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-分かっていますか?何が問題なのか- ㊲鋼道路橋の耐久性向上(その4)~建設中の歩道橋崩落事故と腐食橋梁の耐荷力について~

これでよいのか専門技術者

(一般財団法人)首都高速道路技術センター
上席研究員
髙木 千太郎 氏
はじめに
 前回は、本稿が掲載される5月1日には遠い昔の話となっているであろう“JR西日本新幹線台車亀裂発生事故”と、以前から多くの人に真実を知ってもらおうと思っていた、塗ったばかりの塗装が剥がれる特異な現象について調査結果と資料をもとに説明した。
 前回、私があれだけ防食の重要性を細かく説明しても、塗装の重要性を理解した人は数えるほどであろう。残念ではあるが、鋼部材には防食対策を行うことが必要不可欠であると口にはしても、「たかがペンキでしょう」と軽視する人が多い。特に、塗料がどのように硬化するのか、何が不足すると不良塗膜となるかを、新橋建設や塗り替え工事の発注者である行政技術者に学んでもらいたい。まあ、行政技術者が話したこと、行ったことにほとんど関心を示さない、ぬるま湯状態の国民感情では無理かもしれないが。
 私がいつも感じるのは、当事者を除いて日本人は諦めきっているのか、公共施設に起こる異常事態に関して、許容する幅が無茶苦茶広い。しかし、自分の所有物、例えば、家屋や自動車等の場合は、少しでも異常があれば、何度でもクレーム処理を要求し、思い通りにならなければ裁判に持ち込むことをも辞さない。行政側にとっては喜ばしいことかもしれないが、日本の将来を左右する重大事項でも関心を示す人が少ないのはいかがなものかと私は言いたい。
 道路事業の住民説明会を開いて思うことは、総論賛成、各論反対の人が結構多い。要は、国民の多くが一般論は理想主義、自分に降りかかることは個人主義なのだ。私が大学生に接して感じるのは、社会の動向に無関心な学生が多いことだ。しかし、そんな学生でも社会問題について意見を求めると結構理屈っぽく、多弁になる。そうであるならば、日々の出来事、国の将来を左右することにも多数意見を寄せてくださいよ! 社会人となった若手の方々、無関心を決め込まずに。

 最近、私は、全国各地の地方自治体の人と話をしていて痛感することがある。それは、行政側も納税者である住民に対して、対応が鈍く、細やかな配慮に欠けていることだ。私に非難が集中するのを覚悟で行政の内情を話そう。地域住民で地元自治体の措置に特別な関心を持ち、連日のように苦情電話をかける人を内部で『クレーマー』と呼ぶことが多々ある。私の経験では、確かに道路セクションに勤務していた時、同じ人から毎日のように同じ内容の苦情電話があり、その対応に数時間を要し、苦慮していた時があった。しかし、『クレーマー』と呼んでいた人の苦情内容を確認してみると、一部を除けば事実であり、何とか口先だけで丸く収めようとした行政側の悪しき対応を責められても当然だ。
 近年、説明責任を適切に果たすとか、住民サービス向上が組織目標となってきたので昔とはかなり違ってきているとは思うが、さてどうであろう。ひょっとしたら、全て機械的に処理する今のほうが悪化している可能性も高いかも。いつの時代でも、電話口や窓口の対応が悪いと住民との信頼関係が無になり、その結果、役人が自ら進める事業に関して住民の協力を求めても、同意は遥か彼方となる。
 これも参考になるか分からないが私の経験談を少し紹介しよう。例えば、橋のたもとに住んでいる人にとって、伸縮装置を通過する大型車が起こす振動や騒音は重大な公害となる。ある時、住民からディスクに苦情が入った。受話器を取ると、「あんた○○道路を管理している人でしょう。今のままでは寝てられないよ! 何とかしてよ、家族皆病気になるよ、このままでは」と電話口で怒鳴られた。30分ほど住民とやり取りし、最後は苦情を言っている人の家屋を訪問することになった。
 私の周囲の人は、声を揃えて「髙木さん、行かないほうがいいよ。いつものクレーマーだから。怒鳴られるし、責任取らされるよ」と。しかし、私は軽はずみであったかも知れないが、相手と約束してしまった。私は昔から、変な所で正義感が強くなり「住民とは話せばわかる、自分ならそれができる」と周りが見えなくなる。上司と相談し、同僚と苦情宅に行ったが、電話をしてきた主人?の指示で居間に座らされ、数分経ってびっくりした。路線バスが橋を通過するたびに家が揺れ、地震と勘違いするほどなのだ。確かに、その地域の地盤は悪く、橋台の前後は多少波打っている。苦情を言ってきた住民は、「以前はこんなに振動しなかったけど、1カ月前からひどくなったので何度も電話したんだ。道幅が狭い時にはバスもスピードを上げられなかったから振動もなかったけど、道路が立派になるとこんな事になるとは。あんたらの用地買収に協力して、快適な道路づくり?に協力した結果がこれか。私は、昔を返してほしいと思う毎日だよ。あなたどう思う」。
 私は苦情の相手方の話を聞き、床の上下振動を体感し、確かにその通りだと思った。「以前、家が振動することを役所に話したら、家にも入らず振動測る機械を持ってきたんだ。担当の人、私に何て言ったと思う。測定した結果、確かに振動しますが基準値以下だとさ! 腹が立ったね」と付け加えられた。私は、その言葉を聞いて、行政技術者として残念でとても悲しかった。
 住民に寄り添う行政とは何か、基準値を示すことが行政かと何度も自らの頭の中で繰り返した。私は「私が出来ることは何でもします。少し時間をください」と言って逃げるようにその場を離れた。その後、何度か苦情の相手方と話した後、担当区域の単価契約工事で橋台背面の改良と段差改修工事を行った。しかし、苦情を言ってきて家族の方は、不満は全面解消されたとはとても思えないが、自分の家に度々来ては話し、夜間工事に立ち会った私の対応に少し心が安らいだようで、苦情の回数は極端に少なくなった。
 私はあの時体感した通過車両による振動の根本的な解決は、不可能と今でも思っている。その理由は、現在の道路管理者が行う段差解消措置は、できた段差前後を埋めるだけで、振動を根本的に断つ、例えば、官民境に連続地中壁などを造る高額な対策は考えないからだ。と同時に、何のための公害規制、騒音・振動規制法なのかを、行政側が正しく理解することが必要と痛感した。

 私も、道路事業の説明で、住民に嘘のような話を何度もしてきた。端から住民を騙すつもりで話したのではなく、立場上止むを得ない場合もあった。しかし、行政側の真意を住民に誠意をもって何度も話すと、結構理解してもらえる場合もある。私は、住民と話す機会を持つことが住民の行政への理解と関心が深まると今でも思っている。行政側が住民と疎遠になれば、住民も役所が遠くなり負のスパイラルにはまる。
 前回話した、私が街を歩いていて目にした塗膜剥離現象は、実は2年も前から街並み景観を汚し、進行している事実であるが、全く改善されない。私は考える、そのうちメンテナンス不足を原因とした重大事故が起こり、その時、『クレーマー』として処理した住民や利用者から厳しいバッシングを受け、信頼関係に欠けた状態で収拾がつかなくなるのではないかと。貴方の熱意を示せば分かってくれますよ、怖い? 住民も暖かい血の流れる人なのだから。
 さてここで、3月15日に米国南部のフロリダで起こった建設中の歩道橋崩落事故について私の考えを述べよう。私は、この事故も行政側の技術者が積極的に関与していれば、発生を防ぐことが可能であったと思っている。