道路構造物ジャーナルNET

何ができるか、何を目指すか

ロボット点検技術を橋梁やトンネルなどの構造物へどのように活用していくか

国立研究開発法人土木研究所
技術推進本部 先端技術チーム
上席研究員

新田 恭士

公開日:2019.04.15

 今次橋梁定期点検要領の改定から、点検の支援にロボット点検技術などが活用できる選択肢が示されている。その技術の検証に長年携わってきた土木研究所の新田恭士上席研究員に、現状の近接目視の課題、ロボット点検技術の進歩、その実装のための制度作りなどを詳細に聞いた。(井手迫瑞樹)

建設技術者の減少を効率化が埋めなくてはならない
 膨大な数の点検作業が待っている

 ――ロボット点検技術はなぜ必要なんでしょうか
 新田上席研究員 担い手となる点検技術者の不足と、点検の効率化を埋める方策としての位置づけが大きいと思います。まず、背景に建設技能労働者数の減少があります。今後10年間で現在の3分の1に当たる130万人が65歳以上となり離職する見込みです。一方で国内に道路橋は約70万橋、道路トンネルは約1万本が存在します。そして、橋梁については約7割にあたる50万橋を市町村が管理していますが、近接目視によることを基本とするため、専門技術力を有する実施体制の確保が課題となっている状況です。
 インフラの老朽化は、着実に進行するため、適切な管理が必要です。木曽川大橋の亀裂は、国が管理する橋梁であっても落橋につながる大きな損傷が生じる可能性があることを如実に示しました。また2012年12月のトンネル天井版落下事故の苦い教訓が、5年毎の近接目視を基本とした状態把握と健全性の診断の義務化につながりました。
 近接目視点検では、点検技術者が手の届くところまで近づいて変状を確認し記録を作成します。しかし、なかに物理的に近接点検が難しい個所もあります。例えば、狭小空間や水中部などがそうです。橋梁点検車で近づけない場合、ロープアクセスにより近接することになります。また、点検記録は、診断の根拠となり、補修の検討に際して参照するため、写真記録と合わせて膨大な帳票を作成する必要があります。まさに根気と集中力が要求される仕事と言えます。
 ――点検記録とは?
 新田 損傷が発見されると、平面展開図、損傷写真、損傷程度の評価表など様々な様式で記録を作成しています。私が松江国道事務所長だった頃に供用した山陰道湯里高架橋は、橋脚高が50mでさらに桁高も最大で10mある橋梁です。暫定2車線のセンターポール式の道路ですから、橋梁点検車を入れると片側交互通行もできないため、他の橋梁の点検と合わせ数日間、IC間を止めて点検する必要に迫られます。また、現場では特殊高所技術を用いた点検を行いましたが、これは費用が掛かるだけでなく、だれもができる点検手法ではありません。。
 さらに同橋の箱桁は10mの桁高を有しているため、箱桁の内部についても、真っ暗な内部を懐中電灯で照らし、PC桁ですので約0.1mm幅のクラックを含め確認しなくてはなりません。橋梁定期点検要領では、これを求められるのです。
 加えて特殊高所技術は、ロープにぶら下がりながら、構造物を近接目視し、ひび割れなどの損傷が見つかった箇所をクラックスケール等で計測し、チョーキングを入れます。チョークキングは、最大ひび割れ幅やひび割れ長さを書いて、写真に残しますので、一か所適当に測ればいいというものではなく、そのひび割れ幅の大きいところ数か所にスケールを当てて、一番開口部の大きいところの数字を書くわけです。大きな構造物ではどこを撮影したか位置がわからなくなるため、忘れないように野帳にメモを残します。ロープで移動し、固定しながら腰にぶら下がっている道具入れの中から道具を出して作業する。これを50mずっとやるわけです。しかもウインチではなく人力で昇降するわけですから大変な作業です。


特殊高所技術例

 ――これは厳しいですね
 新田 自治体も強制ではありませんが、同要領を概ね踏襲した要領を作り、点検していますこれは大変な労力を伴います。 これらをずっとやり続けることができるのか。この分野にこそロボット点検技術の活用が必要だと思っています。

起点はロボット新戦略
 国交省の総合政策局で推進する立場に

 ――ロボット点検技術の導入は政府が掲げたロボット新戦略(2015年2月)が起点といえますね
 新田 そうです。点検へのロボット技術活用の起点は同戦略が元になっています。
 同じ時期、国交省がインフラメンテナンス元年とした平成25年から老朽化対策の議論が始まり、緊急点検の実施や基準類の策定が始まりました。松江国道事務所の所長でしたが、全ての道路管理者に対して5年毎の点検実施と記録の作成が義務化され、県単位で全ての道路管理者が参加する道路メンテナンス会議が全国で発足しました。。国土交通省、NEXCO、自治体もしくは民間の管理者もいるわけで、メンテナンスの議論をスタートさせた直後にロボットの導入の議論も始まりました。県や市町村などの自治体と道路構造物についての議論を重ねる中で、たくさん橋梁を抱えている自治体が人手不足などに苦しんでいることを多くお聞きした中で、国土交通省の総合政策局に移り、ロボット戦略を推進する立場になりましたのでひと際力が入りました。
 ロボットという先進技術の導入は維持管理では橋梁、トンネル、ダムや河川などの真鍮構造物の点検です。加えて災害対応として災害状況の調査と災害応急復旧への貢献という5つが重点分野とされました。
 当時(2015年7月)、経済産業省が研究開発費をつけて、国土交通省の方は、使える技術を実証評価していくという立場で、国交省と経済産業省の連携プロジェクトとして、スタートしました。わたくしが着任したのは、そのプロジェクト2年目からです。その中で橋梁点検、トンネル点検、水中構造物の点検という点検ではこの3つの分野で維持管理に使えるロボットの活用を図るための技術を評価する分野を任されました。
 ――最初の浜名大橋での実証ではとにかく強風でドローンが飛ばなかったことを覚えています
 新田 私は未着任でしたので実際の現場は見ていませんでしたが、資料を見ると実際そうですね。
 私も着任して最初の現場検証(蒲原高架橋)の結果は、風の影響を凄く受けました。トンネル点検でも同様の実証試験を行いましたが、時速30kmで交通規制をかけずに点検画像が撮影できるとすごく期待されたものの、実際は芳しい成果ではありませんでした。さらに道路橋定期点検要領が要求するレベルからすると当時のロボット点検技術の記録能力は検出率としては所定の性能に達していませんでした。その時点でロボットがだめだという事になれば、そこで全部終わりにすべきでした。
 しかし先ほど申し上げましたように、地方自治体の皆さんは、担い手不足と非常に点検現場で苦労しているという実態がありました。私自身も国道事務所の維持出張所で勤務した経験から実際に点検調書に触れる機会があり、非常に問題意識をもっていました。今の調書は完全に点検業者に任せてその結果を紙ベースで受け取るしかない状況で、道路管理者として現地に行って損傷写真と見比べてもなかなか遠望目視では損傷を確認できないため、非常にわかりにくいものになっています。トンネルに至っては全部スケッチしか残っていませんから、位置関係は写真に比べて精度が劣ります。


浜名大橋で現場検証状況/蒲原高架橋での現場施工写真(いずれも井手迫瑞樹撮影)

 一方で、ロボット技術は分解能という意味において0.1mmのクラックが正確に映らないという問題があるにせよ、正確さにおいては非常に良い画像が取れます。私はこれに将来性を感じました。巧く使うことによって、ひょっとしたら自治体の点検のやり方を大きく変えられるのではないかという期待感を持ちました。そのため、トンネル部会の委員長の西村和夫先生のご指導のもと、検出率(精度)本位で決めることはよくないと感じ、プロジェクトを続行しました。橋梁については並行してSIPでロボット点検技術の評価を行っていた藤野陽三先生のご指導をいただいたことも大きかったと考えています。また、関係部局や有識者などから助言をいただき、それらの人々の意見を聞いて現場検証を進めていくことができました。
 ――しかし「代替」が「支援」に代わりましたね
 新田 現状での点検精度や、使い勝手を考えると代替では無理があるという声が大きく、それももっともであるという理由から「支援」という形にしました。但し水中構造物の近接目視については点検を代替できることが認められています。

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