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⑬国際貢献・ステップ案件・弊害

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長
角 和夫 氏

(1)はじめに

 JICAの国際協力事業(無償援助・円借款・技術協力)については東南アジア、アフリカ及び南米等全世界で行われている。私が直接的に関係したのは、①阪神高速G時代のチュニジア案件(橋梁維持管理能力向上P)やモロッコ案件(点検技術支援)(写真-1~3)、②本四公団時代のフィリピン・ブータン・東ティモール、等の技術協力(研修)である。


 これ以外に海外コンサルタントの技術顧問として、あるいはアドバイザーとして関わったものの中から今回のタイトル「国際貢献・ステップ案件・弊害」を象徴する面白い事例を紹介する。これはあくまで現場力に関しての話題提供であり、国際貢献自体を否定するものではない。

 今回紹介するのは、2005年3月にJBIC(国際協力銀行)とインドネシア政府との間で、本邦技術の活用“STEP”を条件としてL/A(ローン合意)が締結された「インドネシア国 タンジユンプリオク港アクセス道路建設事業(以下、「TAプロジェクト」という)」である。TAプロジェクトは、ジャカルタ外環道路(JORR; Jakarta Outer Ring Road)北東部とジャカルタ湾岸道路を結ぶものである。インドネシア国ジャカルタ北部に位置するタンジュンプリオク港(アジア有数のハブ港)からジャカルタ市内までを結ぶ高速道路建設事業である。


(2)TAプロジェクトの概要

 ①タンジュンプリオク港(写真-3参照)

 タンジュンプリオク港は、ジャカルタ北部に位置し、アジア有数のハブ港として非常に重要な貿易港である。2019年の「世界港湾別コンテナ取扱数ランキング」では第24位(1位上海、東京は19位)と上位にランクインされ、今後さらなる取扱数の増加が期待される。しかし現状では港へのアクセスは慢性的な交通渋滞のため、輸送時間とコストが増大し、競争力の低下が問題となっている。

 ②TAプロジェクト

   ①の状況下において、同港へのジャカルタ市内からのアクセスの改善を目的として「TAプロジェクト」が2007年からスタートした。全体は5工区に分かれており、完成したのは2017年3月28日、開通式は4月15日にジョコウィ大統領出席の元、盛大に行われた。

 ③主な構造物

 ・基礎工 場所打ち杭 Φ1,200 長さ20m程度
 ・橋脚 RC橋脚(Y型)
 ・上部工 PC U型桁(幅員9m) インドネシアでは標準的な桁形式
      鋼製箱桁橋(幅員9m)
      パイルベント橋等



 ④工事の手法

 本邦技術を活用する「ステップ案件」なので日本のゼネコンあるいはファブリケーターがJVの親となり、現地のゼネコンやファブリケーターと共同して工事を行うこととなる。本来目指すべきものは技術移転であるため、JVの親(日本企業)は現地の工場や技術者を指導・育成することとなる。例えば、PC U型桁のプレキャスト部材の製作では、現地の工場を整備するとともにプレテン桁の製作や品質管理の技術指導を行っている。しかし、常識的には考えられない各種トラブルが発生するものである。トラブルは色々な国で起こっていることであり、このプロジェクトだけの話ではない。例えば、プレテン桁架設前に多数のクラックを発見したとか。日本ではあり得ない品質管理であり、設計監理業務を行うコンサルタントが検査をしていない、現物を見ていない、故の失態である。この後、プレテン桁のクラック補修をして桁を架けた、とか。嘘みたいな話が実際に耳に入ってくる。


(3)TAプロジェクトでトラブル発生

  設計施工監理業務は、日本の建設コンサルタント3社をヘッドとして3JV(3工区)で行われていた。このうち、アドバイザーをしているAコンサルタントのジャカルタ事務所から協力要請のメールが入った。このプロジェクトの全体工程が遅れているのは承知していたが、ある工区でトラブルが発生して、知恵を貸して欲しいとの事。因みに、Aコンサルタントの工区ではない。

 ・トラブルの内容

 大手スーパーゼネコンB社の施工した橋脚コンクリートの圧縮強度に関して抜き打ち検査が行われた結果、必要強度が全然出ていなかったとのこと。補修するのか、壊して再構築するのか。B社の判断で再構築することになった。再構築するとなると当該工区の話だけではなく、全体の開通時期が遅れることになる。高速道路の一部区間が施工不良により歯抜けになった状態である。これに対し、インドネシア政府(ジョコウィ大統領)は、完成している区間だけでも何とか供用したい、という要望。何か方法は無いものかと。


(4)解決策の提案

  余りにも突飛な相談である。そこで、過去の国内事例を調査し、以下を発見した。

 ①名古屋都市高速道路の吹上連絡路(半径20mのヘアピンカーブ)(図-4、写真-5参照)

 東長崎期間より

 当時の新聞記事(1988年4月22日、中日新聞)を簡単に紹介する。
 当時、時計回り一方通行の名古屋高速環状線の北側半分が未開通だった。そのため、東西を貫通する東山線の開通に伴って、この貫通戦で環状線北側半分の機能を代用させた。ところが、この貫通線は環状線との接続が郊外方向のみだったので、一旦交差部を通過してから、その先でUターンして改めて郊外側から環状線に復帰する形式になった。




 ②本プロジェクトへの展開検討 ~暫定開通案~

  Aコンサルタントジャカルタ事務所のスーパー技術者K氏(福岡県課長時代からの25年来の親友)に情報を送り、Uターン案を検討して頂いた。歯抜け区間とUターン区間を図-5に示す。


  次に、必須となる安全対策である。名古屋高速の事例では、安全監視(開通当初は監視人を配置したようである)のためのブース設置やヘアピンカーブにより路外逸脱を防止する安全策、さらには明色舗装が施されている。本プロジェクトでは、標識(サイン)、視線誘導表示、可動式コンクリートブロックの設置等が計画された(図-6、7及び写真-6参照)。





 ③試験走行実施

 政府関係者(公共事業省道路総局;BINA MARGAビナマルガ)等が参加の上、試験走行が実施された。Uターン案の肝は、名古屋高速と同様に如何にしてUターン路進入以前に速度を低下させるかである。図-6に示す標識類(サイン)と誘導員配置で問題なくUターン可能であったようである。