使用材料は時代ごとに特徴があります。施工や材料、現場管理の方法など、時代と構造物の欠陥には関連があります。このような施工の知識も知っている技術者が、メンテナンスの相談に乗ることが大切です。

2.4 原因が異なっても対策は同じことが多い、調査をしすぎない
 点検して問題があれば原因調査ということが教科書的には言われますが、多くは計測などの調査をしなくても、プロの技術者であれば、見れば、原因と必要な対策の判断は可能です。また、調査結果で原因が確定しても、対策方法が変わらないこともあります。構造物の対策方法はそれほど多くなく、原因が異なっても、同じような変状の構造物への対策は同じ事になることも多いのです。
 JR東日本で私が構造技術センターの責任者の時、早期に対策が必要なトラブルの場合は、担当社員が原因調査のために計測したいという提案があるときに、原因が異なることで対策が変わるならやる意味があるが、同じ対策なら調査よりすぐ対策をしなさいと言っていました。調査するには足場を造るなどのコストも時間もかかります。また対策工事にも足場が必要です。実際の計測や、補修の費用よりも、この足場の費用のほうが高い場合がしばしばです。対策方法もわかっている技術者が調査にかかわることが無駄な調査をなくすことになります。 
 すべて調査をしないわけではなく、対策が急を要する場合でなければ、特に変わった変状などでは原因調査の計測なども必要に応じて行っています。

2.5 意味のない補修や取替え工事が増えないために
 コンサルタンツや、各組織の技術者も、対策をしないで問題が生じた場合の責任を避けるために補強しましょう、あるいは造りなおしましょう、と安全側に判断をしがちです。
 この劣化は耐荷力の問題はないのでそのまま防錆処理のみで使い続けて大丈夫です。劣化部分のみ進行を止める対策のみで問題ないです。そのような判断をすると、今の契約では、補修設計も補強設計もなくなります。工事会社の工事もなくなります。
 この判断を民間の技術者に求めるなら、このような判断のできる技術者に正当なコンサル料を支払う仕組みが必要です。今の契約体系では、厚い調査報告書や、補修、補強設計や工事をしないとお金になりません。技術判断に報酬を支払う仕組みが必要です。
 無駄な架替え、無駄な補修や補強、無駄な調査が多くならないことを願っています。大きなお金のかかる場合は、それが必要かどうかのセカンドオピニオンの仕組みを導入することも良いのではないでしょうか。

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