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インタビュー詳細

支承部周辺の損傷と取付部段差が顕著

「平成30年北海道胆振東部地震」厚真町などでの橋梁調査結果

北見工業大学
工学部
准教授
宮森 保紀 氏

 北見工業大学の宮森保紀准教授は、地震発生3日後に比較的震度が高かった震央西側を流れる厚真川とその周辺に架かる15橋の調査を行った。最大震度は7だったが、調査範囲内の橋梁では熊本地震で発生したような大規模な損傷は発生せず、支承部周辺の損傷や橋梁取付部の段差が確認された。15橋の調査結果について詳細を聞いた。


支承部周辺の損傷と取付部段差が多数の橋梁で発生

 橋脚のひび割れや被りコンクリートのはく落は確認されず

 ――まず、宮森准教授のご専門は

 宮森准教授 学生の時から、橋梁の振動に関することを主たる研究テーマとしていました。特に、振動現象の制御や損傷同定を中心に研究してました。

 最初に就職したのが、耐震工学を専攻されていた九州大学の大塚久哲教授(現・大塚社会基盤総合研究所代表取締役)の研究室でしたので、構造物の耐震について研究を続けています。

 ――平成30年北海道胆振東部地震での橋梁被害状況の現地調査を、地震発生3日後の9月9日に行われました

 宮森 9日未明に北見を出発して、齊藤剛彦助教と2人で夕方までに15橋の調査を行いました。

 ――調査対象橋梁の選定理由は

 宮森 今回の地震は厚真町とむかわ町の町境に震央があり、気象庁が地震直後に発表した推定震度では震央の西側が比較的震度が高くなっていました。そこで、まず揺れが大きい箇所にあった橋梁を調査することにしました。具体的には、震央の西側を流れる厚真川に架かる橋梁を震央に近い所から外側に見ていくと、被害の傾向が把握できるのではないかと考えたわけです。また、我々は被災地に北側から入り南に抜けるルートを取りましたので、その道中で見られる橋梁も調査しています。

 7日と8日には北見工大の地盤系研究室が現地を緊急調査しており、その情報も参考にして調査範囲を決めています。



推計震度分布/調査対象橋梁位置図(宮森保紀准教授提供/以下、同)


 ――厚真川に架かる橋梁はすべて調査したのでしょうか

 宮森 富里大橋より上流部にある数橋は復旧や救助のための車両が多くて混雑していましたので調査していません。富里大橋から下流はJRの橋梁を除いた道路橋すべて(13橋)を調査しています。

 ――全体の損傷傾向は

 宮森 最大震度7であったことから考えると、損傷規模は小さかったと言えます。支承部周辺で損傷が発生していましたが、設計想定内の挙動でした。具体的には支承のサイドブロックの破壊などです。もうひとつは、橋梁取付部に段差が生じていたことです。これは厚真川沿いに限らず、かなり多くのエリアで発生していました。

 橋脚のひび割れや被りコンクリートのはく落などといった損傷は、調査範囲内ではありませんでした。

 ――なぜ損傷が小規模だったのでしょうか

 宮森 個別橋梁に作用した地震動を詳しく調べなければ確たることは言えませんが、例えば熊本のような橋脚高の高い橋梁がなかったことや、斜張橋のような特殊橋梁がなかったことが、大きな被害にならなかったと考えています。

 ――熊本地震で甚大な被害を受けた橋梁のひとつに並柳橋があります。同橋は異なる桁の掛け違い部で大きな損傷が起きましたが、当該地震ではそうした橋はありませんでしたか

 宮森 厚真新橋がそれに該当して、鋼桁とPC桁の掛け違い部でPC桁が若干横ずれを起こしています。


富里大橋 ゴム支障の残留変位とサイドブロックの傾斜

 厚真新橋 パット型ゴム支承のずれと伸縮装置・高欄の破損

 ――個別の橋梁の損傷状況について、厚真川沿いの調査橋梁を上流から下流に向けて順番にご説明をお願いします。まず、一番上流に位置する富里大橋は

 宮森 震央から北西9.0kmに位置する富里大橋は、2005年に供用した橋長119.2mの4径間連続鋼鈑桁橋です。



富里大橋


 A2側(右岸)で80mm、A1側(左岸)で30mm、ゴム支承の残留変位が認められました。残留変位は両側とも橋台側に生じているのが特徴です。支点としての距離が変わらないでどちらかに動いているのであれば、どちらかに(変位が)偏るはずなのですが、両側に動いているということは、おそらく橋台(A1は直接基礎、A2は鋼管杭基礎)そのものが動いているということが考えられます。これは今回の地震で動いたのか、それ以前に動いていたのかは過去の点検記録と突き合わせての確認が必要です。



ゴム支承残留変位(左:A1/右:A2)


 同橋ではまた、サイドブロックがA1側で下流側に若干の傾斜、A2側で上流側への傾斜および橋台前面と護岸ブロックに70mmの隙間を生じていました。



サイドブロックの変形/橋台前面と護岸ブロックの隙間


 ――次いで常盤橋は

 宮森 1990年に供用した橋長120mの4径間単純鋼鈑桁橋で、震央から西北西8.9kmの距離にあります。ここはA1側取付部が150~200mmほど沈下していました。護岸ブロックの割れや翼壁と背面土との間に約70mmの隙間が生じていました。



常盤橋/A1側取付部の沈下


 ――厚真新橋は

 宮森 震央から西北西10kmの距離にある橋長141mのPC単純桁+3径間単純鋼鈑桁+PC単純桁橋で、1976年の供用です。A1側取付部に約120mmの段差、P1のPC桁側でパット型ゴム支承に約100mmのずれや伸縮装置・高欄の破損、A2側取付部で約120mmの段差および躯体前面盛土に幅20~30mmのひび割れが見られました。P1橋脚そのものの変位は見受けられませんでした。



厚真新橋


パット型ゴム支承のずれ/伸縮装置・高欄の破損


 ――水道橋は

 宮森 1981年に供用された橋長48.8mの2径間曲線コンクリート橋(震央から西北西9.7km)で、厚真川支流のウクル川を渡河する橋梁です。A1、A2側とも取付部に100mmの段差が生じていました。



取付部の段差


厚真大橋 サイドブロックのアンカーボルトが破断

 ――厚真大橋は

 宮森 震央から西北西10.4kmの距離に位置している、2003年に供用された橋長125mの4径間連続鋼鈑桁橋です。今回の地震において顕著な損傷を受けた橋のひとつと言えます。



厚真大橋


 サイドブロックは曲げとせん断力が生じたことによりアンカーボルトが完全に破断して、外れています。A1側は下流側に、A2側は上流側に桁が動いていました。全体的に回転するような形ですが、多径間ですので確実に回転が原因とは言いづらいところがあります。橋脚の変位についても遠望では見づらいのですが、P1橋脚の橋軸方向に変位が見られました。いずれにせよ今後の詳細点検が待たれます。

 A1側(右岸)は、取付部の段差や水平方向のずれが約20mm(上流側に)生じていました。また、ゴム支承の残留変位は橋台側に約110mm、上流側に数十mmと大きな変位が見られました。サイドブロックは上流側に破損しており、先述のようにアンカーボルトが破断しています。沓座モルタルの割れも見られました。

 また、A2側は取付部の段差やゴム支承の残留変位が橋台側に約100mm生じていました。サイドブロックは下流側に破損しており、アンカーボルトも破断、沓座モルタルも割れを生じているなど、基本的にA1側と同様の損傷が見られました。ただ、A2側は桁の漏水による孔食なども見られるため、沓座モルタルの損傷について今回の地震が原因とは断定しづらいです。



サイドブロックの破損とゴム支承の残留変位


取付部の段差と水平方向のずれ


 ――豊川橋は

 宮森 1978年に供用された橋長161.3mの4径間単純鋼鈑桁橋(震央から西12.8km)です。A1側(左岸)取付部に約120mmの段差、堤防天端・橋台躯体前面盛土にひび割れを生じていました。



取付部の段差/橋台前面盛土のひび割れ


 ――共栄橋は

 宮森 震央から西南西12.7kmの距離にある1985年に供用された橋長196.4mの5径間単純鋼鈑桁橋です。A1側(左岸)で取付部の段差が約120mm生じていました。A2側は調査できませんでした。



共栄橋/取付部の段差