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インタビュー詳細

連結売上を2025年度で310億円超目指す

富士ピー・エス 堤 忠彦新社長インタビュー

株式会社富士ピー・エス
代表取締役社長
堤 忠彦 氏

 富士ピー・エスの新社長に、前専務執行役員土木本部長の堤忠彦氏が就任した。大規模更新・大規模修繕事業、菅野前社長が種をまいて実りつつある建築事業、風力発電事業、海外展開などを新社長としてどのように進めていこうとしているのか、詳しく聞いた。(井手迫瑞樹)


九州大学で橋梁を専攻 PCaPC床版につながる研究も

ゼネコン入社後は主に海外現場に赴任

 ――ご経歴と印象的な出来事からお願いします

 堤社長 橋がやりたくてこの業界に入ることを志しました。中学校3年生~高校1年生の間に地元で進んでいた関門橋の架設工事が印象深くて、入学した九州大学でも迷わずに橋梁研究室に入りました。教授が太田俊昭先生、助教授が大塚久哲先生、そして日野伸一先生が助手になられたばかりの時代です。卒論は若戸大橋の床版打替え計画で、石川島播磨建材(IHI)工業からの委託研究でした。

 ――具体的にはどんな研究ですか

 堤 鋼桁の上にプレキャスト(PCa)RC床版を設置するに当たって、負曲げを受ける箇所の継手構造に関する研究です。現在のPCaPC床版にもつながる研究ですね。H鋼をT型にカットしてハイテンボルトで締める継手構造など様々なものを考えました。

 ――伺った橋梁は全て鋼構造ですが、なぜPCファブへ?

 堤 自分の中では「橋」をやりたいことだけが確固としてあって、鋼・PCの区別はありませんでした。九州大学がほぼ鋼構造を専門とする先生が中心で、それに伴い学生時代に訪れた現場も鋼橋が多かったものと思われます。いずれにしろ橋梁という選択肢しかなかったのですが……。

 ――入社したのはゼネコンですね

  橋梁建設に関わりたいというなかの自然な流れで入社しました。入社からは半年間PC設計部に配属されFCC(Free Cantilever Erection Method with Cables)工法による東北新幹線田端工区の移動支保工の設計などにも少し触れさせていただきました。当時はゼネコンも橋梁はあまりやっておらず、例えば斜張橋で言えば宇部カントリークラブや、堀越学園などの歩道橋が計画、施工されていた時期だったと記憶しています。

 10月からは海外事業部に配属され、翌2月には海外現場に赴任し、サウジアラビアで石油プラントの建設に携わりました。2年半従事した後、いったん帰国して結婚し、水戸で造成工事や常磐道の北茨城工区の土工部の現場などを経て、再度バングラデシュに行き、肥料出荷桟橋や水力発電所の建設に2年半従事しました。


橋がやりたい……富士ピー・エスへ入社

 専ら設計や技術開発に従事

 ――橋がないですね

 堤 ありません(笑)。このまま海外が続くのか? 橋に携われないのか懊悩して恩師の日野先生に相談したところ、九大の卒業生が多く入社していた富士ピー・エスを紹介されて29歳で転職しました。

 ――入社後はどのようなお仕事をされたのですか

 堤 現場勤務は国道10号BPの高架橋建設現場の一件だけで、他は専ら設計や技術開発を担当しました。

 ――ゼネコン時代の経歴を鑑みれば、現場に放り込みたいのが人情ですが

  当時の上司の評価もあったと思います。設計は本当に面白くて、構造そのものの成り立ちを深掘りして、理解するに従って応用力もついていきました。これはその次のフィールドになる技術開発にも役立ちました。

 ――例えばどのような橋梁が心に残っていますか

 堤 大分道の机張原付近に建設された高崎橋です。PC連続合成桁で、今考えてみるとコンポ橋のはしりとなるPC合成床版工法で作った橋梁です。支点上では床版内にPCで縦締めする工法で、福岡大学で構造実験をしたことを覚えています。

 ――技術開発は

 堤 第二名神の錐ケ瀧橋で使ったプレテンションウェブが心に残っています。橋の断面が箱の形をした橋梁で、箱の上面を支える柱の部分(ウェブ)がプレキャスト化された(プレテンションウェブ)橋梁です。ウェブをプレキャスト化することにより、高強度コンクリート採用による高耐久性・軽量化や、工場製作の二次製品化による高品質化を図れると共に、現場作業の省力化が期待できる工法で国内では初めてです。採用はこの橋を含む数橋に留まっていますが、波形鋼板ウェブ全盛の時代に一石を投じました。

新名神高速道路 錐ケ瀧橋(施工時)

 ――三井住友建設が開発しているバタフライウェブにも直接的ではありませんが引き継がれているのではないでしょうか

 堤 つながるものがあったとすれば嬉しく思います

 もう一つはプレキャストPC床版です。これも福岡都市高速においては、2号大宰府線工事で当社が初めて導入したと自負しています。

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