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-分かっていますか?何が問題なのか- ㊺高齢橋梁の性能と健全度推移について(その2)‐将来に残すべき著名橋になすべきことは‐

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏

技術基準によって性能が左右されるのか?


はじめに

 平成最後の年末となった昨年の暮れ12月から、『高齢橋梁の性能と健全度推移について』の題目で新たなシリーズをスタートした。今回の連載趣旨は、国内で数多くの人々に愛され、使われている道路橋、特に著名な道路橋を如何に残すかについて、もう一度皆で考えて見ようとの企画である。その理由を敢えて言うと、行政技術者は道路財源が潤沢になると手間のかかる維持管理・保全を避けて、まだまだ使え、多くの人に愛されている橋梁であったとしても、簡単に架け替え案を選択する事例が多いからだ。

 今年の3月末には、私が長い間待ち望んでいる、国内で供用している道路橋の実態がようやっと明らかになる。私の経験では、全ての定期点検が終わると、管理規模や個別の健全度が明らかになるだけでなく、地域で愛されている橋梁の現状と、それを将来に残すべきか、残すことが可能か、不可能かの議論や判断ができる様になるはずだ。定期点検結果の資料を基に、供用中の橋梁について将来の有り方を考え、今のまま使うか、長寿命化するか、架け替えるか、撤去するのかを考えられる貴重な機会が訪れる。行政技術者が、国内一律の規則の基に行われている定期点検結果に関心を持ち、データ化された定期点結果情報を意欲的に収集し、それを地元に役立てようとの強い思いがあれば、その思いは必ず良い方向に働くはずだ。

 私は強く願いたい、日々維持管理で苦労している技術者と事務職が一堂に会して、供用している橋梁の有り方を議論し、喧々諤々と意見を戦わせる場を是非創ってほしい。“橋”を話題に議論が進むことは、何と素晴らしく、夢を叶えようとの気が満ち満ちてくるはずだ、私にはその有益な会議風景が目に浮かぶ。もしも機会があれば、『大久保彦左衛門』的な私にも、是非その議論の場に参加させて貰いたい。ここまで私が本音で指摘したのだから、まさか今回の定期点検結果を負の方向に活用し、更新を正当化して国の交付金取に行くことはしないでしょうね、地方自治体関係者の方々は。


 前回から書き始まったシリーズ執筆の趣旨は、貴重な資産を如何に残すか議論する機会に私の分析結果が何処かで役に立つのでは、との強い思いである。まずは連載の手始めに、道路橋の設計基準の移り変わりと供用している道路橋の設計年次の違いから、どのように健全度が低下してくるのかを分析してみた。私が今回分析した道路橋は、かなり高いレベルの技術基準によって建設され、多額の予算を投入して維持管理(手前味噌か?)を行ってきたことからか、私が当初予想していた結論には至らなかった。その理由の一つとしては、高度経済成長期以前、特に戦前に建設された道路橋は、標準設計ではなく、個々それぞれの考え方を基に設計・施工される場合が多く、言わば設計者の魂のこもったオーダーメイド橋梁であったのが一因かもしれない。逆に、標準設計、経済設計が始まった時代の道路橋は、構造的に多くの問題を抱え、耐久性能も劣っていることから、補強したとしても効果は少なく、結論として更新した方が良かったとの意見を耳にする機会がある。これは私の聞き間違いであって、真実は補強案を選択した技術者の安易な見込み違いであったとすれば、それはそれとして理解出来るのだが。


 私は時々、自分の身近なエリアを散策するが、古き良き道路橋に出会うことが数多くある。100年近く使われている橋梁を、桁下まで回ってよく見てみると、随所に担当した技術者の“橋”への愛情と痕跡が確認でき、感銘を受ける機会が多い。写真‐1に示す道路橋は、都市内河川にひっそりと架かっている建設後90年を超えても、未だに現役として十二分に機能を果たしている鋼橋だ。昔の技術者は遠慮深く、表に出たがらない人が多いせいか、事例のような貴重な道路橋の設計者や監督者を調べるのは、困難な場合がほとんどだ。私は歴史学者でもなく、古の専門技術者に関する知識もないが、草臥れかけた“橋”を傍で見て、触って、当時の技術者の心意気を肌で感じている。私の考え方に誤りがあったのか、これまでの分析では、震災復興から戦前までに建設された、オーダーメイドの道路橋が性能に優れている、とは断言できていない。それでは逆に、戦後から東京オリンピック、高度経済成長期に建設された道路橋は、耐久性に劣ると言われている事が事実か否かについて、分析した結果を基に考えてみよう。さて、私が期待した通りの結論となるか、前回と同様に期待外れの結果となるかは、これ以降を楽しみに読んでもらいたい。