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連載詳細

①吊橋主塔が揺れる、箱桁橋が揺れる!

現場力=技術力(技術者とは何だ?)

株式会社日本インシーク
技術本部 技師長
角 和夫 氏

はじめに

 これまでに携わった本州四国連絡橋(以下、「本四橋」という)を始めとする国内・国外長大橋の建設・管理に関して話題提供してくれないか、という井手迫記者の頼みに思わずOKを出した。

 社会人になって約40年。最近つくづく感じることがある。それは何か? 技術者が現場に行かなくなった。役所、道路会社(子会社も)、大手建設コンサルタント。いい意味(悪い意味)分業制が定着して民間会社の技術者も公務員化してしまったのか。


 20年前、「踊る大捜査線THE MOVIE」での青島刑事の名台詞。「事件は会議室で起きてるんじゃない。現場で起きてるんだ」。まさに、これこそ技術者冥利。技術者の本分は、現場を直視し五感を使って、という訳ではないが、目で見て、触って、揉んで(とある地質会社の方の名言)、己の知識を総動員して現場事象に対処する。技術者として当然の行動が完全に忘れ去られているのではないのか。

 これから書くことは公に発表されていないことも多々ある。また、個人的な意見、評論もある。重要なのは机上の空論をさも得意げに言う評論家・学者気取りの技術者ではなく現場第一主義の技術者としての経験上の実話である。


 私が本四橋に関りたいと思ったのはあるテレビ番組を見たのがきっかけだった。1971年大晦日の第22回NHK紅白歌合戦。東洋一の吊橋「関門橋」(1973年11月開通)の工事中の風景が映し出され、その雄大さに衝撃を受けた。吊橋という巨大構造物が日本で造られているという現実、自分でもこういう長大橋建設に携わってみたいと思った次第である。

 1978年に本州四国連絡橋公団(以下、「本四公団」という)の試験を受けるまでは本四橋の歴史的経緯は全く知らなかった。経緯を要約すると、①1948年5月、新全国総合開発計画が閣議決定され、本四3ルートを1985年までに完成、②架橋の実施機関として時限立法で本四公団が1970年7月に設立、③1973年11月25日起工式予定(3ルート同時着工)、④起工式の5日前、第四次中東戦争による第一次石油危機(オイルショック)に対処するため総需要抑制策の一環として工事着手の延期、⑤1975年8月、1ルート3橋の凍結が解除、⑥1975年12月に大三島橋(アーチ橋)、1976年7月に大鳴門橋(吊橋)(図-1参照)、1977年1月に因島大橋(吊橋)に着工、⑦1978年10月に早期完成させるルートとして児島・坂出ルート(道路・鉄道併用橋)が着工、した。

 1979年の入社時、各ルートでは槌音が響いており、赴任地である鳴門市でも大鳴門橋の主塔基礎工事(多柱基礎)やアンカレイジ基礎工事(ニューマチックケーソン等)がスタートしていた。最初に担当したのが、吊橋上部工で主塔工事およびケーブル工事だった。


 私が担当する連載は、本四公団の長大橋から始まり、関西国際空港連絡橋、北九州空港連絡橋、阪神高速長大橋、国内・国外の長大橋、等多岐にわたる。この間、特殊法人(公団)、地方公務員、高速道路会社、関空会社および財団法人等の仕事をした中での数々のエピソードをご紹介する。第1回は、「吊橋主塔が揺れる、箱桁橋が揺れる!」である。



図-1 大鳴門橋全景



その1 吊橋主塔が揺れる!

 吊橋上部工は、道路荷重(や鉄道荷重)を支える補剛桁、補剛桁を吊り上げるケーブル(ハンガーロープ含む)およびケーブルを鉛直方向に支持する主塔から構成される。吊橋全体系の安定は、橋軸方向にはケーブル系で柔らかく支持し、橋軸直角方向には主塔の面内剛性で支持している。

 主塔は完成時においてはケーブルからの大きな鉛直反力によって軸圧縮力が導入されるため、必然的に剛性が高く、減衰も大きい。しかし、架設中は独立一本柱(下端固定の片持梁)となるため剛性が低く、かつ振動に寄与する構造減衰も小さい。つまり、風に対しては非常に揺れやすい構造となっている。

 大鳴門橋の主塔は、国際航路(クリアランス65m)を持つ南北備讃瀬戸大橋(中央支間長990m、1,100m)や来島海峡第二・三大橋(中央支間長1,000m級)に対して、鳴門海峡を跨ぐ送電線のクリアランス(41m)で桁下高が決まっている関係で、中央支間長が大きい割に股下が短い。また、完成道路6車線、新幹線2線(現在は暫定道路4車線)で計画しているため蟹股塔である。一方、路面から上の高さは、中央支間長が比較的長いため、最適サグ比から決まる高さは高い。昔よく言ったものだが、日本人体形に似た「ずんぐりむっくりの蟹股」の主塔である。


 主塔の設計は、静的設計(常時・地震時・暴風時)と動的設計(地震時・暴風時)が行われる。主塔の一般的な動的耐風設計としては、渦励振と呼ばれる強制振動に関する検討である。

 渦励振は、構造物の断面形状、固有振動数(剛性)および構造減衰に左右される。主塔については、完成系・架設系に着目した三次元弾性体模型による風洞試験が行われる。本四公団の設計基準では、主塔の設計風速以下で渦励振が発生する可能性のある時は構造物の機能障害(初通過破壊)や部材の疲労に対して照査することとなっている。

 可能な限り、断面形状の変更(例えば、隅切り)(図-2参照)で対策を完了したいのだが、架設系(独立一本柱)では限界がある。大鳴門橋4Pの架設時制振対策を図-3に示す。これまで国内・国外の吊橋・斜張橋の主塔で実施された架設時制振対策を図-4に示す。



(左)図-2 塔柱隅切り断面図/(右)図-3 大鳴門橋(4P)制振装置(1980年当時)


図-4 塔架設時の制振対策


 一般的に、①スライディングブロック方式、②オイルダンパー重錘方式、③半質量ダンパー方式、④TMD方式、が採用されている。

 大鳴門橋4P(鳴門側)では、オイルダンパー重錘方式(図-4参照)を採用した。架設ステップごとの風洞試験結果では、平均風速10数m/s程度で渦励振が発生する結果となった。

 昭和55年、主塔架設中に日本海側を縦断した台風の南風(橋軸直角方向、平均風速18m/s程度)により主塔が橋軸方向にバタバタ揺れだした。当日、朝早くから現場で待機していたが、台風の音、鳴門海峡の波の音、および主塔の振動の都度発するブロック継手部等の金属音で非常に不安を感じた。想定通りの条件(風速・風向)での渦励振ではあるが、架設中の制振対策はどうだったのか?


 その答えは効かなかった! 何故か? 調査した結果、オイルダンパーで減衰を付加する計画であったが、オイルのバイパス回路(オリフィス)が詰まっており、必要な粘性減衰が得られず、期待していた減衰機能を発揮していないことが後に判明した。

 たまたま、強風の継続時間が短かったことが不幸中の幸いではあったが、一歩間違えれば大変な事態となった。

 この時に痛感したのは「メカニカルダンパーを過信することなかれ、メカニックの点検は必須」。

 この一件があり、以降の教訓として私自身肝に銘じたことがある。1点目は、風洞試験での振動現象(特に、渦励振動)は、複数の相似則等を合わせた模型や実験の精度にもよるが、比較的実橋でも再現されることが多い。このため、少しの振動現象も見逃すな、ということ。2点目は、メカニカルダンパーは常日頃のメンテナンスが重要であり、いつでも完璧だと思うな、ということである。

 これについては、その2の「箱桁橋が揺れる!」でご紹介する。