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⑥橋梁現場最前線での緊急対応

若手・中堅インハウスエンジニアの本音 ~マネジメントしつつ専門的知見を得ていくために~

愛知県東三河建設事務所
道路整備課(事業第三グループ)

宮川 洋一

公開日:2019.02.04

鋼主桁に疲労亀裂が確認された事例
 「富川橋」の概要

 次に紹介する富川橋は、愛知県西尾市の一級河川矢作古川、広田川の2河川に架かる緊急輸送道路(主要地方道西尾幸田線)上の橋梁で、昭和47年架設の橋長L=159.9m、5径間単純合成鋼鈑桁橋。
 1日交通量は約1万7千台、大型車混入率は21%であり、当時、架設から39年が経過していた。


図 富川橋の概要、亀裂箇所

損傷発見のいきさつと緊急対応

 2005年(平成17年)に耐震補強と補修設計した際、現地調査で疲労亀裂を多数確認していた。当時は大きな問題として扱わず、2006~8年(平成18~20年)に橋脚の耐震補強工事を実施したものの、亀裂はそのまま放置されていた。2010年(平成22年)に当該橋梁が塗替え時期になったため、過年度の設計委託成果をチェックしたところ、多数の亀裂の中で主要部材である主桁部分に発生した亀裂を確認した。
 この亀裂は、2006年(平成18年)10月に名阪国道(奈良県)の「山添橋」で鋼主桁に長さが約1mまで達した亀裂が発見され、急遽通行止めによる応急復旧工事を行った事例と構造が同じ(主桁を横桁下フランジが貫通する構造)で、亀裂は同じ部位(主桁スカラップ溶接部)に発生していた。


写真 疲労亀裂が確認された場所、拡大写真、山添橋の亀裂写真

 発見から既に5年が過ぎており、この路線は大型車交通量が約3,700台/日と比較的多いため、橋梁点検業者に急遽、近接目視と磁粉探傷調査を依頼した。「山添橋」のような亀裂進展を確認したのなら、「即通行止め」しかない…。とても緊張した。
 現地調査の結果、若干の亀裂進展はあったものの、大きな損傷に至ってはいなかった。
 重車両の多い橋梁において、5年間で亀裂進展が認められないこと、応力振幅が主桁の活荷重のたわみ差によるもので、この値が大きなものでないと推察されることから、通行規制は行わなかった。


写真 亀裂拡大写真 図 主桁間のたわみ差

その後の対応

 橋梁点検業務委託の契約を変更し、当橋の補修設計と解析を行った。幸い、本橋を再現した格子計算モデルが存在したため、解析によって活荷重による主桁のたわみ差を確認し、横桁の分配作用による亀裂の進展は考えにくいという結論に達した。その後当て板による補強設計が採用され工事を完了している。


写真 工事完了前後写真

緊急対応を終えて

 亀裂の事実を確認した後、迅速に近接目視作業を実施し、安全性を確認した上で、補修設計に着手できたのは良かった。 
 残念ながら、2007年(平成19年)の橋梁点検において当該橋は対象となっていたにもかかわらず、亀裂の存在は見落とされた。橋梁点検の着手前に、過年度の設計業務委託報告書を確認することが必要だったと思う。
 また、鋼主桁の疲労亀裂はすぐに落橋などの甚大な被害に進展する恐れがあり、即時通行止めなどの緊急対応が必要と考えていたが、そうでない場合もあることもわかった。なぜ山添橋の亀裂が1mまでになったのか、そのメカニズムを知りたい。

緊急対応を終えて(まとめ)
橋梁点検での見落とし

 今回の橋梁はすべて2007年(平成19年)に緊急点検を行った橋梁であった。愛知県では橋梁点検は橋梁設計を実施している業者が実施している。いわば橋梁の専門家に業務を依頼している形だ。緊急対応が必要なほどの損傷が点検では発見されず、その後になって発見されたことは猛省すべきことであった。
 多くは架設から40年程経過した鋼橋の桁端部、鋼製可動(ピンローラー)支承で起こっている。ジョイントからの水漏れ、土砂等の堆積が長期間にわたると推察された場合、桁端部の腐食劣化や支承部の破損を疑うべきであった。設計基準の年代によって構造、材料、架設工法等による差違、供用後の交通条件、環境条件などにより、劣化・損傷の場所やタイプも変わる。闇雲に点検するのではなく、それらがどういった特徴を持っており、どこに着目して点検すべきかを事例研究をもとに事前に考え、実地では想像力を働かせることが職員、点検業者共に求められていると思う(現行の橋梁点検ではもうこのようなことは起こっていないと思う)。

竣工書類整備と保管の重要性

 緊急対応した橋梁の図面や設計計算書などの資料が残っていたことは幸いであった。しかし管理橋梁の中にはこれらが残っていないものも散見される。(かつては図面が役所になくても設計業者や施工業者が保管していたり、橋梁メーカーが責任を持って点検やメンテナンスにあたるなど良き伝統のようなものもあった。)
 管理者が図面や設計計算書を竣工時に作成し、保管し、いざという時は取り出せるようにしておくことはいうまでもなく重要なことである。2012年(平成24年)に改訂された道路橋示方書にも明記されている。このことは以前にも述べたが、しっかり残されていることを願いたい。

緊急対応の判断

 いざという時の緊急対応の判断は、設計業者、橋梁メーカーや専門家らの意見を聞き、総合的な観点から正しく行わなければならない。そもそも緊急事態かどうかを判断するにも正しい知識と経験、想像力が必要である。普段からの心構えと訓練も必須と思う。
 通行止め、車線規制、大型車規制などの措置は社会に与える影響が大きく、慎重かつ迅速な判断が必要であるが、同時に担当する職員には大きな負担となる。当然であるがひとりで抱え込むことはせず、組織として対応すべきである。
 結果的に大事には至らなかったが、運が良かっただけと思えることもあったし、そこまでやらなくても良かったのではと思えることもあった。今回報告した緊急対応の内容が正しかったのか。本当のところは今だにわからない。(どなたかご教授いただけると幸いです)この辺りは「忌憚のない情報交換のできる、つながりの場」などがあると良いと思う。

不具合や損傷を発見したら

 重大な損傷において、現場作業員をはじめ、関わった人々の中にはその兆候を目にした人がいたはずである。とにかく早期に通報すべきである。しかしそれらを目にしてもその後自分が苦労をすると思うと報告をためらってしまうこともあると思う。
 損傷を発見した人が苦労するという構図を解消できるとよいと思う。何か不具合を見つけるとそれだけ、自分自身に降りかかってくることも事実だ。知らなかったことにしておく方が都合がよい、見て見ぬふりをすることの方がよっぽど楽であるため、それを言い出せなくする「雰囲気」があると思う。その「雰囲気」を打破する「何か」の存在が必要と感じる。先述した「美矢井橋」の塗装工事では残念ながらそれがなかった。
 橋梁点検ですら、損傷を発見して調書に記入する方が数倍も手間がかかる。損傷の多い橋梁とない橋梁の手間が大きく違うのに一橋あたりの費用は同じ。「損傷などない方が得だ」と思ってしまうことに対し、何らか改善できることはないだろうか。
 現場作業員、技術者、点検者に「僕が手掛けた、私が関わった、自分の橋」といった「心意気のようなもの」が備わるとしたら…

おわりに

 冒頭に述べたとおり、全国で橋梁点検が一巡した。愛知県では新たに緊急対応を行うような重大な損傷があったという話は聞いていない。緊急対応などないに越したことはないが、老朽化以外にも船舶、車両等の衝突、火災などの事故、近年多発する異常気象や地震による被災、いつそのような対応をしなくてはならない状況になるかもしれない。
 緊急対応をしていた時には、自分たちの判断が間違ってはいないだろうか、といった不安を抱えながら、びびりながら、こわごわやっていた。

 人は「喉元過ぎれば熱さを忘れる」が、我々技術者までがそうであってはならない。ひとたび事故や災害などが起これば、インフラ資産の脆弱性は露呈する。これまであたりまえのように享受されると思われていた、様々なインフラ資産は、多くの専門家に支えられていることも実感した。普段からそのようなことを想像しながら少しずつでも備える気持ちと行動が大事と思う。普段の仕事の事務量の多さにも配慮の必要があると思うが…。

 2017年(平成29年)改定の道路橋示方書では橋梁の寿命が100年とされた。今回緊急対応した橋梁が設計された当時はそのような規定はなかった。しかし、橋そのものについては(取替えや補強なども含めた)「適切な管理」がなされれば、まだまだ100年以上でも健全であり続けることは可能と感じている。
 一方、明治からまだ150年余りで、近年ようやく架橋100年を迎える橋梁が出始めたばかりで、100年以上の長寿命化にはまだ途上の段階であると思う。

 今後、全国の橋梁点検で確認された症状や損傷に対し、原因をしっかり分析し、それに対応した補修・補強設計をしっかり行ったうえで、丁寧な工事を行う「適切な管理」が大切となる。本文中で述べた「シンプルな構造」への転換も一つの手法である。損傷、劣化の具合はもちろん、年代や構造、使用状態、補修・補強履歴などから構造物の状態は一橋一橋異なる。また、いたずらに補修・補強をして長寿命化させれば良い訳などはなく、再劣化、再補修、補強などが続く場合、不安を抱え続けるのと同時に多大な費用をつぎ込むことになる。いつか更新などの決断も必要となる。維持管理の時代となってから年月も経つが、まだ軌道に乗っている訳ではない。この分野に我々技術者のリソースを投入すべきであると考えている。

 補修・補強には「造る技術」が必要だし、技術を維持するには「造る仕事」が必要である。技術は仕事を通じて人から人へ引き継がれる。橋梁に限らず、世の中にインフラが必要とされ続ける限り、一定規模程度以上の「造る仕事」が継続される必要もあると思う。

 「あって当たり前」とされている社会のインフラを支える専門家(施工業者、設計業者、管理者)の中で、我々地方自治体の技術者自身も、決して欠けてはいけない専門家の一員として認識することが大切であろう。誰かがかわりにやってくれるわけではない。まずは「あなた」が当事者意識と覚悟を持つことが大事だと思う。すべての知識やノウハウがすぐに身に付くわけではない。わからないことはたくさんある。わからないことはわかる人に聞けばいい。専門家の中での役割分担がされているだけのことだ。

 自分の管内にどのような橋があり、その主なものがどこに架かっているのか、その年代や構造はどんなもので、どんな補強がされているのかなどが概ね頭に入っていることも地方自治体の技術者が身に着けるべき大事な要素の一つだと思う。

 都市部には都市部の、地方部には地方部の、その地域にはその地域特有の、まだまだ足りないインフラを整備していく必要もある。補修や補強や更新が必要なインフラもしかり、災害に脆弱な地域も、地域によって多種多様である。これらもまた一律で単純であるはずもない。

 地方自治体の技術者は、地元のまちを直接担う。言わば自らのまちを自分の手で造りあげている。筆者はそうした「まちづくり」に魅力を感じ、期待を胸に抱いて愛知県に就職した。以来巡りあった仕事を夢中で覚えていった。
 その組み合わせや順序は必ずしも一貫性のあるのものではないかも知れないが、それだからこそ、異なった視野から俯瞰して診られる利点がある(と信じている)。
 10年ほど前から地方自治体の橋梁の補修補強を専門とする技術職員になろうと決意した。まだまだ、知らないことも多いし、この分野の奥深さも感じるし、課題も多い。

 一人でも多くの人が「俺のまち、私の橋」といった「想い」を持つことが、これから待ち受ける難題に立ち向かう、大きな力となるはずだ。

 与えられた仕事をこなすだけでなく、創意工夫を繰り返しながら、改善を繰り返しながら、日々を過ごす義務が技術者である我々にはあるはずだ。そうした積み重ねの中に、課題を解決するヒントが見つかることもある。

 走りながら、実践しながら、専門性を確立していく。
 皆それぞれ、それでいいのではないか。

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